切り札のために

「くっくっく……それでどうするつもりだ、鬼姫よ」

「知れたこと。貴様に一泡吹かせてやるのじゃ」

 真の姿に戻ったフィルミナの啖呵でも、シャイターンは動じない。相変わらず余裕たっぷりの態度は崩れなかった。

 そして軽く周囲を見渡し……



「……その眷属と、潜ませている二人を使ってか?」

 一瞬言葉の意味が分からなかった。



「アヤー、前の玉座の時といい自信無くすヨ」

「……ちっ、バケモンが」

 だがすぐにその意味が分かる。

 シャイターンを遠巻きに囲むように、物陰からアランさんと妙齢の女性が姿を現したからだ。見覚えがある……釣り目だが整った顔立ち、黒髪のお団子頭が特徴的なフォンファンさん。


 いつの間に……というか、二人ともどうしてここに?



「こやつらを呼んでから、我の前に出てきたのであろう? 大方……向こうの方も誰かを動かしているとみた」

「ふん」

「策士の貴女らしいな。さて、我を楽しませることが出来るか?」

 なるほど、たしかにフィルミナなら蝙蝠に手紙でも持たせれば可能だ。この場だけではなく、公国の方にも手を打っている。

 じゃあ自分がやることは……こいつに、シャイターンに集中するだけだ。



「ふはは……目の光が戻ったな。流石は鬼姫の眷属、だが実力差は覆らんぞ?」

「……それが、どうした」

 押し負けるな。

 天地がひっくり返ろうが、どうやってもこいつには勝てない。来てくれたアランさんとフォンファンさんがいても同じだろう。

 大森林での話から……フィルミナが加わっても無理だ。しかも今彼女は、副作用で弱体化している。いつまた子供の姿に戻ってしまうか……。

 いや、仮に彼女が全盛期だとしても勝てないだろう。



 だけど、それで折れていいわけじゃない。足掻いて、意地でも首に食らいついてやる。



「セスよ、儂に考えがある」

「考え?」

「うむ、少しでよい。時間を稼いで欲しいのじゃ」

 彼女がそう言うからには、何か手があるのだろうが……それをこうして言ってしまっていいのか?

 秘密裏にいつも行う、鬼の聴力を集中して捉えるような声じゃない。普通に会話してしまっている。



「ふはは、貴女の切り札……『創造生命』か?」

「やはり手の内はバレておるか。会話を隠そうとしても、貴様相手では無駄じゃろうし……本当に、やりにくいのう」

 フィルミナが眉間に皺を寄せる。

 潜んでいたアランさんとフォンファンさんも見つかったし、隠しての伝達は無理だったのだろう。しかもシャイターンは、フィルミナの切り札を知っているらしい。


「ふむ、生命を精製する貴女の操血術……その到達点。己の想像力と理解力が許す限り、いかなる生命も創造することが出来る」

「そうじゃ。それに賭けることにするかのう」

「現存する命は無論、絶滅した命すらも疑似的に生命体として創造して使役する。だが、それでどんな生命を想像する?」

 もしそんなことが出来るなら……たしかに逆転も狙えるはずだ。そのはずなのに、シャイターンは揺るがない。口元に浮かんだ笑みも、余裕たっぷりの態度も、全く揺らがない。

 魔王は絶対——そう言わんばかりだ。



「全盛期の貴女自身か? それとも龍帝しろがねか? どれを創ろうとも、我は越えられん」

「うむ。どれを創造しても貴様には勝てんじゃろう」




「……え?」

 あっさりと認めた?

 え、あれ? じゃあさっきの『時間を稼いで欲しい』とかは何だったの? 逆転の一手じゃないの?




「全盛期の儂でも、しろがねでも、貴様には勝てん。そもそも、しろがねとは付き合いこそ長いが、あやつを完全に『想像』してしまえるほど『理解』出来ているとは思わん」

 ああ、自分の『想像力』と『理解力』が許す限りってそういうこと……いや、だからそれでどうするんだ?

 ふと視線を向けると、アランさんとフォンファンさんも呆気に取られている。戦闘態勢こそ崩していないが、表情で『訳が分からない』と言わんばかりだ。


「補足じゃが……儂の『想像力』と『理解力』が許すなら、過去現在の者だけではなく、未来の者も創ることが出来る」

「……ほう?」

「無論、未来と言ってもこの時点で儂が想像した……疑似的なものじゃがのう」

 問答は続く。

 自分も話を聞きつつ、魔王を睨むが……やはり隙がない。口調も態度も変わらず余裕たっぷりなのに、仕掛ける隙がまるで無い。

 すでに刹那も逃さない鋭い表情に戻っている二人も同じようで、魔王と距離を維持しつつ隙を探るしかないようだ。






「して、貴女が思い描ける未来に——この魔王シャイターンを上回る者がいるとでも?」

「おるぞ。見るがよい。来たれ……」






 それが——開戦の合図になった。

 即座にフィルミナの前に出てシャイターンからの盾になる!

