第3話 マカレーナ ③カルテル

 フアンは街を二分するカルテルの一方である『旅団』を率いて、常に騒乱の中心にいた。

 『旅団』の歴史はまだ浅い。内戦終結後にフアンが内陸部とのルートを築いて小さな商売を始めたのが七年前、その後は新興組織にありがちな攻撃的姿勢で急速に勢力を伸ばしていた。


 他方、フアンの攻勢を受けて立つカルテル『自警団』はこの街の裏社会を支配して既に半世紀。長年の支配のあいだに街のあらゆる場へ隠然たる影響力を及ぼし、州政府や警察内部にも協力者が配されている。

 『自警団』を束ねるのはアロンソ・サバティエリ・マルケス。もう七十歳に近いが今も広大な自邸で毎日のジョギングを欠かさず、同年代の側近たちと茶飲み話がてらに組織運営を協議し、庭に大きく育ったトネリコの木にかかるハンモックから利益分配や処刑の指令を発する。


 かつてフアンはアロンソの下にいた。十五で初めて人を殺したフアンは、腕と度胸だけでなく頭も切れるとの評判で早々に組織に迎え入れられたあと、めきめきと頭角を現した。

 荒事も裏工作も的確にこなしてアロンソの寵愛を得たが、あまりに尖った性格が災いしてトラブルを再々起こした。独断による警官殺しのためにとうとう長老たちの不興を買い、『自警団』から放り出されたのは内戦が激化し始めていた頃のこと。

 危うく処刑されるところをぎりぎり逃れたフアンは何処へともなく身を隠し、トラブルメーカーのいなくなった街はしばらく平和だった。


 フアンが街へ戻ってきたのは内戦終結から半年経った頃。姿をくらませていた間の消息については、政府軍に参加して軍とのパイプを作っただとか、首都のカルテルで殺し屋を務めていただとか、あるいは隣国のテロ組織に加担していただとか、真偽の怪しいいくつもの噂がまことしやかに語られたが、確かなことがひとつだけ。

 街を離れている間にフアンは、小さいながらも自身を頂点とするカルテルを組織していた。

 数年を経て街へ戻ってきたとき、フアンは連れてきた数人の部下を使って、アロンソ配下のルートを奪うところから彼の仕事を始めたのだ。


 荒くれどもを束ねるフアンの下には街の外からも命知らずの無頼漢が集まり、『旅団』は組織を膨張させつづけている。

 ふたたび街にトラブルを巻き起こす台風の目となったフアンは今、街で最も恐れられる存在になっていた。



 ではマカレーナは、フアンにとって何者なのか?

 マカレーナがフアンの愛人であることは、いささかでも裏社会に関与する者の間では公然の秘密だった。もちろんホセも、その噂は聞いている。

 だがマカレーナとフアンの関係を正しく理解している者はほとんどいないと言ってもいいだろう。そもそも当人たちからして、そんなもの分かってはいない。


 首の振り方ひとつで人に死を宣告できるフアンを前にすると、誰もが委縮するものだ。だが火のような気性のマカレーナは、フアンの意のままになることはけしてなく、自由気儘に街を飛び回っている。

 マカレーナをフアンの囲われ女と言う者もいる。フアンをたぶらかしそそのかすとんだ悪女と言う者も。

 いろんな噂を耳にするたびマカレーナは鼻を高く上げ笑った。そして傍らのフアンのくびへやさしく手を伸べるのだ。

「面白いわねえ、フアン。あんたどう思うの?」



  ***



 太陽の下、マカレーナは気だるげな風情を見せている。

「さあ、ふたりを離してよ」

 余裕のマカレーナに、警戒しながらも挑発するホセ。

「虎の威を借って調子に乗るんだな、汚らわしい女め。だがフアンの威光だって絶対じゃねえんだぜ? 奴もまだ、警察と真っ向対決は避けたいだろうよ」

 マカレーナはため息をいて、ヴェールの下で困ったような顔をした。艶を孕んだたおやかな笑み。

「あら。なんか誤解してるみたいね」ダニエリの手首を掴んだホセの手に自身の手を乗せ、「あたしはね。この子たちは捕まるよなことしてないから、離してって言ってんの。フアンなんて全然関係ないわ」

 うっかりダニエリから離したホセの手を取って、黒の手袋をはめたまま両掌で包む。

 ホセは忌々しげにその手を払って、マカレーナのあごをつまみ上げた。この男は、人びとが愛するようにと神が造った女の美に心を惑わせることはないらしい。

「信じられるか! なんなら、その買ったっていう店に戻って、店主に確認するか?」


 絶対的な自信で言うホセ。ダニエリとアナマリーアへ目を向けると、ふたりは顔を背けた。

 ひとりマカレーナのみが警官たちに対峙する。

「当然。はっきりさせなきゃねえ。で? 無実だったらどうしてくれるわけ?」


 顎にかかった手を叩いて落とし、先に歩きだそうとする。

 取り囲む警官はいつの間にか四人に増えていた。

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