次の旅立ちは

 既に日は暮れ、昼間でさえ薄暗い森はさらなる闇の中にあった。

 虫と獣の合唱を聞きつつ、自分の中に巡る熱を掴む。それを集中させていく。身に付けて半年も経たないとはいえ、『操血術』ももうずいぶん慣れたものだ。

 ここからイメージを膨らませて具現化させ、物質化や身体強化と力を発揮していくのだが……すでにそれとは変わっている。


 今自分の掌に構成されたのは『光』だった。いや、自然とそうなったというべきか?


 鮮やかな蒼、それなのに中心部は白熱している。そして蒼と白の境目は、微かに橙色を纏っていた。その光を称えるように、砂よりも細かい同じ色の粒子が舞う。燐光と言うには力強く、閃光というにはあまりにも儚い。

 自分でいうのもなんだが、これは——



「まさに夜明け前の空の光……『薄明』じゃな」

 正面にいる、その『薄明』に照らされた小柄な影に目を向ける。

 長い黒髪に赤い瞳、幼いながらも妖艶な雰囲気を携えたフィルミナが佇んでいた。腕組をしているが偉そう、というよりも本当にやんごとなき空気を携えている。


「それがお主の固有能力——『操血術』の到達点じゃ」

「到達点……ってことは、フィルミナが蝙蝠とかを精製するあれ?」

「そうそう。それじゃ」


 腕組をしつつ、人差し指をピンと立てるフィルミナ。

 照らされている表情にも薄い笑みが浮かぶ。この幼い容姿のくせに、それが小生意気ではなく神妙になっているのはさすがだ。


「様々な応用を利かせ、基本の物質精製の錬磨を忘れず、修練を積み続け極めた故の……お主だけの『操血術』じゃ」

 その言葉に視線を光に移す。

 相も変わらず蒼の燐光と白の発光、夜明け前の空と地平線のような色合いが溢れていた。


「これが……俺の固有能力……」

「それに到達したことを、儂らは『極位』と呼んでおる」

「……きょくい?」

「世の理を超え、術を極めた者のことじゃ」


 うーん? 何となくならわかるけど……

 疑問を浮かべつつも、掌にあった光を軽く投げた。

 それは狙いと寸分変わらず、風で流れていた落ち葉に当る。一瞬の閃光と共に、木の葉は燃え滓すら許さずに消滅した。


「そうじゃな、お主だけの事象とでもいえばわかりやすいかのう?」

 どうやら上手く呑み込めていないのが顔に出ていたらしい。それを読み取ったフィルミナが、講義を続けてくれるようだ。


「物質精製も身体強化も、多少屁理屈とは言え血液に準じた事象であったろう?」

 確かに。

 血液を集めて望んだ物質を作る。血液の成分を理解して自らを強化する。相当めちゃくちゃではあるが、通らないことはない……かもしれない。



「しかし……お主の光や儂の生命はどれだけ血液を束ねようと、魔力を注ごうと、誰もが言うであろう。『不可能じゃ』と」


「同じように、いくら光を集めようと物質化や身体の強化も出来ぬはずじゃ。だがそれら不可能を可能にし、己だけの事象とする」


「自分だけの奇跡に到達できた証を『極位』というのじゃ」



 なるほどね、現実とは一線を画す力って考えればいいかな。

 フィルミナの講義をかみ砕きつつ、再び集中して光を精製する。先程と同じように、フィルミナを含めた森が淡く照らし出された。


 さて、今度は……「それはそうとセス、驚いたのう」


 唐突なフィルミナからの語り賭けに、思考と集中を中断する。だが光の収束は解かない。掌の上で、小さな光球のまま維持しておく。

 そのまま彼女に視線を向けると、真紅の瞳とかち合った。



「まさか、アラン殿が50歳間近であったとはのう……」

「うん……え、いや、そっち?」

 思わず素が出た。ていうかフィルミナがそれ言う?


「いやいや、ゴーレムとは知っておったがのう。お主の恩人、テオドール神殿長と同年代ではないか?」

「ああ、うん。というかアランさんの方が年上……ってそうじゃなくて!」

「何、儂とて少しくらいとぼけたくなる時があるのじゃ」


 その言葉でハッとした。

 フィルミナの妖しさと幼さが自然と入り混じった相貌に、ニヤニヤと愉悦の笑みが張り付いている。


 答えは一つ、おちょくられたな俺。



「まあ、お主からすれば2000年前の戦乱やら、統治者やら、魔王やら……頭が破裂しそうであったであろう」

 ふっと彼女の肩から力が抜けた。


「……そうだね。他にもレベッカとジャンナのこともあったから」

「向こうも向こうで、儂らのことを含めてもっと重い情報量になっているであろう」

「……」


 そう、こちらも全て本当のことを話した。

 俺がフィルミナと出会って、魔物に殺されかけて、鬼になって……村を出て行ってからの出来事を隠さずに。

 逆に、アランさんのことも聞かせてもらった。



「……アラン殿は、元々ここ公国の生まれじゃったのう」

「うん。32の時に調査隊リーダーとして、大森林に踏み込んだんだってね。そしてドリュアデスに……」

「隊を全滅させられ、一人生き残ったアラン殿をイザベラが救ったのじゃな」

 フィルミナが腕組をやめ、手近にある木の根に腰掛けた。自然な動作だが、所作一つ一つが洗練されている。


「……そしてレベッカとジャンナを託された」

 これは奇跡の重なり、何だろうか?



 魔王打倒という悲願のために封印から目覚めたフィルミナ。

 同じようにそれを目指して生まれたレベッカとジャンナ。

 二人を託されて育て上げたアランさん。

 それらを紡いだ……イザベラさん。



 すべては2000年前……そこから始まったことが、今の時代に収束しつつある。そして、魔王も動き出している。

 あの時の、ドリュアデスの最後の言葉……


『私は公国で、同じように始まったのは東の海洋国家。次は……王国よ。私達の計画……世界を力で支配するための侵攻作戦』



「フィルミナ」

「む、何じゃ?」


「……王国に戻ろう」

 また公国のようなことが起こるなら、次が王国だというのなら——放っておけない。



 精製していた光を、今度は何の動作もなしに飛ばした。

 それは狙いを完全に外し、ふらふらと頼りない軌道を描いて宙に霧散してしまう。目標にしていた落ち葉は、変わらず風の流れるままに森に消えていった。


「それは良いが、道中はまた訓練せねばな。お主の固有能力『薄明』に、少しでも慣れておくぞ?」

「……自分が思った通りに、何もせずに飛ばすって難しいんだな」

 再び闇に支配された中、軽い溜息と同時に肩を落とす。夜目が効く鬼である以上、フィルミナにそれは見えているだろうが……まあ、いいだろう。


「ではセスよ、小屋に戻るとしようかのう」

「小屋って……ちゃんと家って言ってあげなよ」

 こちらに歩み寄ってきたフィルミナの手を取り、明かりが漏れている小屋……いや、イザベラさんの家へと足を進める。


 今度の旅立ちの一歩は、これまでとは違うという確信があった。

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