大森林攻防編——待ち受けるは絶望——

「ッ——レベッカ!」

 叫ぶ、手を伸ばす、唯一無二である仲間の一人へと。だが届かない。

 全てを嘲笑うかのように、各処を串刺しにされた赤毛の処刑人は宙へと逃げていく。貫かれたままの格好で、自分が……俺が、気付けなかった過ちを知らしめるかのように。


 彼女の手から零れた、処刑剣だけが地に落ちた。



 大地の鳴動、幾度目かのそれで……めくれ上がった。

 褐色の土が、それに乗った草が、根を張っていた大木が、覆されて現れたのは蕾。


 巨大——そんな言葉が、矮小に思えるほどの大きな蕾が現れた。

 そして、それが、開く。






「……こうして、直接会うのは初めてね? 初めまして、魔王軍四将種『妖花ドリュアデス』よ」

 鮮やかに開いた紅の花弁、その中心にいたのは貴婦人だった。

 蔦の髪に深緑の肌、上半身だけだが美しい女性を模っている。今まで何度も対峙していた、今し方も対決していた緑の貴婦人がいた。

 ただし下肢は球根のようなものではなく、赤い花が咲いている。紅蓮の花弁に緑の茎……それが大地から見事に生えていた。






 ——やられた。最初から自分達が戦っていたのは種子だったのだ。

 こちらを動かして迎え撃つ。しかも直接相手をしないで種子にやらせ、万が一に備えて本体は控えていた。

 そして種子がやられた今、本体——『妖花ドリュアデス』が出てきた。


 クソ……! 本当に、最初から掌の上だったのか!


「嫌ねえ、そんなに厳しい顔しないでくれる? ほら、こうして……ちゃんと殺してないんだから?」

 そういってドリュアデスが、蔦で串刺しにされたままのレベッカを近くに寄せた。貫かれた箇所からは、鮮血が滴っている。すでに彼女は四肢も蔦で封じられており、表情も当然苦痛と屈辱に歪んでいた。


「この娘……やっぱり。こうしてみると分かるわ。私と近しい『力』を感じる」

「……う、ぐぅぅ……」

 レベッカの頬——歪んだ表情——を全く意に介した様子もなく、深緑の指が撫ぜた。そのままに妖花がこちらに視線を戻すと、クスリと笑った。






「この娘は、あとで私の養分にしてあげる。あなたたちは、どうしようかしらね?」






「——っ!」

 焼けつくような衝動のまま跳び出しそうになるが……抑える。


 やめろ、そんなことしていい状況じゃない!

 頭を回せ、考えろ! 

 諦めずに思考を止め——






 ボキッ

 不意に何かを折るような、不吉な音が響いた。






「駄目よ? フィルミナ様、あなたには何もさせてあげない」

 音のした方向、ドリュアデスが言葉をかけた先に、フィルミナがいた。不自然すぎるほどに、首が垂れ下がった状態で……かくん、かくん、と。

 艶やかな長い黒髪が相貌を守る様に垂れ下がり、表情は見えない。



 フィル、ミナ?



「てめぇええええええええええええええ! ドリュアデス!」

「あら?」

 蔦の檻に捕らわれた巨漢、アランさんが憤怒の表情を浮かべている。必死にドリュアデスに掴み掛ろうとするが……やはり、手を伸ばすことしか出来ないようだ。


「許さねぇ! 絶対に許さねぇぞ! 18年前だけじゃなく……ブレンダにレベッカに、フィルミナに、ふざけんなぁ!」

「嫌ねえ、鬼なんだから死んでないわよ。そんなに怒らないでくれるかしら?」

 烈火のような激昂を浮かべるアランさんと、対照的に流水のようにそれを受け流して見下すようなドリュアデス。




「……そうよねぇ? セスくん。鬼ならこの程度は平気よねぇ?」




「ぁっ……」

 俺が、弱かったから——やめろ!


 レベッカも、フィルミナも——やめろ、そんなことを考えている場合じゃない!


 何が『独りぼっちにしない』だ。『大切な仲間』だ。だから『絶対に守りたい』だ。口ばかりで——

 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!


 今するべきことは、しなきゃいけないことはそんなことじゃない!

 俺は、俺が出来ることをしろ!






「……ジャンナ?」

 自分の後ろにいるであろう、眼鏡に灰銀の瞳と髪を持つ仲間に話しかける。振り向かない、肩越しにも見ずに……


 動かされた上での電撃作戦、そこにカウンターを貰った。どうしようもなく、必死に耐え続けるしかなかったはずだった。



「ぅ、あ……せ、セスっち?」

 まだ一月か二月程度だけど、共に戦い続けた彼女の声が届いた。


 それでもレベッカのお陰で、彼女が起死回生の一手を打ってくれた。だがそれすらも、ドリュアデスの備えが上回った。






「逃げて」

 振り返らず——いや、振り返れないままにジャンナに伝えた。


 もう、どうにもならない。

 フィルミナにアランさん、更に逆転の要を作ってくれたレベッカも捕らえられてしまった。もうこれはどうにもならないだろう。

 残った二人……俺とジャンナだけでは、まともに戦っても勝ち目はない。






「……セス、っち?」

 名前を呼ばれるが、それでも振り向けない。

 だって、もう表情を作れない。

 安心させるための作り笑い一つ、浮かべられる自信がなかった。



「ジャンナなら『紫煙魔術』があるし、逃げられるかもしれない。公国の人達に、ドリュアデスのことを伝えて欲しい」


「『種子』のこと、そしてドリュアデスのことを……少しでも多く伝えてくれ。じゃないと、この手段でもっと犠牲者が増えるから」


「俺が、ドリュアデスを引き付ける。そして隙を見て、みんなを助けてから行く」






 もちろん、最後の部分はちょっと嘘だ。

 その選択をして自分が助かるとは思っていないし、みんなを助けられるかというと自信はなかった。

 だが、諦めるつもりだけはさらさらない。


「そ、そんな……「他に何か方法がある?」

 多少強めに、ジャンナの言葉を遮る。

 背中越しに、彼女が押し黙る雰囲気を感じた。


「……頼む、からさ。逃げて。ジャンナなら逃げられるって信じるから」

「け、けど……」




「お話は、終わりかしら?」

 時間切れを告げる、妖花。




「……ああ、待っていてくれてありがとう」

 ジャンナとの会話を一方的に打ち切って、ずっと見据えていたドリュアデスとの会話に移る。

 手にした二刀の太刀、操血術で精製したそれを確かめるかのように軽く振るう。



「いいのよ。主力の『種子』を軒並み駄目にしてくれたあなた達だもの。精一杯に悪足掻きしてもらった上で、全部の希望を摘み取ってあげる」

「……趣味が悪いな」

 軽口で返す。

 もう、始まる。



「……行け! ジャンナ!」

 自分でも驚くほどの声量が出た。

 それに押されるかのように、背後の気配が遠ざかっていく。




「さあ、足搔いて藻掻いて喚いて頂戴!」

「後悔するなよ!」

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