雑談の居酒屋
しろくじら
第1話 なんで結婚したの?
「なんでって、そりゃ好きだったからかな」
「好きだった。って、なんで過去形なのよ?」
「いや、好きだよ?実際」
「ふーん。あ、もろきゅー1つお願いしまーす」
「大学からだっけ?うしおと綾が付き合ってたのって?」
「だね。あ、イヅル、唐揚げいる?」
「いるいる。で、ようやく結婚したと」
「もう30だしな。けじめつけないと」
「えー、なんかしゃーなしって感じで嫌な感じ」
「そりゃおめぇ、あれだべ。数年間一緒に暮らしてたら異性愛というより家族愛に似たようになるんだべや」
「あー、家族愛…になるのかな?一緒にいるのが当たり前になってたっていうかさ。いないと寂しいし、綾は必要な人になってたんだよ」
「かーっ!新婚さんはいうことがやっぱり違うね!大将!生1つ追加!」
「あー、そんなこと言われたいなぁ。私も」
「でも家族愛になったら夜の方もおろそかになるって聞くけど、その辺どうなの?」
「こら英司!そんな下世話な話をするんじゃありません!」
「んー。まぁそこそこにはしてるよ」
「って、答えるんかい!」
「プロポーズってどんなんだったの?」
「テレビ見ながら結婚しよっか。だったな」
「えー、なにそれ。もっとロマンチックな感じにできなかったの?」
「いや、それがな、聞いてくれよ。ホントは色々考えてたんだよ」
「お、なんか食いついたな。なんかあったっぽいな」
「7年付き合った末のスタートを切るのが、そんな簡素な結末に至った経緯を聞こうではないか」
「生2つの方ー」
「あ、こっちです。イヅル、チューハイ空だけどおかわり?」
「チューハイはいいかな。梅酒ロックで。ついでに枝豆ください」
「それじゃーお先に」
「「かんぱーい」」
「それで、どうしたのよ?」
「んぐっ、っ…ふっ…。あー、あれね。実は、結婚って結構前から考えてたんだよね。それとなく綾のやつもジャブってくるし」
「ジャブってって、結婚してって言われてたってこと?」
「まーそんなとこ。スルーしてたんだけどね。そろそろやっぱり考えないとなーとか考えてた」
「スルーとか、女の一生を何だと思ってんだ、貴様」
「いや、なんというか。すまん。でも覚悟決めるって相当なことだし……」
「結果的に結婚したし、そこは不問にしてやれよ。で?」
「まぁ、ディナーに誘って、指輪渡してとか、いろいろ考えてたんだけどな。実はプロポーズ直前にケンカしてたんだよ」
「ほぅ」
「まぁ、ケンカは本当にしょうもないケンカなんだけどな、ちょっとばかりイライラしてたんだよ」
アパート205号室
(くそっ、なんでプリン食べたくらいであんなに怒られなきゃならんのだ。大体、名前を書いてるからって食べてはいかんというルールなんてないだろう)
「あー、うしお?リモコンとってー」
「あいよ」
「サンクス。ほい、ミカン」
「サンクス」
「剥いたら半分頂戴」
(人のことこき使うし、なんだと思ってやがる)
「冬はおこたでミカンが至高」
(それには同意する)
もぐもぐ あはははー
「この芸人、つまんないねー」
「そうか?結構面白いとおもうぞ?」
「……」
(明らかに不機嫌な顔しやがって。ふん、この芸人がつまらんのは芸だけで、トークは割と面白いんだぞ?)
