第2話 嫌われることは嫌なんだ、でも必要なんだよ

「ったくよぉ!科長も部長も上司どもぉ!!」


「ちょっ、霧島さん、机叩かないでくださいよ」


「るっせぇ!遠藤!てめぇはどっちの味方だ!!」


「私はどっちの味方でもありません。科長が言ってることもわかるから」


「でもまあ、理不尽なこと言ってることもあるよね」


「だよな高橋!科長はいつも部長にペコペコ頭下げてよぉ!」


「すみませーん、冷奴ひとつお願いしまーす」


「生2つ!」


「霧島、あんまり飲みすぎると明日大変だぞ」


「うるせぇ!飲まずにいられるかってんだ!」


「大体、霧島さんが遅刻したりミスするから怒ってるんじゃないですか」


「まぁ、そこは霧島が悪いよな。あ、ひかりちゃん醤油とってくれない?」


「はいどうぞ。今日だって、科長が頭下げてたのって霧島さんのミスのせいじゃないですか」


「ふん、上司が無能だから部下も締まらないんだろ。そんな態度とらなきゃならないのも科長が悪いんだよ」


「ああいえばこういう」


「なぁ霧島、お前って本当に科長のこと嫌いだよな」


「ったりめぇだろ。俺のところにばっか仕事押し付けてきやがるし、部下の責任も俺が尻拭いするようにって仕事持ってくるんだぜ!?キャパオーバーだっての!」


「うーん、まぁ、仕事量が多いのは確かにそうなんだけど、仕事内容的にお前が適任なのは確かなんだよなぁ。なんとかギリギリ捌ける量でもあるし」


「本当にギリギリな!ぎりっ……ギリ!というか、仕事持って帰ってるあたり、ギリギリではない気がするがな!」


「科長にはちゃんと相談とかしてるんですか?」


「するわけねぇじゃん!もう話もしたくねぇから必要外話しかけてねぇよ!飲みに誘われることあったけど全無視!」


「あー……霧島さん、あのですね」


「生のお客様ー」


「あはい。ふたつとも頂戴」


「どうぞ、そちら、飲み物はよろしかったですか?」


「あ、私も生ひとつください」


「僕はハイボールを。ついでに3種盛お願いします」


「生とハイボールと3種盛ですね。かしこまりました」


「ふふふっ、今日のミスも実はわざとだったりする。科長が絶対、部長に頭を下げなきゃいけなくなるようにしたんだよ」


「うわっ、でもそれって結局自分に返ってくるんじゃないですか?」


「いいんだよ。もう、この会社辞めようかとも思ってるし」


「え!?それ本当ですか!?」


「科長と話するのがもう嫌。正直仕事するのが嫌になるんだよ」


「……あのね、霧島さん。ちょっときいてもらっていいですか?」


「なーんだよ、科長の肩持つのか?」


「まぁまぁ、これね、科長が部長と話してたことなんですけどね」


―――


「佐藤くん、霧島くんのことなんだが、この案件を任せたらしいじゃないか」


「はい。この内容については彼がその分野に詳しいので、一任しました」


「まぁ、そうかもしれんが、最近の彼の態度は目に余るものがあるな。度々ある遅刻もそうだ」


「申し訳ありません。重々言っておりますが、私の指導が至らず……申し訳ありません」


「あまりひどいようであれば、君の評価も下げざるおえんよ」


「はい」


―――


「ははっ!ざまぁ!このまま評価さがっちまえ!酒がうめぇ!」


「ちょっ、まだ来てから15分も経ってないのに3杯目は早いぞ。もうちょっとペース落とせって」


「こんな話してくる遠藤が悪い!おーい、生もう1杯!」


「かしこまりましたー」


「あ、ハイボールと私の生が来ましたね」


「それよこせ」


「ダメです。次が来るまで待っててください」


「チッ」


「……でね、そのあとデスクについた科長にお茶持って行ったのよ」


―――


「お疲れ様です」


「あぁ、ありがとう」


「大変ですね。霧島さんも仕事はできるのに、残念な人です」


「ははっ、彼は彼なりに頑張ってくれてるよ。遅刻は何とかしてもらいたいが、仕事量は多くなってるのは確かだからな。家に持って帰ってやってるのかもしれん。しかし他の部下の割り振りを考えると彼にしかできないんだよ」


