下
いずれ顔を合わせることは避けられない以上、私は話し合いの上でサムをローレンスに紹介した。実のところ、それは少しばかり気まずい行為だった。同じ分野にいることを互いに知りながらも二人の間にほとんど交流がなかったのは、深刻な意見の相違が原因だったからだ。しかし、対面してみると二人はとりあえずそのことを傍によけておくことにしたようだった。週末にサムが私を連れ出す前には、ローレンスと三人で小一時間ほど話し込むのが恒例になった。ただ、スーザンは我々の関係を訝しんでいたようだ。叔母は常に親切で優しかったが、私とサムのことを祝福してはくれなさそうだった。
ローレンスとオンラインで話すようになってから十五年近くが過ぎる頃、私はエジプト学の若手研究者として不安定ながらに将来像が見え始めていた。執筆は続けていたが、プロ作家として芽が出ることはすでに諦めていた。
あの年の前年の秋、私は発掘のためエジプトに長期出張することになった。空港でローレンスと私は初対面以来の握手を交わしたが、そのとき掌に伝わってきた骨の感触で彼がやつれてきていることに気がついた。
愛するサムからは離れがたかったとはいえ、中東での日々は刺激に満ち、正直なことを言えば私はローレンスのことをあまり思い出さなかった。だが、アカウントの更新が次第に少なくなっているのが気がかりだった。
ローレンスが倒れたこと、彼を冒している病はほとんど末期まで発見されなかったこと、当人が帰宅を望んでいることをスーザンからのメールで知ったのはエジプトに来て半年後だった。
私が帰国して二週間、ローレンスは生きていた。その間、私は手伝いに来てくれたサムの足元にも及ばないほど役に立たなかった。彼が息を引き取った夜のことすらよく覚えていない。
眠った感じすらしないほど疲れていたのだろう。急にぷつりと意識が途切れて、気がつくとローレンスの部屋の前に立っていた。ドアを開けると、ベッドの足側にローレンスが立っていた。もう到底起きられるような状態ではなかったのに、私は驚きもしなかった。彼の足元にランドルフが付き纏って、不安げな声を上げていた。私は彼に近寄って手を差し伸べた。体の中に棒が入っていて、それを通じて操られているような感じがした。私の舌が「行きましょう、彼方へ」と私のものではない言葉を放った。ローレンスは私の手を取って、行こう、と帰郷を待ち望む子どものように呟いた。今やランドルフは背中の毛を逆立てて、私に向かって唸り声を上げていた。
それから日が落ちるまでの記憶はない。気がつくとミスカトニック川の中洲に並ぶ石柱の間でうずくまっていて、制服を着た知らない女性が私の肩を揺さぶって何事か話しかけてきた。何を言われているのかはさっぱり理解できなかったが、手を引かれるままにボートに移り、岸の道路で待っていた車に乗せられて到着した病院で親切そうな老人と言葉を交わすうちに、私は彼が精神科医だということに思いを至らせた。
スーザンやサムが語るには、ローレンスの臨終にショックを受けた私は、その場の誰も聞いたことのない言葉を口にしながら裸足で家を飛び出したそうだ。目撃証言は私らしき人物が街のあちこちに出没したこと、痕跡は私がメドウ・ヒルの向こうにある暗い谷間まで行っていたことを示しているが、どの通報を受けて警察が駆けつけても私は忽然と消え去っており、結局彼らがターゲットを保護したのは十二時間以上が過ぎてからのことだった。私はどうやったのか裾を濡らすこともなく、あの古代の石柱が立ち並ぶ中洲にたどり着き、例の未知の言葉と死者の名前を交互に叫び続けていたのだという。
私は混乱からすぐに回復し、全アメリカのみならずアジアやオセアニアから友人知人が集まるのを待って行われた葬儀には元どおりの健康状態で参列することができた。そしてその年の夏、サム・ヴェルディがプロヴィデンス近郊に持つ家の門は新妻のために開けられ、ハーヴィー家での私の年月は終わりを迎えた。
今でも、夢の中ではよくローレンスと話す。場所は彼が書く小説に出てくる異星の都市の時もあるし、私がこれからの人生を捧げるであろう古代エジプトや、慣れ親しんだアーカムのこともある。私の夢には彼が好きな事物がたくさんあるようだ。例えばアイスクリームや古書の山や既に世を去った偉大な作家たちのような。
時に私は、死せる友人とまだ会えることへの喜びから半信半疑となり、思わずローレンスの顔を正面から見つめる。そうすると否応なく彼の瞳に映る自分の姿も見ることになり、これが私の
このような怪物の庇護のもとであってもローレンスはおおむね楽しそうにしてくれているので、私は責任を果たすことができているのだろう。最近は夢見ることこそが永遠なる真実で、覚醒の世界は定命の者のための幻にすぎないとさえ思っている。混沌とした夢をもたらすのは想像力という名の力強き使者であり、人々の綴る物語、描く絵画、演じる劇こそはその千の貌なのだ。』
キーボードを打ち終わり、私は薄い笑みを目元に浮かべた。まだまだローレンス・ピックマン・ハーヴィー氏にかなう文才ではないが、焦ることはないだろう。我が前には
ローレンスの下宿人 アーカムのローマ人 @toga-tunica
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