第55話 アロンソ ③自警団

 ネット上で、ますます『自警団』は悪者になっていた。

 少女を狙った襲撃に世間の批判は止むことなく、日に日に高まっている。真相は異なるとするニュースもときどき流れたが、たちまち十倍もの反論が寄せられ、信ずるに足りないフェイクニュースとして消え去って行った。




「たしかに、連中は『自警団』を信じてたからこそ、非難するのかもしれないな」

 ガブリエルに応えて、ナボが言う。

「『自警団』は、この街の誇りだもんね」

 と頷くアナマリーア。

「ギャングが?」

「ガビは知んないかもね」

 アナマリーアが得意げに説明を始めた――この街の者なら、だれもが知るアロンソの伝説を。



  ***



 ――狂ったようなスコールのなかで初めて人を殺したあとは、もうアロンソは迷わなかった。チームの仲間たちとともにカルテルの手先をひとりずついぶり出しては殺していった。


 麻薬組織から街を守るための自警団のつもりでアロンソは徹底的に敵を叩いた。偶発的な事件を機にクラブの仲間たちと始めたカルテルのチンピラ狩りは街の人びとの支持を得て、少年たちは意気軒昂に街を練り歩いた。

 やがてメンバーはクラブの外へと広がり、大人の賛同者も現れ、その活動は組織化されてアロンソの下へ活動資金が集まりだした。



 当時アロンソは、首都であるB市の大学へ進学が決まっていた。だがB市に本拠を置く『MB』との対立の先頭に立ったアロンソは、身の安全を保てない首都での学生生活を諦めざるを得なかった。


「そういう定めだったんだろ」

 残念がる同級生たちに平気な顔で言ってのけたアロンソは、高校卒業後は進学することなく、担ぎ上げられるまま自警団のリーダー役を担った。


 自警団の活動はいよいよ盛んになって、組織には人と金が流れ込みつづけた。巨額の財と、それを扱う雑多な者たち。富は欲望を生み、欲は悪徳を育てる。

 そうでなくとも、麻薬カルテルからの防衛は危険を伴う活動だ。血の気の多い者たちに頼るところが大きい。

 組織は悪童どもを吸収し、さらには大人の無頼漢どもも加わって膨れあがり、アロンソの目の行き届かない場が増えていった。ある者は他の犯罪組織と交わり、ある者は自ら裏で麻薬を捌き――街からカルテルを追い出すことに成功した頃には、むしろ自警団自体が犯罪の温床になり果てていた。



「組織が狂っていくことに、アロンソは長いあいだ気づかなかった」

 動きだした高速艇の上、夕陽を見ながらナボが言う。



 そして、気づいたときには手遅れだった。

 自警団が新たな街の脅威となったことを悟ったアロンソは、腐った組織をカルテルとして再整理し、強力な統制により内から浄化すると決めた。このとき、アロンソが表の社会で生きていく可能性が、最終的に消えた。


 一年をかけてアロンソは、組織をいいように牛耳ろうとしていた大人たちを粛清し、信頼できる元級友たち――高校を卒業して既に三年が過ぎていた――で側近を固め、組織の絶対的権力を握った。

 鉄の掟を作って組織の者たちに守らせ、街にとって害悪でしかない者は処断し、一方で一定の規律の下での裏ビジネスを許容した。

 そうしてさらに五年。『自警団』は首都の『MB』と肩を並べる一大組織へと成長していた。



  ***



 マカレーナたちを乗せた船が海のうえにある頃フアンは、隠れ家でまだ疼く肩の傷をさすりながら、コルト・ピースメーカーをバラして遊んでいた。北米の開拓時代に活躍した、骨董品のようなレボルバー。

「まさかそんなで戦うつもり?」

 AK47の弾倉に弾を込めていたセザルが顔を上げ、呆れ顔で問う。彼はまだ組織に入って間もなく、経験不足から状況判断に甘さはあるが、威勢と生意気にかけては三人前以上だ。

「時代遅れも甚だしいんじゃね?」

「は。でも、美しいだろ?」

「美しいって、人殺す道具に必要ねえ形容詞じゃん」

 肩をすくめてみせるセザル。

「おめーとは、わかりあえねーな」

 ふんと鼻を鳴らして、フアンは銃の組み立て作業に戻った。


 機能をつき詰めれば、道具は美しくなる。

 世紀をふたつまたいで未だ愛の記憶の色褪せない名器の、部品ひとつひとつを女のからだよりも繊細に撫でながらフアンはマカレーナに想いを馳せた。




 マカレーナは、あれは女としてあらん限りの純度を極めた純血の女だ。だからあれほどに美しい。

 だが、ある環境下に適応し過ぎた純血は、別の世界に晒されたときに弱点を露呈するものだ。しかもマカレーナは、あらゆる世界へ自ら風を切って進んでいく。滅びの落とし穴がそこらに口を開ける道を意にも介さず、上を向いて颯爽と歩く女をフアンは、はたから見守るしかなかった。


 適応といえば『自警団』もそうだ。半世紀にわたってこの街に君臨した犯罪組織は、敵という敵を駆逐して肥大化しカリブの楽園に一大王国をつくったが、いまもトップに居座りつづける老人たちは末端の若い者どもを制御しきれていない。

 メキシコへの支援要請、女子供を巻き添えにして平気な襲撃、街の中央での衝突。アロンソらしくないやり口だ。

 老いさらばえた巨竜の殻を食い破って新たな竜が生まれ出ようというかのように、組織はアロンソの制御を離れて暴走しはじめていた。生まれ変わった若い竜は、カリブの海に耳障りな咆哮を上げるだろう。


 そうなる前に――

「とどめを刺してやる、アロンソ。これは情けだと思え」


 知らぬうち口から洩れた言葉がセザルの耳に届いたが、顔を上げたセザルへ目を向けることなくフアンは続けた。

「アロンソの周囲を固める爺いどもはな」整備を終えた二世紀前の銃で部屋の端の花瓶に狙いをつけて、独り言のように。「元はみんな可愛らしいフットボール選手たちなんだよ。半世紀のあいだにずいぶん薄汚れちまったが、それでも根っこは汚ねえことが嫌いで、いまでも街の自警団のつもりでいる連中なんだ」


「ふうん。そんな甘っちい奴らが相手じゃ、楽勝だな」

 せせら笑うセザルの声に、フアンは顔を天井へ向けた。

「……まったくだ」

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