昔話——種族と統治者——

 高度な知性や感情を持つ……今では人、龍、魔物の三種がその代表として挙げられる。だが2000年以上前はもっと多くの、七種だったという。


 人、魔獣、龍、不死者、植物、水棲……そして鬼の七つの種族。


 2000年も前なら、そうなってもおかしくないかもしれないが……やっぱりおかしい。なぜなら、不死者も植物も水棲も当たり前に存在している。

 だが、その種別で高度な知性や感情を持つとなると……それは意味が違ってくる。今だとそれは、魔物と称される種族となってしまうのだ。


 いや、その前に不死者は?

 今でも見るスケルトンやゾンビとは違いがあるのか?


 何より、魔獣——それは、魔物とは違うのか?



「……あれ? でもそれっておかしくないっすか? 今も植物や水棲の魔物は居て、ゾンビとかスケルトンだって……あれ? 魔獣って、魔物とは違うんすか?」


 そう、そこだ。


 ジャンナが自分が思った疑問をそのまま口に出したかのように、素直に言葉としてくれた。今で水棲や植物、まして不死者で高度な知性やらを持つと魔物と大別されることがほとんどだ。

 そして多くの獣……取り分け、知恵を持つ獣は魔物なのだ。



 これは……どういうことだろう



「流すとこは流して順番に話していくで。かつて世界はな、戦乱に包まれとったんや。ま、この部分はウチも聞いた話やからな」

「あ、あ……ちょっと待って欲しいっす。種族は……」

「そこも説明するから、今はうちに話させてや」




「……七つの種族、それらはお互いにいがみ合い、争っておった」

 全員の視線がイザベラさんから、フィルミナへと集中する。




「いや、同じ種族内でも骨肉の争いを繰り返しておった」

「……フィルミナ?」

「しかしある時から、それぞれの種族に特別な者が生まれるようになったのじゃ」

 こちらの呼びかけには視線のみで返し、尚もフィルミナは話を続けていく。自らにしゃべらせて欲しいと言ったイザベラさんも口を挟まず、視線だけを向けて聞いているようだ。



「それぞれの神の末裔、原初の血筋を引いたとされる者……英雄公えいゆうこう魔獣王まじゅうおう龍帝りゅうてい不死御前ふしごぜんひめうみあるじ鬼姫おにひめが各種族をまとめたのじゃ」

「せやな、ウチもそう聞いとる」

「中でも英雄公えいゆうこう魔獣王まじゅうおう龍帝りゅうてい不死御前ふしごぜん鬼姫おにひめは地上の代表として『統治者』の名を冠することになったのう」

 つらつらと、当然と言わんばかりにフィルミナが話を続けていく。淀みなく、書面にあった内容をそのまま読み上げるかのように。


「……フィルミナ、記憶が戻ったの?」

「これはもともと覚えておった部分じゃ。ぽっかり抜け落ちていたのは、『封印に関すること』と言ったであろう?」

 それは、確かにそうだけど……色々と言いたいことはあるけど、口を挟めるような雰囲気じゃない。

 そもそも、フィルミナから話すまで聞かないようにしたのは自分だ。いまさらそのことで、文句を言うのは……不満を持つのは間違っている。



「その、植物と水棲……ひめうみあるじは『統治者』じゃなかったっすか?」

ひめ、というより植物種は流されるまま……行雲流水だったため。うみあるじは海だけで手一杯だったため『統治者』とはならんかった」

「では、その……人、魔獣、龍、不死者、鬼がそれぞれの『統治者』として地上をまとめたのですか?」

 レベッカの問いに、フィルミナが頷きで答える。



「ある時なぁ、初代の英雄公が言ったらしいで。『互いに尊重しあって生きていかないか?』って」

「それに賛同したのは龍帝、不死御前、鬼姫であった」

「……ってことは、しろがねとフィルミナも賛成したってこと?」

「そうじゃ。統治者でも最古参である龍帝しろがね、逆に一番若輩の儂……そして儂の面倒をみてくれた不死御前こと依希えま回夜ちくのの三人じゃ」

 しろがねとフィルミナに……エマ・チクノ、さん。

 遥かな——2000年以上も昔、神話ともいえるような時代にあった出来事。その人物の一人、鬼姫フィルミナが目の前にいる。

 そしてもう一人……龍帝しろがねとも知り合い、というか手合わせをした仲だ。



 ……仮に何も知らない人に話したとしても、妄言としか思われないだろうなぁ。



「逆に魔獣王シャイターンは断固反対し続けておった。『下らん。強ければ上、弱ければ下というだけだ』とな」

「それを初代の英雄公が条件付きで納得させたんやったか?」

「そうじゃ。既に次代に力を譲っておった初代英雄公は『次の英雄公が統治者の間だけ、試してみて欲しい』とな」


「その『統治者』って地位はとにかく、それぞれの神の末裔っていう力は、そうやって引き継いでいくものなのか?」

「英雄公はそうやで。元三代目のウチもや」

「人は鬼や龍、不死者に比べると寿命が短いからのう。魔獣は……ピンキリじゃな。シャイターンのヤツめは前者と遜色がない程度じゃった」

 自分の問いにイザベラさんが答え、フィルミナが補足を重ねた。


 成程、つまり初代英雄公は次世代への交代……いや、人間の寿命を逆手に取って交渉したのか。

 そうでなくとも、五人中四人が賛成済み。いかに魔獣王というのが強くても、下手に却下すると他が結託して除かれてしまう。



「見事、それは実を結びおった。二代目英雄公は、それぞれの種族との……いや、時には多種族同士の橋渡しもこなしたのじゃ」

「せやな。ウチもそのおかげで、平和に健やかに過ごさせてもらったわ」



 すっと、フィルミナが一呼吸置く。



「長い長い戦乱の末、ようやく平和な時間が訪れたのじゃ」

「その時間が——ずっと続いてくれればよかったんやけどな」


「フィルミナ、イザベラさん、それって……」

「うむ。時代は流れ、イザベラが英雄公の三代目に就いて程なくして——『魔獣王の反乱』が始まったのじゃ」

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