「この会社の仕事量どうなってるんですか」


「ほんとだよなぁ。もっと人を増やしてくれたら助かるんだがな。なかなか上にも聞いてもらえなくてな、みんなに苦労を掛けてるよ」


「科長……」


「嫌われたい、なんて人間はいないと思うが、上に立てばそうせざるを得ない状況にもなる。みんなを守るためにも私はできる限り、自分の考えられる範囲で頑張るよ」


「……はい!」


―――

「って。科長も苦労してるのがすごく伝わってくるんですよね」


「ったく、そんなの知ったことじゃねぇよ。もっと俺に合った仕事持ってきてほしいわ。この間だって冴島の仕事を途中で引き継いでくれって言ってきてよ。結局俺が今のに加えてその仕事やってるんだぜ?」


「……自分に合った仕事、ねぇ。その件ならちゃんと考慮はしてくれてるぞ」


「あ?」


―――

「頑張ってるな、高橋」


「あ、科長、お疲れ様です」


「いつもすまんな。人手が足りなくて頑張ってもらって」


「いえ、科長もお疲れ様です」


「いやいや。あのだな、相談したいことがあるんだが、ちょっといいか」


「僕にですか?」


「あぁ、実は霧島にこの仕事を振ろうと思うんだが、彼の抱えてる案件がまだ残ってるんだ。それを一部引き継いでほしいんだが」


「あー……でも、それなら僕がこの案件をそのままもらった方がよくないですか?霧島が途中までやってる案件を引き継ぐよりいいと思うんですけど」


「……君が彼の友人であることを見込んでの頼みなんだが、実は彼に任せている案件がちょっと厳しい案件でね。君が引き継いでくれたら、こちらを彼にぜひやってもらいたいんだ」


「うーん、正直、自分の仕事量的にも結構厳しいんですよね。霧島の案件って、R社との調整とかもありますよね。ぶっちゃけこっちの案件の方が楽そうですし、こっちをもらいたいんですけど」


「……いや、この案件なんだが、彼が昔にやりたいと言っていた案件なんだよ」


「え?霧島が?」


「もうだいぶ前の話なんだけどね。まだ入社して1年にもならない頃の話だよ。企画から考えて、ぜひやりたい、チャンスがあればよろしくお願いしますって。もう5年も前の話だから本人は忘れてるかもしれないが、私はぜひ彼にお願いしたいと思っている」


「そうなんですね」


「高橋君、厳しいのを重々承知でお願いしたい」


「っと、科長、そんな頭下げないでくださいよ」


―――


「ってな。おかげでこっちは仕事の海であっぷあっぷしてたわ」


「……お前ん時はそうやって説明があったんだろうけど、今回の俺の時は説明なんか……」


「……俺の時は説明なんか?」


「……」


「なーに無言になってんですか?もしかしてあったけど聞いてなかっただけとか?」


「うるせぇ!」


「お前、俺が引き継ぐときは『途中までやってたのに、引き継ぐってどういうことだ』って怒ってたくせに、あの仕事もらったら目の色変えてすっげぇやる気出してたよな。結果的に成果も出てよかったわけだがな」