「ねー、この女芸人もこの間結婚したんだってー」
「ふーん」
「……」
(あー、出た出た。結婚アピール。もうさ、いい加減疲れるんだよ。いろいろ計画もしてたけど、この間のケンカでちょっと考えちゃったし。あー、プリンの時もそんなことで怒ってたな……)
「……」
(もう、なんかダメかなぁ)
―――。
「えっ!?プリンごときでそんな一大事に!?」
「いや、英司。女の子にとってのプリンは戦争の引き金になる問題なのよ」
「そんな大げさな……」
「でも長年連れ添ってるとさ、何気ないケンカでも『あー、もうだめだ。この人とやっていけない』ってふっと思うことがあるんだよね」
「って、イヅルはなんでそんなこと言えるの?経験談?」
「ネットで見た」
「梅酒ロックの方ー」
「あ、はーい」
「で、そこからどうしてプロポーズに?」
「唐揚げ遅いな。ちょっと、唐揚げまだっすかー?」
「少々お待ちください、見てきますね」
「かんぱーい」
「ほい、乾杯」
「ほんでほんで?」
「えーっと、どこからだっけ?あ、そうそう、そのまま綾がこたつに潜ってテレビ見てたんだよ」
「ゴクッ……。ほうほう」
「まぁプリン食ったのは悪かったし、ここは大人になった俺がちょっとお高めのプリンを買ってきていたのでそれで仲直りをするつもりでもいた。でもな、そこで綾の奴、寝ながらミカンを食べたんだよ」
「あら綾ちゃん、お行儀の悪いことですわ」
―――。
高いところほんまあかんですって!いや、ほんま……――。
「ん、ミカン剥けたぞ」
「サンクス」
(こっちも見ずにとって寝たまま食べるとか、行儀悪い……)
「はぁ」
「……なにため息ついてんのよ」
「いや、寝ながら食べるとか行儀悪いぞ」
「……うるさい。ほっといてよ」
(……はぁ、俺が折れなきゃならんかね。食べたのは俺が悪かったし、まぁ食べれば機嫌も直るか)
「……昨日は悪かったな。ほら、プリン買ってきてるから食べろ」
「……食べろって何よ」
「プリン食べたのが気に入らないんだろ。代わりの買ってきたから食べろって」
「いらないわよ」
「なっ、これ、結構高かったんだぞ!」
「知らないわよ!ふんだ!」
「……」
―――。
「それはあんたの言い方が悪い」
「今は猛省している」
「唐揚げお待たせしましたー」
「おー、来た来た♪じゅーしー唐揚げなんばわーん」
「すみませーん、生1つ追加でー」
「生一つですねー」
「お互い意地になってていい感じじゃねーか」
「何がいい感じだよ。今は落ち着いてるからあれだけど、その時はすんごい腹立ってて、なにかこう、腹が立ってたんだよ」
「それで、もう結婚とかやめてやるーとかになったわけ?」
「いや、プリンを人質にとった」
「ん!?」
「え!?」
―――。
「……いいのか?このプリンは『ケビンイレブン』の白金のプレミアムぷっつんプリン……プリンの分際で460円もする超高級プリンだぞ?」
「!?」
「そーら、お前が食べないなら、今ここでぷっつんしてもいいんだぞー」
「~~~っ」
(意固地になりやがって。下唇かみしめてまで我慢する気か?いいだろう、食べる気がないなら目の前でぷっつんしてやる。知ってるんだぞ、お前がプリン大好きなプリン女子ということは!)
「ほら、一言。食べたい、といえばこのぷっつんプリンはお前のものになるんだぞ?」
「い、今は、その、おなかが……」
「プリンくらいで怒ってないで、自分に正直になったらどうだ」
「……それで怒ってるんじゃないもん」
「は?」
「……」
(プリンに対して怒ってるんじゃない?じゃあなに不機嫌になってんだよ。意味わかんねぇ、わけわかんねぇ。……あー、イライラする)
「じゃあ、いらないんだな」
「……い、いらな」「なーらぷっつんだ!ぷっつんするぞ!!」
「やっぱやめ――――
―――。
「んー、なんか、プリンに対して怒ってるっていうより、結婚話を避けるあんたに怒ってる印象があるような」
「あー、確かに。なんとなくそんな気もする」
「うっ……そ、そうだったかもしれない……でも、その時はプリンのことだと思ってたんだよ。それしかないと」
「で、その人質プレミアムぷっつんプリンはどうなったの?」
「あ、予想してやる。そのあと何かがあって仲直りして、その夜は綾ちゃんのプリンプリンなプリンをうしおがぷっつんして―――バチンッ―――痛いでござる」
「ったく、その何かを答えなさいよ」
「あっ、レモンかけないで!俺、ダメなの!」
「ごめんごめん。お皿によけとくね。それで続きは?」
「ぐびぐび―――。そしたらさ、その芸人がタイミングよく大声かましたんだよ」
「へ?」
「くっだらないのにさ、笑うタイミングが同じでさ。そこを振り返った瞬間に、あ、なんか、すごくいいなって。そしたら自然と出てたのよ」
――――。
(あー、もう駄目だ。ここまで意固地になるなんて、たかがプリンだろ?ここまで俺が折れてるのに、なんで素直に受け入れられないんだ。それにプリンじゃないなら何に怒ってんだ?7年も一緒にいたのに、こんな形で終わるとか、ホント最悪。でももう駄目だ。こんな意固地な人とやってけないわ)
「ぷっつんするぞ!!」
「やっぱやめ――――
あっかああああぁぁん!!!!
