結果のすり合わせと報酬
「ドリュアデスの討伐後、今日まで大森林の隠れ家で休んでいたのじゃ……と、大森林であったのはこんなところじゃな」
「ふむ、成程な」
「改めて、感謝いたします。フィルミナ殿」
椅子に座って語り終えたのはフィーちゃん、それぞれ対面に並ぶスジャク公とエイドさんと比べて明らかに小柄っすね。
それでも全く劣って見えないのは、フィーちゃんの不思議な雰囲気のせいか……またはこうして二人をしっかりと煙に巻いたせいか……
今あたしらがいるのは、作戦会議室——質実剛健といった内装の、大森林出撃前に案内された部屋——っすね。
公国に戻った時は豪華絢爛な謁見の間に通されるかと思ったんすけど、そんな余裕はないみたいっす。何せ、かのスジャク公が直接現場に出てたんすから。
あたしら、てかセスっちがドリュアデスを討伐して三日後。
ようやく、こうして公国に戻ってきて報告をしているんすけど……フィーちゃんの頭がいいのは知ってたっす。だけどその思考をアウトプットする力も、とんでもないっすね。
大森林の踏破、からのドリュアデス討伐を報告したんすけど……見事に説明しにくいところとかをぼかしたっすね。
例えば、大森林で出会った英雄公の元三代目『イザベラ・レヴァテイン』さんのこと、フィーちゃんやセスっちが鬼ということ、そのおかげでドリュアデスを倒せたこと……
とにかく、常識外のことを上手く誤魔化して理由付けしちゃったっす。
「……改めて礼を言おう。小さき賢人、そして王国から参られた勇士たちよ」
「スジャク公……」
「そなたにもだ、エイド・ハーヴィンよ。此度の戦、貴公と貴公が率いた部隊は本当によく戦ってくれた」
うーん、これは何というか……ちょっと罪悪感っすね。
何せあたしは泣いて喚いただけだったす。
ドリュアデスの討伐は、セスっちがいなかったらどうにもならなかったっすからね。てか、あたしはわがままに泣いて飛び出しただけで……何にも出来なかったっす。
それなのに、公国を統べる一角にこうして頭を下げられると……いたたまれないっすねぇ。
「いえ、我らはそのために来たのですから。それにしても、運が良かったです。まさか司令官を討ち取ったら、分身も全て朽ちる仕組みだったとは……」
エイドさんが言っているのは、公国での戦争中に突然ドリュアデスの種子が朽ちていったことっすね。ここに来て話した結果、それはドリュアデス本体が討たれた時とほぼ同時だったようっす。
種子が一斉に死んで、それによって他の魔物も瓦解したことによって逆転した。それが公国側での戦争の結末だそうっす。
「運が良いもない。あれは必然じゃ」
「えっ? それはどういう……」
「……ふむ。詳しく聞かせてはくれんか?」
あたしも詳しく聞きたいっすね。
ドリュアデスが滅んだと同時に分身も朽ち果てた。それに関しては、何とか納得できなくもないっすけど……確証は全然なかったっす。
あたしは最悪、指揮系統の混乱や一部の戦意喪失でも儲けものってくらいだったすから。それなのに、フィーちゃんは確信を持っていた?
「簡単じゃ。あの完成度……自立した意思を持ち、独自で行動が可能な分身を生み出していく。おまけに一部はそれぞれ特徴的な戦闘方法を持たせられる」
フィーちゃんが腕組をしつつ、解説していくっすけど……何というか、それって……
「……それは、反則ではないか?」
「反則でしょう、それは」
スジャク公もエイドさんも同じ意見のようっすね。当然、あたしも右に同じっす。そんなの、単騎で戦術も戦略も引っ繰り返せる反則技っすよ。
「その通りじゃ。単純な行動をただ実行する木偶や、見た目だけを似せた案山子ならとにかく、そんなものを複数生み出す能力は反則でしかない」
「……ふむ。つまり、ドリュアデスとやらの種子はそうではなかった、ということか」
「何か弱点……それが、今回のことだと?」
流石、スジャク公とエイドさんっすね。
二人とも明言こそしてないっすけど、もう答えにたどり着いたって感じっす。あとは、フィーちゃんから確信を得る——答え合わせ——だけってのがわかるっすね。
フィーちゃんもそれを分かってか、満足そうに薄く笑みを浮かべる。
「その通りじゃ。この手の能力は生み出した者……ドリュアデスが死滅すれば種子も死に絶える。ここまで強力な能力じゃ、それだけの『リスク』というものがあって然りじゃ」
まあ、確かに。
本体が死んだ後でも、一度生み出しておけばあれだけの駒が活躍し続けるなんて都合が良すぎるっすけど……それはあくまで予想で確信じゃないっすよね?
