来るとき五人、出るとき三人
森を歩きつつ、集中は欠かせない。
光を発生、収束、そして……放たれた小さな光球は、見当はずれの方へ飛んでいき霧散した。
思わず肩を落としてしまう。
「セスよ、あまり気にするでない。自らの身体ならとにかく、全く別の無機的な物体に三次元的な動作を与えるというのは、それだけ難しいのじゃ」
「……フィルミナの、ある程度の思考性を持たせられるってことの強みが良く分かるよ」
自分の操血術は光だが、横を歩くフィルミナの操血術は生命。つまり精製すると同時に、ある程度の命令や行動を自然と与えることが出来るのである。
自分の光には、それがない。
「こればかりは能力の特性としか言えんからのう」
「投げつけたりすれば楽なんだけど……俺は二刀流か槍だから、なるべく手を使わずに飛ばさないと」
「しかもそれを戦闘中。一秒どころか刹那ごとに変わる場面場面で、それを的確に成さねばならんぞ?」
先が思いやられる、とはこのことだ。
出来るならこう、無動作で光球をシュパーと飛ばしたいのだが……先は長い。先頭をアランさんに任せつつでもこの様である。
思わず、ため息が一つ出た。
「そう落ち込むなよ、セス」
森林に霧散するはずのため息に、アランさんが答えてくれた。
「すみません。先頭を押し付けているのに……」
「それは全然構わねえよ。こいつのおかげで楽させてもらっているからな」
軽くこちらに振り返りながら、アランさんが手にした小枝を見せつけるように軽く振る。その小枝には青々とした葉っぱが数枚実っていた。
大森林の小枝。
この森限定での道案内をしてくれる。目標とした場所の方へ向けると、実っている葉が小刻みに揺れるのだ。
その証拠に、アランさんがあっちこっちへと小枝で先を示すと……10時の方向を差した瞬間に葉が揺れた。
ちなみに今の目的地は、公国方面へ続く出口に指定されている。
今の状況——レベッカとジャンナがいない——では、生命線と言ってもいい。
「それより……珍しく弱気じゃねぇか。やっぱ二人がいねえのは寂しいか?」
「セスよ、仕方がなかろう。レベッカは傷が深い。ジャンナも本人が決めたことじゃ」
大森林に入った時とは違って、今は三人で進んでいた。
ドリュアデス戦での負傷のため、レベッカはまだ療養が必要である。ジャンナはほぼ無傷だったが、本人が「修行したいっす」とのことだ。
二人とも公国には戻らず、イザベラさんのもとに残る選択をした。
「心配はいらんじゃろ。ああ見えてもイザベラは、歴戦の勇者であり魔術師じゃ。力を無くしているとはいえ、こと人間の指導であやつの右に出るものはおるまい」
「いや、二人のこともあるけど……単純に焦っているんだ」
「焦る? 何がだ?」
変わらずに先導を続けてくれるアランさん、隣を歩くフィルミナ、二人と会話しつつ、また集中して光を発生……収束させる。
「はい。またドリュアデスと戦ったとしたら、自分は勝てませんから」
「……けどよ、生き残ってんのは俺達だ。そんでそれはお前が勝ったからだぜ?」
「あれはまぐれ……いえ、奇跡みたいなものです」
そう、あれはいくつもの偶然が重なった結果の奇跡だ。もしも何か一つでも違ったらどうなっていた?
例えば、ジャンナがあの時戻ってくれなかったら?
もしも自分がこの光こと『薄明』の力に目覚めなかったら?
その後、吸血に踏ん切りがつかなかったら?
何より——それらに、ドリュアデスが動じずに冷静に対応してきていたら?
どれか一つでもズレていたら、結果は全く違っていた。
「しかしじゃ、運も実力の内というであろう」
今度は隣を歩いていた、フィルミナからの声に視線を向ける。構成した光は乱さず、収束したままにしておく。
「例え百戦して一度しか勝てぬ相手であろうとも、その一度を最初に持ってくればよい」
視線がかち合ったまま「実戦とはそういうものじゃ」と、フィルミナが軽い笑みを見せてくれた。
「流石フィルミナ嬢ちゃんだな。勝つも負けるも一度きり、言い訳無用ってな」
先を行くアランさんも、先導を続けつつ頷きを返してくれたようだ。
維持していた光球を流れていく落ち葉へと飛ばすが……やはり見当違いの方へと飛んでいき霧散した。二人の気遣いへの嬉しさとは裏腹に、自らの情けなさを突き付けられた。
「二人とも、ありがとう」
それでもちゃんとお礼を欠かせないのは、テオドール先生のおかげだと思う。
「構わぬ。向上心が高いのは結構じゃが、焦ってしまっては元も子もないからのう」
「だな。……っと、そろそろ出口みたいだ」
見ると、先のほうに深々とした緑の切れ間がありそうだ。それを証明するかのように、木々の隙間からの日差しが強くなっている。
そこを抜ければ、公国の首都が見えてくるはず——だが。
「……え? これって……」
「うむ。穏やかではないのう」
鬼の鋭敏な聴覚が『それ』を捉えた。
「何だ? どうした?」
「……アランさん、フィルミナを頼みます」
「蝙蝠で斥候も飛ばすが……お主は我慢できそうにないのう」
流石、フィルミナにはお見通しのようだ。確かに、自分はあまり耐えられそうにない。すぐにでも全力で駆けつけたい衝動をこらえている。
「ごめん。フィルミナ」
「よい。それもお主の美点じゃ」
とは言いつつも、表情から容易に読み取れる。「全く、仕方のない奴じゃ」と。
「……おいおい、まさかとは思うが……公国で戦闘が起きてんのか?」
アランさんも流石だ。
自分とフィルミナの空気と会話だけで、すぐに状況を読み取ってくれたらしい。
「うむ。なかなかに大規模のようじゃ」
「マジか? いったいどっから敵が……前に報告に行ったときはそんなことなかったろ」
しかし事実として、自分とフィルミナは掴んでいる。
多くの人が入り乱れて戦う、怒号と金属音を。
戦場音楽が、間違いなく届いていた。
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