「!?」
「!?」
あかんあかんあきませんって!!ちょほんま、ちょっと触るだけとかもやめてくださいよ!!洒落んなりませんって!ねぇ!!ちょっとぉ!!
……。
「……ぷっ」「……ふふっ」
「「あはははっ!!」」
「あははっ、ははっ」
「あはははっ、はははっ」
「タイミングっ、良すぎっ、あはははっ」
「なっ、芸はいまいちだけど、間がいいんだよ、この芸人。あはははっ」
「あはははっ、そーだねっ」
「あははは、はは……」
「あははっ!」
(……あれ?なんだろう、さっきまですっごくイライラしてたのに。なんか……)
「あははっ……ね、ねぇ。ごめんね。なんかイライラしてて……」
「いや、俺の方も、なんかイライラしててさ。ごめんな」
ちょっ、つんって、つんってするんやめてっ!つつかんといて!もー!俺ぷっつんすんで!!ええんか!?俺ぷっつ、ちょっ!!あっ!!!ああぁぁぁ!!!!!
「あはははっ、もー、この人最高。タイミングやばすぎっしょ、あははっ」
「あははっ」
(……あー。そっか。俺、綾の笑顔が好きなんだ)
「ねぇ、それ、食べよっか」
「おなか一杯なんじゃないの?」
「んー。別腹にしとく」
「太るぞ?」
「んー。胸に貯金しとくよ」
「なぁ」
「なぁに?」
「結婚しよっか」
「……へ?」
「結婚してください」
「あ、うん。えっ、あ……よろしくお願い……します……」
―――。
「ーーっ、かーーーっ!!!大将!コークハイ!!アルコール多めで!!」
「あめぇ、この梅酒、いつもの20倍は甘く感じる」
「はぁ……やっぱり生には唐揚げが合うねぇ」
「か~っ、このジゴロ!」
「枝豆でーす」
「枝豆っ!食べずにはいられないっ!!」
「あの一瞬がなかったら、もしかしたら結婚してなかったかもしれない。結婚はタイミングだよってよく言われるけど、本当だな」
「7年のゴールイン、おめでとうございます」
「おめっしゅ」
「お、おめっしゅ?……まぁ、すっごい長い時間一緒にいたら、当たり前に思ってたことが、実は考えてみたら当たり前ってすごいことじゃんって思うようになったわ。些細なケンカで、一生離れたときのことを考えたら怖くなった。これからその人を手放した後悔をしたくないって思える人に出会えた俺は幸せだと思うよ」
「あまーい。糖尿になっちゃうー」
「ダメなのは綾が笑ってなかったから。だから、笑っていられるように自分も努力していかないとなぁって思ったんだよ」
「……~っ」
「なんだよ、お前ら……ま、まぁ、ちょっと恥ずかしいこと言ってるとは思うけど、結婚しようと思ったのは、そう思わせてくれた綾がいたからだよ」
「……オヤジぃ!!こいつに生3杯追加してくれぇ!!」「3杯!?」「唐揚げも4人前追加で!!」「4人前!?」「さぁ、今日は朝までランデブーだぜぇ!!」
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