「で、でもよ、科長がそんな昔の話を覚えてたからって……今は大変な案件抱えててだな……」


「まぁ大変かもしれんが、ちょっと考えてみろよ?俺はあの時その仕事を中途半端な時期に割り振られたんだぜ?今回のお前の件って、似たような感じじゃないか?」


「……」


「冴島さんもなんか最近やる気出してますよね。大変そうだけど、生き生きしてる感じがあって、なんかこう、良い感じ、みたいな」


「……」


「ひかりちゃん、ボタン押してくれない?揚げ物もほしいな」


「はーい」


「大変で、嫌い嫌いってなってるけどさ、一度ちゃんと話してみたら、ちょっとは見方が変わってくるんじゃないか?」


「先輩って結構気に入らないことがあると無言になったり無視することが多いですからね。その話聞いてたら昔はもっと素直だったみたいじゃないですか」


「おっ、ひかりちゃんから先輩扱いされるのはいいねぇ。な、霧島!」


「うるせぇ。こんなちんちくりんに言われてもうれしくねぇよ」


「3種盛と生中お待ちどうさまです。ご注文どうぞー」


「唐揚げお願いします」


「はい、唐揚げですね」


「そうそう、知ってますか?科長って結構苦労人なんですよ」


「……そりゃ、昇進すればみんなそうだろうよ」


「これも休憩時間の話なんですけどね」


―――


「科長って務めて何年になるんですか?」


「務めてか?17年かな」


「そうなんですね、昇進って嬉しい反面大変じゃなかったです?」


「そりゃそうだ。責任がちがうからな」


「ですねー。しかもここって結構内容がブラックじゃないですか(主に仕事量的に」


「こらこら、上司の前でブラックとか言わない。まぁ、否定はせんが」


「しないんかい」


「まぁ、私も色々不安はあったがみんな頑張ってくれてるよ。支えられて、本当に感謝してる。私は不器用だからうまく伝えられないことも多いが、君たちはその辺りもうまくフォローしてくれて、本当にいい部下達だよ」


「褒めて褒めて」


「ははは、よし。コーヒーをあげよう。科長特製のインスタントだ」


「いや、フリードリンク出すだけって、そこは今日の帰りに飲みに連れてってくれるんじゃないんです?」


「すまないね、今日は休肝日だ」


「科長の代わりに私が飲みますよ!」


「遠藤くんは結構な飲み方するって聞いてるぞ?気をつけるんだよ?」


「結構いける口なので!ふんす!」


「ははは、また今度な」


「言いましたね!絶対ですよ!」


「……」


「どうしたんです?」


「あ、いや。昔を思い出してな」


「昔話です?聞きたいです」


「……私は、良い上司になれたかなって、思ってな」


「科長が?いい上司?」


「はは、自分なりの評価なんだが、昔はもっと殺伐としてた感じでこんなに笑い合えることがなかったからな。部下が伸び伸びと働いてるのを見たら、昔の上司よりは……私は自分の目指していた上司になれたのかなぁって思ってな」


「仕事は大変ですけど、やりがいはありますよ」


「うんうん。そう言ってもらえるとこちらもありがたいよ。昔は本当に無理な案件ばっかり無茶ぶりされてたからな。やりがいもへったくれもなかった。自分はそんなことはしたくないと思ってるから、気を付けているんだがね」


「うーん、とりあえず高級寿司か焼肉に連れてってくれたらとってもいい上司にはなると思います」


「結局それか!?」

―――

「だから、今割り振られてる仕事も大変だけど、科長なりにみんなの能力とか見ながら分担されてるんだなって思うんですよね」


「理不尽に感じることもあるが、会社にとっちゃ必要なことでもあるからなぁ……会社が守ってくれないところも、科長は考慮してくれてるよ」


「……まぁ、明日、またちゃんと話し合うよ」


「あー、霧島さんのツンデレキター?」


「ばっ、誰がツンデレだ!」


「はははっ、ようやくツンがデレたな」


「高橋っ!てめぇ!」


「楽しそうに話してるじゃないか、霧島」


「あ」


「科長!今お帰りですか?」


「まぁな。私も入っていいかな?せっかくだし無礼講で話そうじゃないか。今日は私のおごりだ」


「え!本当ですか!やったー!」


「ありがとうございます科長。すみませーん、ハイボール1つに唐揚げ2人前、だし巻きに冷やしトマト、あとホッケに小籠包、チヂミとたこわさに……」


「お、おい、高橋……おごりとは言ったが、その、容赦してくれよ……?」


「……あの、科長」


「ん?」


「その……いつも、……ありがとうございます」


「……あぁ。霧島も、いつも苦労を掛けるな」


「四川風よだれ鶏に馬刺し、ゆっけと塩レモンネギ牛タンを追加して」


「高橋、いい加減空気読まんか」


今日も夜は更けていく。

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