大森林攻防編——切り抜ける先に——
相も変わらず、進めない。
全てを切り払い、進み、間合いの中に捉えれば無数の刃を浴びせるはずの『虚空海嘯』。それでも進めない、届かない、ひたすらに迫りくる蔦を切り捨てることしか出来ない。
もっと……もっとこの技を使いこなせていたら……いっそ『水鏡』に切り替えて、防御重視で時間稼ぎに徹するか?
……いや、駄目だ。
すでにアランさんとフィルミナを獲られてしまっている。少しの隙でも切り込んで、二人を助けられようにしておかなくてはいけない。
何より、ドリュアデスが二人を人質にする素振りをみせたら即座に特攻しなくては手遅れになる。被弾も何も覚悟の上で、強引に突っ込まなければならない。
動く、としたらレベッカとジャンナが自分の合図通りに『撤退』してくれた時だろう。
どうなるにせよ状況自体が動くはず。そこで勝負を……十中八九、負けるとしても勝負するしかない。
腕でも脚でも犠牲にして、何が何でも特攻しなければならない。
ドリュアデス——いつの間にか上に、捕らえたフィルミナとアランさんの位置にいる貴婦人——を見据える。
こちらと視線が合うと、能面のような顔に余裕の笑みが浮かんだ。
……嘲笑か、好きにしろ。
俺は諦めない。絶対に、首だけになっても喰らい付いてやる——?
なんだ?
ドリュアデスの表情が、壊れた。
こちらを見ていない。向こう……俺の背後の方を見ている。そしてその顔は、一つの感情を表していた。
嘲笑でも余裕でも、勝利の確信でもない。
刹那、背後から隣に並ぶように影が躍り出てきた。
炎のように鮮やかな紅い髪、すれ違いざまに見えた空色の双眸、細身でしなやかな体躯にそれに似つかわしくない長大な処刑の刃。
……レベッカ!
影の正体——レベッカが、そびえる触手の群れを払うように虚空を片手で切った。すると、こちらを貫こうとしていた緑の蔦が次々に枯れていく。
なんだ、いったい何を……した?
鮮やかな深緑の蔦が、見る見るうちに枯れ木色に染まって朽ちていった。自分達を刺し穿ち、命を奪おうとしていた槍であり鞭であったそれが——瞬く間に、活力を失くしていく。
——緑の貴婦人が、色とりどりの花で飾っていた髪を失った。
「——セス様!」
レベッカ叫び——間違いなく吶喊だろうという確信——と同時、褐色に朽ちた蔦を全て切り払っていた。それは再生する素振りが全くない。
もう、ドリュアデスまでには、何もない。
するべきことは決まった!
踏み込む。鬼の全力を足に込めて大地を蹴り飛ばす!
迫る、焦燥を浮かべたままの貴婦人に。
二刀を構えなおす。
迫る、能面のような顔が焦燥から驚愕に変わる。
すでに間合いに入るまで刹那もない。
迫る、緑の貴婦人が咆哮を上げた。
手にした刃を、振るった。
呆気なく、驚くほどに簡単にそいつを切り捨てられた。
自分では決して届かないはずだった——蔦の触手を統べる緑の貴婦人が、二刀の元に討伐される。
断末魔の叫びすら残さず、二閃を受けたドリュアデスが堕ちていく。自分が着地した後から僅かに遅れて、裂かれた緑の肢体が音を立てて地に臥せった。
「……倒し、た?」
自然と口を突いて出たが、実感がほとんどなかった。
一瞬の間の逆転劇、敗色濃厚だった戦いが一気にひっくり返ったのだ。いや、それ以前に……本当に、倒せたのか?
その不安から、二刀の構えを解けないままだった。
だが——倒れ伏した緑の身体の色が変わって、いや……見る見る朽ちていった。深い緑から薄茶、焦げ茶色へと。
「これで大丈夫でしょう」
背後からの声に反応すると、掌を向けているレベッカがいた。
さっきの蔦の触手を一気に枯らせたのも、今やっているのも彼女のらしい。一体何をどうやっているのか? 何らかの切り札なのか、それとも土壇場で閃いたものなのか……全く分からなかったが、確かなことが一つある。
「ありがとう、レベッカ。助かったよ」
それは、自分達が彼女に救われたということだ。
「れ、レベっち。そんなこと、出来たんすか?」
レベッカよりもさらに背後、今まで姿が見えなかったジャンナが驚愕を隠せないままにいた。
どうやら相方である彼女も、今のレベッカの力に覚えはないらしい。
「……とにかく今はフィルミナと師匠を助けましょう?」
レベッカの呼びかけで、視線をフィルミナとアランさん——振りかえって上の方——に向ける。
蔦で宙吊りになったフィルミナ、全身に首に……さらに猿轡までされてしまっているようだ。彼女のことだから、ドリュアデスを散々に煽ってやったのかもしれない。
「ふむぅ! むぐっ!」と声にならない呻きを上げている。
「おお……マジか! やったじゃねぇか!」
何とも窮屈な鳥籠に収められたままのアランさんだが、その表情と声からは喜色に満ちていた。
「二人共、今下ろします」
「おお、俺は後でいいぞ! 早くフィルミナ嬢ちゃんを助けてやれ!」
確かに、フィルミナをあのままにしておくのは忍びない。未だに「モガモガ」と猿轡と格闘して身を揺らしている。
そしてフィルミナの真紅の瞳とかち合った。
「待ってて、今助けるから」
「むぐぅー! ふぅむぅー!」
さらに暴れる彼女。
恐らくだが……あんな状態で晒されるような形になっているのが、我慢ならないのかもしれない。なんだかんだで、しっかりとプライドというものを持っているのだ。
「ふぐぐぐ……むぐー!」
「分かっている。ちょっと待っ……」
そこまでを声に出して、気が付く。
フィルミナが、必死すぎる。
いくらプライドが傷つくと言っても、こんなに……蔦を噛み千切らんばかりになるだろうか? 縛られた全身を使ってまで、暴れるようなことするだろうか?
……待て、おかしいぞ。
縛られている。何に?
決まっている、蔦の触手にだ。
それはどこから出てきている?
地面……今しがた切り捨てたドリュアデスからではない。
じゃあ……その、今彼女を縛っている蔦は……どうやって?
——もしや!
思考がそこまで至った瞬間、背筋が凍り付く感覚が走る!
「——レベッカ!」
もし『そう』なら、真っ先にそうするはずだ。
逆転の一手を放った彼女に……!
「……あっ、セス……様、あ……あ、れ?」
振り返った先——地面から深緑の蔦が伸びていた。
それは正確に、赤い髪と青空の瞳を持った女性を貫いていた。
手を伸ばす暇すらなく、右肩に腹に両腿を串刺しにされた——レベッカが写った。
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