その手を取って
「つれないことを言うな。鬼姫よ」
……なんで、
「ふん、不意打ちしないだけ有難く思うがよい」
なんで、出てきたんだ! フィルミナ!
「ふふふ……見た目はとにかく、中身は変わりないようで安心したぞ」
お前はこいつを、魔王を倒すために……2000年も封印されていたんだろ!
「……して、何用でここに現われた? シャイターンよ」
子供の姿になって、力と記憶を奪われてまで、同族をみんな失ってまでの悲願なんだろ?
なのに、なんで今こいつの前に出てくるんだよ!
声が出ない。それでも、心が叫んでいる。
彼女の——フィルミナの思いに、多少なりとも触れてきたから。
「討ち取られた同志ドリュアデスに代わり、この地の侵略に」
「相も変わらず、弱肉強食か」
「そして……」
魔王シャイターンが、指先でフィルミナを差す。
「貴女を、鬼姫を迎えに来た」
二人のやり取りに口を挟めない。いや、そんなことをしても意味がない。
感情のままにそんなことをするくらいなら、どうにか魔王に一太刀を浴びせた方がはるかにマシだ。
だが、それも出来ない。切り込む隙が、まるでない。
情けなく、ただ魔王と鬼姫の問答を……眺めていることしか出来なかった。
「……お主も大概しつこいのう。何度も断っているであろう」
「考え直せ。このままこの……公国ごと滅ぼされたくはないだろう?」
シャイターンが肩越しに公国首都『ルグレ』へと視線を向けた。すでに大門は消し飛ばされており、スケルトンの軍勢と直接対決へと移行している。
公国の方はまだどうにか持ちこたえているようだ。
「ここだけではない。すでに公国は半分落とした。あとはここと……セーリョウ、とかいうところだけだ」
「……!」
公国は——四人の大貴族が治めている。
北の『ゲーブ家』。西の『ビャッコウ家』。東の『セーリョウ公』。そしてここ、南の『スジャク公』。
半分は落とした、ということは……ゲーブ家とビャッコウ家は、もう……
「腹立たしいことをしてくれるのう」
全く態度を変えないまま、フィルミナが言い返すが……正直、ここからどうするつもりなのか。
事態が想像よりずっと悪い方向に、急速に進んでいる。ドリュアデスの最期の言葉、王国にも侵攻が進んでいるはずだ。自分たちの周囲だけではなく、もっと大きな……国家規模で進んでいっている。
もしここを切り抜けられたとして——どうすればいい?
「そこで提案だ。鬼姫よ、我と共に来い。そうすれば……ここと残るセーリョウは見逃してやろう」
「……今回は、であろう?」
「不満か?」
獅子の口角が上がった。
一見すると試すようだが違う。もう答えは決まっているのだ。それをこの獅子の獣人シャイターンは分かっている。
こちらは条件を飲むしかない。飲まなければ力づくで、フィルミナ以外を皆殺しにして連れ去ればいいのだ。
それをしないのは、フィルミナの抵抗心を折るため。
しばしの静寂——フィルミナが口元に手を当て、思案する。
考えるまでもない、フィルミナは行くしかない。自分にはどうにも出来ない。シャイターンを倒すことも、退かせることも出来ない。
大門があった場所での戦場音楽が——ひどく遠く聞こえた。
終わる。
俺は彼女に、フィルミナに命をもらった。人間としては死んでしまって、鬼として生き返らせてもらえた。そのおかげで、村のみんなを助けられた。
けどそんな彼女は世界に独りぼっちで……独りになんか、したくなくて……必死に強くなってそばに居ようとして……。
せめて、何があっても……守ろうとして……そのために、今日まで……
「……一つ、聞きたいのじゃが」
「何だ?」
「ここにおる儂の眷属……『セス・バールゼブル』も見逃すのであろうな?」
「……え?」
二人の問答が始まってから、初めて出た声だった。
めちゃくちゃになって、ひたすらに思考が湧き出ていた頭の中が一気にすっきりしたような感じになる。
「フィルミナ、何を——「ならんな」
魔王の一言が、冷たく響く。
「貴女に眷属など必要ない」
「その代わり、望むものも欲するものも、我が与えよう」
「眷属なら、貴女が望めば朽ちるだろう」
「さあ、その眷属の死で契約成立としよう」
口角を挙げたまま、シャイターンが言葉を続ける。
『『従者』——『純血の吸血鬼』に血を分けて成った吸血鬼は……直接血を分けた純血の吸血鬼——『主人』が死を望めば、その通りに死に絶える』
そうか、たしか前にフィルミナがそう言っていた。それなら……どうにか……
「——交渉決裂じゃな。仕方あるまい」
瞬間、柄で華奢な体躯が闇で覆われた。どう表現していいものか、暗幕のような闇を全身に纏ったと言おうか。
以前に一度だけ、見たことがある。たしか湖畔の町『アモル』に入る前……
暗幕が開けた時、今までの少女はそこに居なかった。
艶やかな黒髪と白磁の肌、それには変わりなかった。だがそれを持つ者は全く違う姿をしている。
スラリと伸びた手足、凹凸をこれでもかと強調するかのような女性的な肢体、顔のラインや目元も子供らしさがなく恐ろしいほどに整っている。
「さて……セスよ、儂と共に戦ってくれんか?」
妖しくも美しい、いや、妖しいまでに美しい女性が……軽く手を差し出してくれた。
その手を取って——立ち上がる。
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