人と魔物と龍の世界

『……鬼姫』

 統治者としての儂の名、それに反応して振り向くと見慣れた偉丈夫がおった。


『魔獣王殿か。儂に何か用かのう?』

 黄金の体毛に覆われた巨躯を廊下の壁に預け、金の瞳でこちらをとらえておる。獰猛な容貌と相まり、視線だけで他者を射抜けそうじゃな。


『……いや何、これでも我は龍帝と並ぶ最古の統治者である。後輩の心配をしているのだよ』

『心遣いだけで結構じゃ。儂のところは上手くやっておる。龍帝も不死御前も、三代目の英雄公とも仲良くしておるぞ』

 そのまま魔獣王殿の横を通り過ぎ、統治者が集まる場へと足を進める。



 時間に余裕があるとはいえ、若輩者である儂が遅刻するわけにはいかん。というより、最初に辿り着いておきたかったのだがのう……つい最近英雄公に就任したイザベラ——儂にとって、唯一の後輩ともいえる——にも良いところを見せたいのじゃ。

 しかし魔獣王殿が先に着いていたことに、八つ当たりに近い感情が湧いてきてしまう。



『それは結構なことだ。我のところとも、もっと交流を深めて欲しいのだがな?』

 わざわざ儂の後について……いや、行く場所は同じじゃ。不自然ではないのう。


『儂の領土と魔獣王殿の領土は離れておる。現状、これ以上は難しいのう』

『ならば領地を広げるなりしてはどうだ? 現状、鬼の勢力は一番伸びている。我のところと交流を深めれば、さらにその勢いは増す』

『どんな力があっても、求めすぎれば滅びるものじゃ。儂の領土は今のままで十分じゃ』

 足を止めぬまま、会話を続けていく。儂と魔獣王殿の会話を、廊下に響く足音が彩る。



『何とも勿体ないことだ。強いものが多くを手にする。それは自然の摂理だ』

『儂らがこうして思考し、感情を持ち合わせたのは……互いに支えあうためじゃ。そこに弱いも強いもない。儂は、そう考えておる』

『……鬼姫よ、それは摂理に逆らうということだ』

 会話を彩る足音を止め、クルリと反転して後ろを向く。

 金色の体毛に金目、二足歩行の獅子——魔獣王シャイターン殿——と向き合う形となった。




『……その摂理通りなら、儂は当の昔に死んでおった』

 魔獣王殿が、押し黙る。




『すまんのう。儂は、儂が正しいと思う通りにやらせてもらう』

『……鬼姫、フィルミナよ。我に、我と……!』


『儂のことより、魔獣王殿はご自身の領土のことに気を配るべきでは? 先日、空から大きな火が降り注いだそうではないか。その被害……無視できるものではあるまい?』

 一息に捲し立て、たっぷりと一拍置いてから再び反転。統治者が集まる場所に足を進める。

 今度は……振り返らん。立ち止まらん。



『あれは……良いのだ』

 その、つもりじゃった。



『……良い? 訳が分からん。焦土になった領地、犠牲になった者たち、それらを踏み躙るというのか?』

『違う。あれは……いや、今は構わんだろう。いずれ分かる』



『……まあ良い。此度の統治者の招集もそのことが挙がるであろう。好きに語るがよい』

 目的の場所——五人の統治者が集まる場——に足を進め続ける。

 もうこれで話すことはない。故に会話は終わりじゃ。






 結果として、このあとの集会が最後となった。

 集まった場でもシャイターンは変わらん。空からの火——隕石の被害も、ただ『何も問題ない』との一点張りであった。


 もし儂が……あの時にシャイターンともっと話しておったなら、統治者が集まった場で問い質せていたなら……もう少し、違った未来があったのかもしれん。











「その後に、魔獣王シャイターンが反乱を起こしたの?」

「うむ。それも用意周到でな……まずは海の主を、次に樹の姫を討ち取ってから儂らに挑んできたのじゃ」

「儂ら、ということは人、龍、不死者、鬼が一丸となったのですよね?」

「そうじゃ」


 人、魔獣、龍、不死者、鬼の地上にいる五種族を巻き込んだ『魔獣王の反乱』。

 そしてただ在るがままに生きる植物、海に君臨する水棲……この二種類が魔獣に討たれたこと、それが開戦の合図と言えたのかもしれない。



「けど、それなら魔獣に勝ち目はなかったんじゃないか? だって、四種族の連合と魔獣の戦いでしょ? いくら樹ノ姫と海の主を討たれたからって……」

「せや、そもそもの融和だって魔獣王以外の統治者が賛成したってのもあるしなぁ。初代英雄王の提案はあくまで、魔獣王に対しての配慮だったらしいで」

 自分の疑問にはイザベラさんが答えてくれた。

 たしかイザベラさんはその融和の時には、まだ彼女は英雄公じゃなかったはずだけど……そう伝わっているくらいだ。

 事実、一種族が勝手にできるバランスではなかったんだろう。




「しかし、魔獣王は儂らが知らん力を振るってきおった」

「知らない、力っすか?」

「『写し取る力』……あれさえなければ、好きにさせへんかったんや」




 フィルミナが一息入れ、

「そう、取り込んだ他種族を己の糧とする力じゃ」

 彼女を初め、統治者のだれもが知らなかった力の正体を語る。



 それで、繋がった。



「じゃあ、樹ノ姫と海の主は……!」

「セスよ、お主が思った通りじゃ。樹ノ姫と海の主……いや、その種の多くの力は魔獣王に奪われてしまったのじゃ」

「元々シャイターンの力は『深淵』ていうてな、あらゆる物質を飲み込んで消し飛ばすだけだったはずなんや」

 イザベラさん、『だけ』って言うには強力すぎますよ。と心の中でだけツッコミを入れておく。

 ここで話の腰を折っても仕方ないし、そこまで無神経なつもりもない。



「その『深淵』によって飲み込んだ生物の力を使役する。本人が行使することは無論、己の眷属や従者に与えることも出来るようになっておった」

「完全にウチらの範疇を超えた能力やな。植物と水棲の力を存分に使ってきおったわ。それからやで、魔獣王が魔王って名乗りを改めたんわ」

「そして儂らも、魔獣を魔物と呼ぶようになったのじゃ」



 そうか、だから今だと植物と水棲の生物は……『魔物』になったのか!

 するとドリュアデスも、魔獣王から植物の力を得たってことだな。




「今ある世界……争っていた七種族の融和から、魔獣王の反乱により再び混沌に、そして2000年後に平穏を手にした世界。主に残った三種族の世界じゃな」


 フィルミナの、独白のような語りを聞く。

 自分はもちろん、揺り椅子で療養しながらのレベッカも、それに付き添うようにしているジャンナも、壁に寄り掛かったまま一言も口を挟めないアランさんも……ともに語り手になっていたイザベラさんも聞き入っていた。




「言うなれば——人と魔物と龍の世界、じゃな」

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