一旦まとめてしまおう


 沈黙。



 なんだか覚えがある。

 この……予想も何もしていない、唐突な告白からの沈黙は前にも一度あった。ただ、その時と決定的に違うことが一つある。



「まあ『ホムンクルス』言うても、ほぼほぼ人間と変わらんのや。成長はするし、食事も睡眠も必要だから心配せんでもええで」

 それは語り手がガンガン話を進められることだ。こちらの戸惑いも疑問もすべて無視し、どんどん話を進めようとしてきている。


「……えーと、ホムンクルス? それは、どんな、その……」

 ちらりと横目でレベッカとジャンナを見てみるが、どう見ても話しについていけていない。耳には入っているが、頭には絶対に届いてないだろう。

 まん丸になった眼と、ポカンと開きっぱなしの口がその証拠だ。


 それでも、迂闊な発言は出来ない。

 もしもここで「人間とは違うんですか?」「人間じゃないんですね」なんて言える奴がいたら、顔を見てやりたい。



「まあ、そう難しく考えんでええ。ウチが孕んで生んだことには違いないからな」

 あまり聞き覚えのない単語、しかも色々と配慮しつつの質問。自然と歯切れも悪くなるが……そんなものはどこ吹く風か、きっちりと生々しい返答でイザベラさんが返してくれた。



「じゃ、じゃあ……『ホムンクルス』と『人間』って別に違いはありませんよね?」

「違いは簡単や。父親が人間じゃないこと、それと身体が調整されてるんや」

 ああ、もうどうしてこう……ずかずかととんでもないことをぶつけてくるんだろう。この人。



「父親がいないというか……この大森林の核の一部、それとウチの卵を掛け合わせたんや」

「そんなことが、出来るんですか?」

「出来てるやん」

 なんでそんな「よく見いや」と言わんばかりに……というか、まだ信じられていないんですよ。

 その『ホムンクルス』っていうのも、レベッカとジャンナがそうであるってことも。





「この大森林は長い時間をかけて、新しい統治者……新たな樹ノ姫を生み出そうとしとる。そこから一部の力を貰ったんや」



「基本的には普通の人間と変わらんけど、それとは比べ物にならん力を持つように調整させてもらったんや」



「一人は身体能力、普通の人間では考えられん筋力と五感を。もう一人は魔術特化、遺伝子自体に魔術の素養を刻み込んでるんや」





 しん……と耳に痛い沈黙が場を支配する。

 ちらりと視線をフィルミナに送ってみるが……軽く首を横に振られてしまった。どうも彼女ですらお手上げらしい。



「二人が、ここで迷わなかったのは……その、新たな樹ノ姫から力を貰ったからですか?」

 仕方なしに、苦し紛れの質問をしてみる。


「せや。生まれ故郷どころか……親がそばにおるようなもんやからな。ある意味ではあんたらが戦った魔物、ドリュアデスに近しいとも言えるんや」

「それは……」

「ドリュアデスは、2000年前に奪われた樹ノ姫の力を受け継いだ魔物やからな」






 思い返すと……たしかにドリュアデスは言っていた。

『この娘……やっぱり。こうしてみると分かるわ。私と近しい『力』を感じる』と






「……ふむ。最後、三つ目はどうじゃ? お主は何故、どのようにして今この場におる?」

 質問を兼ねた話題の転換をフィルミナが投げかけた。


 これは助かったと言わざるを得ない。

 内容が内容なだけに、またいつあの沈黙に支配されるかわからないからだ。


「簡単や。しろがねとフィー姐さんの後、ウチ自身にも同じように力を犠牲にしたんや。まあ、この時代に来てから『ホムンクルス』の応用で身体いじって持たせたんやけどな」




「……さて、ではまとめるとしようかのう。すまんが、機械的に会話を進めてもらえるかのう?」

「かまへんで。好きにしてや、フィー姐さん」






 たしかに……ここで話をまとめて、小休止がいいところだろうなぁ。

 ずっと話しっぱなし。それも思考をショートさせるような話題ばかりだった。レベッカとジャンナなど、もう完全に脳を那由多の彼方に飛ばされてしまっている。

 最初の2000年前から、自分たちがホムンクルスという事実……そりゃぶっ飛ぶか。






「まずは……儂がいたのは今から2000年前。世界は魔王シャイターンの脅威にさらされておった。海の主と樹ノ姫を取り込まれ、どう控えめに見ても勝ち目はなかったのう」

「せやな。それに対抗するため『過剰契約』で、シャイターンの『写し取る力』を消すことにしたんや」


「代償は儂としろがねの『2000年』と『力』。また魔王を縛るために封印後の『副作用』もつけることにした」

「しろがねとフィー姐さん、魔王シャイターンがいなくなった後は残った統治者が指揮を執り、魔物の群れを抑えたんやな」


「……そして、鬼の一族と依希えま殿……不死の統治者は滅んでしまったのじゃな」

 わずか、ほんの少しだけ……フィルミナの表情が陰った。



「ウチもほとんどの力を犠牲にこっちに来て、現在やな。一足先にしろがね、次いでフィー姐さんが目覚め、ついに魔王の呪縛は解かれたんや。合図は……『血の落日』やな」

「儂が目覚めてからは……セスと出会った。しろがねの助言で大森林に来たわけじゃが……」


「ああ、やっぱここに勘付いとったんやな龍帝様。周囲のことを気遣ってか、直接ここには来たことなかったんやけど……まあ、大森林に何かあるって気付いたんやろ」

「そして儂らは、アラン殿と出会い、レベッカとジャンナと出会い……ここに来た」

 今日まで……自分とフィルミナが出会って今日まででも様々なことがあった。だがそれ以上に過去から……2000年前に色々なことがあって、それが続いていたのだ。



「せや。詰まるところ……魔王シャイターンを倒すためやな」

「そのために儂としろがねは時を超え、お主は大森林に居を構え、ホムンクルスを作ってまで生き延びた」

 イザベラさんが、頷きだけで答えた。






 ……フィルミナと出会って、村を追い出されて、自分の旅が始まった。フィルミナと話し、彼女のために強くなり、そばにいることを決めた。

 それから大体三か月くらい。だが彼女の戦いは……2000年も前から続いていた。それも一人や二人でも、自らの種族だけのためじゃない。


 フィルミナは、文字通り——世界を救うために、2000年間も戦っていたのだ。

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