第五章 成仏する?

 お話戻って。

 騒動を後にして屋敷に到着した紅倉は、スタッフの男女二人を中に招いて芙蓉にお茶を出してもらった。

 このスタッフの男女、筆者がどこかで見たような?と思うのは、物語冒頭、まだ美しすぎる幽霊がネットの話題に上る前にデート帰りに携帯電話で撮影してしまった、あの彼氏とその彼女である。

 紅倉が彼氏の方に唐突に訊いた。

「あなた、白い中古車に乗ってるでしょう? 右のフロントドアに傷のある?」

 彼氏は驚いて答えた。

「ええ。でも傷は、最初はなかったんです。しばらくして塗装が浮き上がってきて、中からさびが落ちてきて。どうして分かったんです?」

「そりゃまあ、それで商売やってますから。その車、自分が起こしたわけではないけれど死亡事故に巻き込まれています。傷はその時のものね。修理した板金屋が手抜きしたわけじゃなく、事故の悪い気が入り込んじゃったのね。その車に乗っているとあなた、近々死ぬわよ」

 紅倉に決めつけられて彼氏はゾッとした。

「通勤は電車なんで車は休みの時しか乗らないんだけど……」

「では今度の休みに大きな神社でしっかり高いお祓いを受けてきなさい。あなたも、既に死相が出てるから、いっしょにしっかりお祓いを受けてくること。既にかなり危ないから、一週間分の安全を守るお札を処方してあげましょう。美貴ちゃん、紙と筆」

 紅倉は和紙に筆ペンでさらさら「べにくらみき」とサインし、芙蓉にきれいに長方形に畳んでもらった。

「一週間バッチリ保証で七万円。……のところ、さっきのADのギャラでチャラってことで。はい」

「はあ。ありがとうございます」

 彼氏はありがたく紅倉のサインをいただいた。

「さて彼女さん。

 この間の相談内容を彼氏くんに話してあげなさい」

「はい」

 彼女は彼氏の顔を心配そうに見て話した。

「あなたの後ろにね、あの女幽霊が付いていて、しきりにわたしを怖い顔で見るの。まるで、この人はもうわたしの物よ、諦めなさい、とでも言うように……」

 怖そうにブルッと震えた。言われた彼氏の方は、

「あの人が俺の後ろに……」

 と、会いたそうな顔で振り返った。紅倉は、

「あー、駄目駄目」

 と指を振って彼氏に注意した。

「そうやって彼女に惹かれたから、彼女を呼び寄せちゃったのよ。

 あなた、あそこで傷害事件が起きたっていうニュースを見て、見に行ったでしょう?」

 彼氏は頷き、言った。

「俺、あの人が原因でそんなことが起こったのが嫌で……。いいや、あの人が悪いんじゃない、あの人につきまとっているストーカーの男どもが悪いんだ!って腹が立って……」

「で、出来れば彼女をそいつらから守ってやりたいなあって思ったわけね?」

 頷く彼氏。彼女はそんな彼氏に悲しそうな顔をした。

 テーブルを挟んで彼氏に向かい合っていた紅倉は体を伸ばし、

「大ばかもーーん!」

 と、平手で彼氏の頭を張った。元の位置に戻り、びっくりした顔の彼氏に。

「と言うのはわたしじゃなく彼女……幽霊ちゃんからの伝言ね。

 ま、彼女もね、死相の浮かんでいるあなたを見て、このままこの人が死ぬのを待っていっしょにあの世に連れていってもらおうかしら?けっこうタイプだし、って思って付いていったのね。でもやっぱりかわいそうだし、なんとか気付かせてやりたいと思ったけれど鏡に姿を映してもあなたはぼうっと彼女に見とれるだけだし、それで彼女は彼女ちゃんの方にターゲットを変更して、彼氏くんが危ないわよ〜〜ってメッセージを送っていたんだけど、残念ながらあなたには怖がられるだけでメッセージを理解してはもらえなかったみたいね。でもこうしてわたしのところに来たんだから、やっぱり届いていたのかな?

 と言うわけで、彼氏! こんなにいい彼女をもっと大事にしなさい! 罰当たりめ!」

 彼氏はようやく目が覚めたように彼女と見つめ合い、

「そうだったのか。ごめんな。俺、死んだ人になんか見とれちゃって、おまえがどんなに大切か見失っていた。ほんとにごめんな。愛してるよ」

「うん。よかった、元のあなたに戻って」

 温かな眼差しで見つめ合い、照れ笑いを浮かべた彼女は紅倉に訊いた。

「そっか、あの人、いい幽霊さんだったんだ? 今どこにいるのかな? お礼言わなくちゃ」

「あ、それなら美貴ちゃんにどうぞ。今彼女の中にかくまっているから」

 芙蓉は驚き、カップルに笑顔で

「幽霊さん、ありがとうございました!」

 とお礼を言われて変な気持ちになった。


 はい、じゃああなたたちはお幸せにねー、ちゃんとお祓い受けるのよー?

 と二人を送り出し、さて、紅倉は芙蓉と向き合った。

「ほい!」

 と手のひらを押し出すと、芙蓉は首の後ろからスーッと何か抜け出していくのを感じた。紅倉が皮肉に言った。

「美貴ちゃんって案外無防備なのねえ? こんなに簡単に取り憑かれちゃうなんてねー?、……美人の幽霊限定で」

 おほほほほ、と笑われて芙蓉は面目丸つぶれだが、まあ美人の幽霊ならいいかしら?と喜んだりするから簡単に付け入られるのだ。

「さてどうしましょうねえ?」

 と窓の辺りを見て紅倉は考えた。

「赤鬼さんはまだしばらく不埒な男どもを成敗に回って成仏しそうにないし、まあしょうがないそのうち女神様をお呼びして彼女へのストーカー行為をやめるよう説得してもらうとして、それまでは彼女も安心して成仏できないわねえ。

 ま、それまでここにいるといいわ。お坊ちゃんに見つからないように結界を張っておいてあげるから」


 というわけで美人過ぎた幽霊は紅倉の屋敷に居候することになって、ちょくちょく勝手にテレビがついているようになった。どうやら彼女のお気に入りはじゃーにーず事務所の干菓子山海苔夕樹くんのようで、しばらく彼女も成仏する気はないようだ。


 おしまい。



 2010年7月作品

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霊能力者紅倉美姫24 美人過ぎた幽霊 岳石祭人 @take-stone

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