人称
O.F.Touki
二人の兄弟は悩める科学者
わかってはいたが、今日も家に帰る事ができなかった。そして妻や息子、そして病院に入院している娘に合うことも出来なかった。
双子の兄であり上司でもあるキースも仕事に追われている。というより、彼が仕事を追っているため、この現状を作った張本人だ。そのためか彼だけは生き生きと歳にも合わない綺麗で輝いた瞳で研究資料黙読しながら部下に命令を飛ばしている。
僕は今兄のキースの命令で、家や病院にいる家族に連絡をする為に、外部との私事連絡ができない職場から外に出て、駐車場脇にある喫煙場所で家族に連絡を取った。
栄養ドリンクを片手に、自分の吐いたタバコの煙に身を包まれながら6回目のコール音が過ぎた。どうやら家には誰もいない様なので、僕は妻の携帯電話に連絡をした。
「ノース、お疲れ様」
最愛の妻の声が聴こえ、その後ろで元気な声が聴こえる。
「お父さんお疲れ様! 」
息子の声だ。息子は今日で10歳になるが、頼まれていた『ドラキュラクエスト』というゲームをプレゼントする約束は果たせなかった。しかし、息子は僕を責めることはせず、優しい言葉でねぎらってくれた。僕はそんな優しい息子を抱きしめたい思いになったが、その優しさが心痛いと感じる。
「ルディもエリスも誕生日おめでとう。会えなくて悪いね、愛しているよ」
僕が言った言葉は、妻と息子には聞こえている。しかし、娘であるエリスには聞こえない。僕の娘は生まれた時も泣かず、その時からそのまま今なお病院のベッドで横になり続けている。意思疎通は出来ず、話しかけても反応はしない。しかし、僕は娘のエリスを愛しており、妻と息子もエリスの事を愛してくれている。自分にはもったいない素敵な家族だ。
僕は惜しみながらも家族との電話を切り、一息ついてタバコを灰皿に揉み消すと、大急ぎで走ってくる僕の部下が見えた。
「ノースさん! 急いできてください! 大将が来られました! 今キースさんが対応を――」
僕は急いで兄キースの元へ向かった。
私の職場は元は宇宙を観測したり回収した物質の分解や解析などを主に行う研究施設であったが、ここ数年で某国に買収されて某国付属研究施設として重々しい見た目の軍事施設となった。
現在この国の状況は、長く緊張状態が続いていた他国が宣戦布告をして、国の北部が砲撃を受けたことから戦争状態になっている。そして、現在僕達の国の本土が被害にあったのはその宣戦布告後の一戦だけであり、現在は敵国の土地で2ヶ月間を超えようとする戦争が続いている状況だ。
僕は職場のセキュリティを12回通り、兄の元へと向かった。そこで目にするのは相変わらず子供の様にはしゃぐ兄キースと黒い肌を持つ国のお偉いさんだ。
「ファイル大将閣下、お初にお目にかかります。ノースエンデヴァーです」
僕はこちらに目を向けるお偉いさんに挨拶をし、現状の説明を受けた。内容は、対戦中の敵国の国土が広く、守備も硬いために想定よりこちらの軍の消耗が激しいこと。そして停戦協定を結ぼうとする同僚の説明を受けた。
「というわけだ。まぁ、それはさておき――」
どうやら先ほどの話は本題とは違う様で、兄キースの様子を見るに、本題は現在私たちが実験と開発をしているプロジェクトの進捗確認や運用の命令をしに来たのだろうことは、その場の空気で察しがついた。
そして僕の予測は当たっており、過去2回だけ実験して、行方不明になった元所長の行方を調査中である件。つまりは現所長キースと僕が研究をしている、『夢を叶える装置』の開発の進捗と運用の催促だ。
「もういつでも使えますよ! 」
兄キースの言葉、つまり装置が使用可能ということはお偉いさんは分かっていた。なぜ僕にそんなことが分かるのかというと、成功例を僕とキース、元所長、そして大将殿が一緒になって観測したからというのもあれば、元所長が装置の運用に反対していたことや、その元所長が装置を使って忽然と姿を消したことが理由だ。
僕は自分達の作った装置が素晴らしい物である事は知っているし、使い方次第ではどうとでもなってしまう物という事も理解していた。
