第七章
過去の一幕——赤ん坊との17年間——
赤ん坊ことレベッカとジャンナを預かってからは……激動だった。
王国に行くまでの道中、着いてからの生活、今日までのすべてが初めての苦労と驚きの連続。まさに大嵐としか言えない目まぐるしさだったぜ。
一言でいうと、俺は世の父親母親を尊敬する。
俺はゴーレムで無理の効く身体だからいいけどよ、本当ならこの『子育て』ってのを生身でやるんだろ?
日々の食事にトイレの世話、夜泣き、果てはあやし方に𠮟り方に……仕事のために預ける場所にと、常に忙しくて目を回していた。
ある程度育ってきたら、それはそれで学業に情操教育に、さらに二人とも女の子だ。とてもじゃねぇけど、俺に細かい感情の機微や悩みなんて理解できなかった。
『赤ん坊、ですか……二人も? 大変でしょう。ギルドに相談して……あ、私もよかったらお手伝いしますよ』
『……はぁ⁉ 赤ん坊? あんたが育てているってのかい? しかも女の子ぉ? 全く……今度連れて来な』
……思い返しても、ブレンダとデビーには頭が上がらねぇな。
二人ともこちらの境遇——親友の遺児を引き取ったという設定——を聞くや否や、すぐに力を貸してくれた。
ブレンダは元から面倒見がよかったみたいだし、子供も好きみたいだから不思議じゃねぇな。ギルドに掛け合って託児所を紹介してくれた上、あいつ自身も育児を手伝ってくれた。
意外だったのはデビーだな。
絵にかいたような女傑の医者、こちらのことを聞いた時もぶっきらぼうで仕方なさそうだったくせに……いざ二人の相手をしていた時は、顔がゆるゆるになってやがった。
……時間の流れは、早かった。
「じゃあ、行って参ります。師匠」
「ボチボチやっていくっすよ」
俺が年を誤魔化して、老け顔をネタにする必要もなくなった頃……預かった赤ん坊——レベッカとジャンナ——が17歳になったときに気が付いた。
この、17年間……俺は何を、どうしていた?
決まっている。
この二人のおしめを変えたり、飯の世話をしたり、食わせるために身分を偽って冒険者をまた始めて……その間にまた冒険者として頼られるようになって、ブレンダやデビーなんていう仲間にも恵まれた。
何か別のことや、昔のことを思い出す余裕なんてなかった。
そう、なかったんだ。
大森林で仲間を全員失って、帰る場所もなくして、生きる理由自体がなかったはずなのに……振り返って後悔することもなく、生き抜いてきたんだ。
毎日が必死で、全力で、笑って泣いて悩んで——
「……ちょ、師匠! 泣いているっすか!」
「大丈夫です。正式に冒険者になって1年間、さらに鍛えられましたから!」
「そうっすよ、武者修行もこなして見せるっす」
そうじゃねえ、そうじゃねえんだ。
お前らが立派に育ってくれたのは嬉しいぞ?
ろくに自分で何もできない、泣いて知らせることしかできなかった赤ん坊の時。
神殿に通うようになって、出来ることは多くなったけど目を離せない子供の時。
冒険者に仮登録して、俺やブレンダ、デビーから多くを学ぶようになった時。
そして今日、冒険者になって1年。
遂に一旦俺達の元を離れて、自立のために武者修行に出ていく。
こうして離れるときになって、ようやく気が付いた。
俺がこの赤ん坊を守って育ててきたんじゃねぇ。この二人が俺を——何もなかった俺に、与えてくれていたんだ。
仲間も、帰る故郷も失った。またやり直す気概を持てるかすら怪しかった俺に。
絶望しかなかった過去を思い出す暇がないほど、俺を一杯に満たしてくれていたんだ。
「バッカやろ、お前らなんだかんだ言っても17歳の小娘だろが! 心配で涙が出るに決まってんだろ!」
「いいか? 危ねぇと思う前に逃げる準備は整えておけよ! お前らに何かあったら……ブレンダとデビーに俺が殺されるのもあるんだからな?」
「——行って帰ってこい。レベッカ、ジャンナ」
あの日、大森林で何もかも奪われて踏みにじられた。
引き換えに……生き延びるために人を捨ててゴーレムになって、赤ん坊を二人引き取るという契約を交わす。
いつの間にか、数えきれないほどの大切なものが出来ていた。
人として32年、ゴーレムこと『アラン・ウォルシュ』になって17年。もはや年すら取らなくなった、魔性の力に頼って人外になっていても悔やむ気持ちはない。
俺は、満足だ。
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