王との相対

 大森林の切れ間に出て目に入ったのは……戦場だった。甲冑と大楯で身を固めた白の軍勢が一塊となり、公国へ押し入ろうとしている。


 ……いや、正確には戦場とは言えないか。


 攻め入ろうとする方は、軍勢と言うには数が物足りない。さらに言うと、攻め入るというよりは守りを固めて揺さぶろうとしている。

 攻城を図るには心許ない数で、大楯の隙間から申し訳程度にクロスボウを射かけるだけだ。


 対して公国側も籠城と言うには頼りなさすぎる。

 大門は遠目でも応急処置で修復したとわかるし、塀も最低限の穴は塞いでいるが損傷が目立つ。

 何より、迎撃に回されている兵士の数が圧倒的に足りていない。そのためあの数であっても、打って出るという選択肢を取れない。ちまちまと迎撃するしかない。


 戦場のミニチュアのような——少人数同士で競り合いをしているだけである。




 何だろう、何がやりたいんだ?

 その疑問と共に、骨の白で彩られた——スケルトンどもの——軍勢に目を向け直す。カタカタという不気味な骨の音と、キンキンという金属音が聞こえそうだ。

 もちろん、それが返事になってくれるはずもない。



 まあ、考えていても仕方がない。どのみち公国を放っては置けない。

 静かに、それでいて素早く移動を開始する。目指すのは……迎撃している公国の邪魔にならず、かつスケルトンの軍勢に噛みつける位置。

 連中から見て斜め後方か、やや後方の左右どちらかがいいだろう。どちらも潜む場所には乏しそうだが、こちらは単騎だ。隠れようと思えば、どうにでも隠れ場所を見出せる。


 そうでなくても、吸血鬼の瞬発力で一気に距離を詰められるのだ。わざわざ肉薄する必要はない。











 潜みつつ、迅速に接近していっているが……今のところ上手くいっている。どうにか岩陰に身を隠しつつ、目標を覗く。

 

 スケルトンにも戦況にも変わりない、千日手というやつだ。

 相変わらず不気味に、守りを固めつつ申し訳程度に矢を射かける。公国側もどうにか撃退しようとするが、大楯の列を抜けない。



 ……それにしても、スケルトンがこんなに整った行動を続けるなんて——!



 考えるよりも早く、急な背筋の悪寒に従って後方へ跳ぶ!

 次の瞬間、その場の日が陰り——さっきまで自分がいた位置が『何か』に潰された。




 操血術……長く、貫けるよう、そして薙げば斧、引けば鎌のように。

 正体不明に対して、夜明け前の燐光と共に十文字槍を精製して構える。油断もなく、見据えた先にいたのは骨——スケルトンだった。


 ただし、自分が狙っていた軍勢の奴らとは形状がまるで違う。

 人のような四肢に加え、背中あたりから巨大な突起……翼が一対生えている。さらに頭部は鳥のもので、全体な大きさは自分よりも一回り以上大きい。


 鳥と人を組み合わせたような——鳥人のようなスケルトン。



 そうか、こいつが上空からスケルトンに指示を出していたのか!

 がっしりと一塊になって守りつつ、適宜に矢を射かける。本能的にしか動けないはずのスケルトンが、これだけ整った行動が出来た理由に納得がいった。

 上空に隠れていたことと言い、確実にこちらを潰そうとしたことと言い、間違いないだろう。


 それなら自分がやることは決まった。


 手にした十文字槍を向け、踏み込みから全身へと力を伝える。突くのは利き手、片手は狙いをつける。目の前に現れた鳥人のスケルトンへと連続突きを放つ。


 基本に忠実な突きの連続『火花』。


 ただし、それは人を遥かに凌駕する鬼の膂力で繰り出される。常人はおろか、大抵の魔物は一溜まりもない。

 実際プンクト砦では、武装したコボルト達をあっさりと屠った。


 だがこのスケルトンは、そいつらとはレベルが違う。


 可能な限り躱しつつ、両手の鉤爪で突きをいなしていく。十文字槍ということで、随分とやりにくそうではあるが……しっかりと致命傷を避けている。

 操血術で精製した穂先がガッ、ガッ、と骨を削るが微々たるものだ。



 それなら——

 手にしている十文字槍に、さらに力を注ぐ。



「……むぉっ!」

 突きを受け続けるスケルトンが苦悶の声を上げた。それはそうだろう。

 穂先に乗った——中心の白に橙色の境界線、夜明けの蒼を纏った——燐光が、輝きを増したのだ。それは刃にさらなる切れ味を、堅さを与える。

 手にした十文字槍からも、削り穿つ手ごたえを感じることが出来た。


 見る見るうちに鳥人の爪が、腕が削られていく。


 それを認めてから突く、と見せかけて踏み込みをもう一歩。身体の捻り、腕の振りを十文字槍に伝えてしっかりと薙ぎ払う!



「ぐぁあ!」

 猛禽を思わせる爪と腕が宙を舞ったと同時、苦悶の声が響いた。



 連続突き『火花』から、足を止めない薙ぎ払い『炎舞』への繋げ技。

 見事にスケルトンの両腕を落とせた。


 あとは、止めを——






 ズンッ、と重苦しい『何か』が響いた。

 いや、実際に音が響いたかどうかはわからない。ただ、圧倒的なその『何か』が表れたということだけが分かった。

 自分に向けられたものではない、にもかかわらず……動きを止めてしまうほどに凄まじかった。



 その『何か』は、公国の大門を剝ぎ取った。

 漆黒の、今まで見たどんな影や夜よりも黒い球体が飲み込んだのだ。



「……何だ、あれ」

 自然と漏れ出た呟きが宙に溶けるころ、漆黒が消えた。そこには——何もなかった。

 スケルトンの矢を防いでいた門も、それを支える柱も、隣接していた塀も……恐らくそこにいた人すらも消えた。


 何も、誰もいなくなっていた。

 まるで最初から何もなかった、と言わんばかりに。



「……魔王、様」

 両腕を落とされた鳥人のスケルトンが、確かにそう言った。吸血鬼の鋭敏な聴覚がしっかりと拾ったのだ。


 ——その単語は、つい最近聞いた。






「ズーよ、苦戦しているようだな」

 声が、届く。

 自分が知らない、聞き覚えのない声はスケルトンの軍勢の方から聞こえてきた。



「も、申し訳ありません。魔王様」

「よい、許す。それよりも貴殿は引け」

 『ズー』と呼ばれた鳥人のスケルトンが声の方へと向き直り、恭しく頭を下げた。自分もそちらへと視線を向ける。


「お待ちください! たとえ刺し違えようと……」

「勘違いするな、貴様をここで失うのは惜しい。指揮に戻れ」

「……はっ」

 ズーがさらに頭を下げた後、翼を広げ空へと飛び立ったようだ。追撃も、視線を向けることすら出来ない。


 今自分は……




「初めましてだな。フィルミナの眷属よ」

 しっかりとした礼服を纏った、巨大な獅子がそこにいた。

金色の体毛に立派なたてがみ、射貫くような金目……人のように二足歩行で、ズーと同じくらいの大きさ。

 丁寧な対応とは裏腹に、空気ごとヒリつかせるプレッシャーを向けてきていた。




 間違いなく、滅びに直面している。

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