「では運用だ。範囲はどうだ? どこまで効果がある。他者を反映させられるか」
大将殿の言葉に兄キースは、それはもう嬉しそうに嬉しさのあまり涎が垂れるほどに笑みを浮かべて頷いた。
「それはもう! 俺の計算と理論では、この国はおろか、敵国、それもおろか! この星、それもおろかだな、 この宇宙も、この世の全てが範囲でありますぜ! 」
大将は慣れたようにハンカチで兄キースの涎を拭くと、頷いて兄キースと僕の肩に手を置いた。
「今すぐ使おう。これで我が国の勝利だ。素晴らしいぞ。君達もな」
普段から表情をピクリとも動かさない大将殿は、この瞬間でも表情一つ変えずに兄キースに装置の使い方の説明を受けた。
兄キースは白衣のポケットからボール状の装置を取り出した。因みに夢を叶える性能はそのままで、影響力は試作品をぶっちぎりで超越させ、なおかつ小型化したのはこの僕だ。
基本的なんだ。重力は物質の質量に依存する。僕は研究室でブラックホールを造り続け、新しいのが生まれない様にした後に次々と呑み込ませた。月が無くなってしまったのも、その他の惑星が無くなってしまったのも僕の実験の過程だが、まぁ結果できたのだ。超高質量の重力を変化させる永久機関装置を。それで小型化に成功した。
兄キースは装置から手を放しても、装置は空中に留まっている。理由は、装置に加わる重力が0になるためである。超高質量でありながら質量が0の物質はふわふわと大将の手元に漂った。
「使い方は分かった。コレを持って願いを想えばいいのだな」
兄キースはコクコクと勢いよく頭を縦に振って頷くと、大将殿は依然変わらない表情のまま固まった。おそらく願い事をしたのだろう。
それから3分後、大将の携帯電話が鳴った。
「了解」
大将は装置を兄キースに手渡すと、一言言って帰って行った。
「君たちのおかげで、我が国は勝利した。この星は我々の物だ」
兄キースは満足そうに鼻を鳴らしながら手を振って大将を見送ると、手には持っていなかったはずのジュースの入ったコップを持っていた。
「やぁノース。成功だね! 僕達は希望になれる! わがままかな」
僕にそう言ってまたどこからともなく現れたポテトチップスコンソメ味を僕に手渡して部屋を出ようとした。
「あ、ノース。僕達の研究生活は飛躍するぞ! 今度は新しい世界に行こう! 僕達でもっと面白い物を探して、調査して、研究して、実験して、寝て、創ろう! 」
兄キースについて行きながら僕は携帯電話をポケットから取り出した。さっき外で使っていた物とは違うやつだ。プライベート用の携帯電話を操作して、禁止されている社外通話をつなげた。
「あ、もしもし――」
声は妻の声だ。そしてそろそろ誕生日会はお開きらしい。
「丁度電話しようとしてたの、私達は家に戻るわね。 最後にエリスに話しかけてあげて」
電話のスピーカーから声が離れて2秒後、私は娘エリスに聴こえるように挨拶をした。
「お誕生日おめでとうエリス。愛してるよ。お父さん、今度は遠いところに長く行かなきゃいけないんだ。少しお別れだけど、すぐ会いに行くよ」
話を聞いていたような妻と息子のルディは、私に質問をした。
「あら、また長くなっちゃうのね。出張? 気を付けてねあなた。愛してるわ、おやすみなさい」
僕は妻におやすみなさいといって、息子にもおやすみなさいといって電話を切った。そして兄キースと一緒に社内のタイムカードを押して外に出ると、一服しつつ空を見上げた。
「じゃあ、出発だなノース。もういいかい? 」
僕の心の内を見透かして確信するような笑みを浮かべて兄キースは僕に語り掛けた。僕はキースの顔を一度見たが、また空を見つめて少し泣いて希望と願いを想った。
兄はそんな僕の手を掴んで自分の手とかさね、装置に一緒に触れた。
「行こう」
人称 O.F.Touki @o_f_touki
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