第5話 マカレーナ ⑤証言者

 一方、勝ち誇った表情でホセは店員の肩にれなれしく手をかけ、少女ふたりを指して尋ねる。

「おい、こいつらに見覚えあるか? どうだ、こいつらリンゴを盗んだんだろ、ええ? まさか買ったなんてこたねえよなあ。……なあ、言ってやってくれよ、泥棒猫がなにしたのかをよ」

 ホセが上機嫌で言うのに、店員は顔を背け息がかかるのを避けながら面倒そうに答えた。

「そんなこと確認するために呼んだんですかい、旦那? まったく、こっちは忙しいってのに……この子たちなら覚えてますよ、ついさっき、たしかにリンゴを買ってったから。ちゃんとお金も頂きましたよ」


 思いもかけなかったその答えに、ダニエリとアナマリーアは狐につままれたような顔を見合わせた。それからおずおずと、目の前で苦りきったホセの顔色を窺う。

 そしてふたり同時にはっと気づいた。揃ってぐるんと首をまわすと、その視線の向かった先でマカレーナは知らぬ顔をしている。店員はマカレーナの表情をぬすみ見たあと、巨漢のホセを見上げて言った。

「もういいですかい? こっちも忙しいんでね。こんなことに長々とつき合ってはいらんねえんです」


「ホセ? わかった? この子たちがちゃんとお金出して買ったんだって。よかったねえ、無実の子をしょっぴかなくってさ。そんなことになったら、こっ恥ずかしくって世間に顔向けできやしないもんねえ」

 足首の捻挫はもういいのか、マカレーナはすっと立ち上がるとホセの分厚い胸に指を立て、厭味ったらしく言った。


「調子に乗るなよ、売女ばいため、どうせ――」

「まだ売女って言うの?」

 笑みを含んで首を傾げるマカレーナ。

「ば……ばか女!」

 言われてマカレーナは一瞬きょとんとした。それから、ころころと笑い上げた。

「まあいいわ、許してあげる。……で? ばか女がどうしたの?」


「ど、どうせ、店員もたらしこんだんだろう? お前らのやりそうなことだ」

 顔に血を上らせ、唾を撒き散らしてホセが言う。マカレーナは扇を立てて唾から顔を守った。

「やだ。誑しこむだなんて、お下品。正義の味方の警官が、真っ昼間っから天下の往来でそんなこと言っちゃだめ」

 やんわりたしなめるとホセは「うっ」と言葉を詰まらせる。


「それに、そんなことする暇なんてどこにもなかったと思うけど。あたしがずっとここにいるの、あんたも見てたじゃない。それともここで、みんなにバレずにあたしが、この店員さんとイケナイことでもできるってのかしら?」

 隣につっ立つ警官に手を差し出し支えてもらうと、「できるわけないじゃない。ねえ?」と無垢の少女のように微笑んだ。翻ってホセには意地悪く舌を出す。

「そんなのもわかんないなんてさ。でっかいなりして、あんた頭は弱いみたいね?」

「おれがバカだってのか?」

「え? あんた、バカなの?」

「おれはバカじゃねえ!」

「じゃ、それでいーじゃない。あたしはばか女だけどさ」

 しれっと返すマカレーナに、ホセはふたたび言葉を詰まらせた。


 野次馬どもはさっきから笑いっぱなしで野次がやまない。ホセがむきになって見まわすと、目が合った者は笑うのを止めるが、別の方を向くとまた背後でくすくすと忍び笑いが起こった。

「貴様ら、いい加減にしとけよ……!」

 低い声を洩らして、警官よりも兇漢にこそ似つかわしい凶暴な視線を周りにばら撒くホセ。


 その様子を尻目に、マカレーナはちらっと磔刑のキリスト像を見やると、ダニエリとアナマリーアの手を引き悠々と退場した。勝ち誇った声を残して。

「じゃ、あたしたち帰るわね? ま、どうしても信じられないってんなら、なんだって調べてみたらいいわ。でもこの子たちを警察に引っ張ってくのは許さない。悔しかったら令状持ってくることね」


 娼館の女王。毒と棘持つ夜の花。マカレーナとは、こんな女だ。

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