 腰を軽く落とし、どんな漆黒が来ようとも薄明で迎撃できるように。それが叶わなくても、自らの身体が盾になるように。


 同時、フォンファンさんも扇——鉄扇だろう——を一振り。シャイターンを一撫でしようと熱風が舞った。

 離れていても感じる熱量、常人が降れたら即座に皮膚を焦がすくらいの温度はあるだろう。


 だが、それも通じない。


 布のように広がった黒を、シャイターンが纏う。

 それだけでも驚きだが。まだ終わらない。黒の布を振るった後、するどい針がフォンファンさんへと伸びる。

 針の色は当然、黒。

 まるで織物のように……あんな変化までできるのか。球体、帯状、散弾……さらには織物から瞬時に針へと。


 フォンファンさんがひらりと身を躍らせる。躱す、ではなくただ踊っただけ。それじゃあ当たる……!

 だが針はそうならなかった。

 まるでフォンファンさんの舞に釣られたかのように、くねっと針が逸れた。どういう理屈なのか、粘土であったかのように柔らかに曲がったのだ。

 熱だけではない、何か得体のしれない力も働いている!



「ふっははははははぁ! 貴様も『極位』か! 面白い、面白いぞ!」

 それでも……笑うか!

 魔王の深淵は、底知れない。



「生命の根源たる血の力よ……」

 静かに、だがはっきりとしたフィルミナの声が後ろから届いた。そしてそれは、自分の正面にいる魔王も同じらしい。

 フォンファンさんから視線をこちらに向け、表情の愉悦をさらに深めた。


 そしてその愉悦とは裏腹に……桁外れの、殺意と破壊を込めた漆黒が集まっていく。



「鬼の姫が命じ、望む……」

 形状は球形。だが問題はその密度と大きさである。

 こうして見ただけで、今までよりも遥かに莫大な力が込められているとわかった。狙いは間違いなく自分だろう。魔王はフィルミナを連れていきたがっている。あれなら小細工をしなくても、自分を消し飛ばしてしまう。そしてフィルミナも無傷では済まない。




 それが、こちらに向けられる。




 防げるのか?

 せっかく奮い立たせた心がまた揺さぶられた。だが——



「時を超え……」

「——オラァ!」

 フィルミナの詠唱の合間、黒玉がこちらに降り注ぐ寸前、聞き慣れた声が響く。一つの影が、魔王の背後から襲い掛かった。


 鍛え抜かれた筋肉で構成された身体、黒い髪と無精髭……得意の長斧槍は持っていない。素手での締め技を狙っているようだ。

 距離もすでにそこまで詰めている。アランさんの巨体——それでも魔王に比べると小さく見える——が魔王の首を絞めようとした。



「邪魔だ。人間」

 構成していた黒とは別に、もう片方の手で生み出した漆黒がアランさんを捉えた。そして、それが当然と言わんばかりに、



 アランさんの横腹から下半身全てが、飲み込まれた。

 だが、それでもアランさんは止まらない。胸から上だけになっても魔王の首へと両手を回した。



「貴様……!」

「悪ぃな、魔王様! こちとら『ゴーレム』なんでね!」

「……そうか。消えろ」


 アランさんの決死の突撃。辛うじて残った上半身で、首に腕を回して締めたのだ。微かに——ほんの僅か、黒玉の制御がずれた。

 だが魔王はアランさんの怪力をあっさり振りほどき、再び別の漆黒で彼を消し飛ばす。


「今ここに、顕現されよ」

 背後からフィルミナの詠唱だけが、やけにはっきりと耳に届く。


「創造生命——『          』」

 それを守るためだけに、何もかも蹂躙して消滅させる漆黒の球へと、渾身の力を込めた薄明を放つ。

 心身の底から構成して放つ、夜明け前の光。



 ほんの少し……フィルミナが紡いだ言の葉、それだけの時間。それだけが魔王相手に稼げた全てだった。


 けどそのすべてが、刹那の——閃光の時間よりも短く感じられた。

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