それなのに、あの作戦に乗ったんすか?
いや、フィーちゃんにとっては確信だった?
確信だとしたら……それは何から?
フィーちゃん自身の知識や、経験?
「『どんな大蛇も頭をたたけば死ぬ』。出来ることとその代償、それらを考える……リスクヘッジというのであろう? 儂はそれに読み勝ったに過ぎん。何も特別なことはない」
不敵極まりない笑み、豪勇が霞む態度、何よりも……聞く者の心に入り込んで、奥底から揺さぶるような言の葉。
「さて、他に何か聞きたいことはあるかのう? なければ……ちょっと、工面してもらいたいものがあるのじゃ」
このフィーちゃんの提案は十中八九、通るっすね。
ドリュアデス討伐っていう結果を出したのはもちろん……そこに『勝利を確信して引き受けた』っていう付加価値までついちゃったっすから。
命じられたまま我武者羅に、ならとにかく……フィーちゃんは『これで勝てる』と作戦上の利益を考えて行ったということで、自らの価値を引き上げたっすね。
ぶっちゃけると本当に予想してたか、話を聞いてからか、そっちは今回の大きな問題じゃないっすね。
重要なのは『ドリュアデスを討伐した』、『それによって公国が救われた』の二つっす。
だけど行動前に、それらを確信していたか出来ていなかったかの一点で一気に優位に立つことに成功したっすね。
そしてこうなると、相手方としては……
「多少のことなら融通をきかせよう。可憐な才媛よ」
こうなるっすよね。
分かっていても、大きな結果は多少の付加価値をせざるを得ないっす。あとはそれをどれだけ大きく、こちらにとって有利に引き出せるかっすけど……
「ふむ。助かるぞ。今は森で休んでいる……セスとレベッカも喜ぶじゃろう」
今回の立役者であるセスっちとレベっち、二人がいないからこそ相手は強硬な態度をとれないっすね。
もし変な行動をして、この場のフィーちゃんだけじゃなくて、セスっちやレベっちの機嫌を損ねる……いや、下手をするとおかしな伝わり方をする恐れがあるっすから。
それを避けるためにも、待遇はケチれない。
今回の状況、行動からの結果、そしてフィーちゃんの語りと姿勢、報告。
それらを最大限に生かしたものっすね。
そして本懐は、誤魔化したい部分から目をそらすため。
「うむ、森の隠者のところで休んでいる若者二人にも……そして休ませてくれているその者にもよろしく頼むぞ」
「大森林の奥地で、人知れず暮らすお方ですか。まさか、そんなお方がいるとは……」
「ふむ。セスとレベッカ、そして儂らが森で出会った者にも伝えるとしよう」
例えば、森の隠者が英雄公の元三代目ということ、セスっちが鬼でそうじゃなかったらどうにもならなかったこと、目の前にいるフィーちゃんも鬼で首を折られてもこうして治ったこと……
何より、未だに正体不明なあたしら——レベっちとあたし——のこと。
どうして大森林を案内できたか、大森林と森の隠者と関係があるのではないか、そういった部分は丸ごとどっか行っちゃっているっす。
さて、これで公国と王国派遣部隊へのほうも解決っすね。
あとはこれからどうするかっすけど……あたしは、本当にどうするっすかね。
するとすればこの状況——セスっちがいなくてフィーちゃんがいる今——が最適なんすけど……ちょっと、聞くには勇気がいるっす。
……ああ、これで師匠も居残り組だったらな。
すごく失礼でひどい話っすけど、そう思わずにはいられないっす。
そんな考えを巡らせつつ、ほぼ置物となっていた我が師匠ことアラン・ウォルシュさんへと視線を向ける。
……相変わらず口をはさむ隙もなく、出番の来ない護衛という役目を持て余しているっすね。
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