大森林攻防編——優しい、あなた様へ——

 セス様……あなた様との出会いは、脳裏に焼き付いております。



 宿場町を襲った魔物達、その中のシールドドラゴンが迫る中で颯爽と現れて下さりました。そして刹那の間にそれを屠った姿は、忘れようにも忘れられません。


 新雪よりも白い髪、細身で均整の取れた体躯……そして、


『怪我はありませんか?』


 赤い宝石の瞳に柔和で整ったお顔。

 優しく微笑み、手を差し伸べてくださいました。


 あの時、確かに私の心は奪われました。






 次に会ったのはエコール。

 師匠の召集に答えただけのはずでしたが、紹介された人があなた様だった時——絶対に運命だと思いました。


 ……今思うと、本当に浮かれ切っていますね。

 けど、あなた様を想う気持ちに嘘はないのですよ?


 今も、同じように——いえ、あの時よりも、想いはずっとずっと強くなっております。



 エコールで再会して、知り合って、話して、共に戦って……あなた様を知れば知るほど、魅力的な部分が見えてきました。




 誰にでも優しくて気遣いが出来て——そう、倒した魔物の安寧すら願うほどに。

 他人が危ないと迷いなく踏み出して——そう、自らの身を顧みないほどに

 誰より強くなりたいと努力して——そう、恐ろしいほどに。




 そんなあなた様を知れば知るほど、想いが強く、強く、育ち続けております。

 何よりもそれを願う理由。

 おおよそ戦地や戦場に似つかわしくないはずの、あなた様がそれを求め続ける理由が……私には本当に眩しく写りました。






『……フィルミナを守って、ちゃんとそばにいてあげたいんだ。だって俺がいなかったら、本当に独りぼっちになっちゃうから。だからどんな時でも、彼女が安心して居られるくらい強くなりたい、かな』



『けど今は、このパーティも守りたいって思っている。フィルミナと俺を……『鬼』だと知っても受け入れてくれたから。それに俺は、みんなに何かあった時に何も出来なかったら……絶対に後悔する』



『……え? 他の人達も守ろうとするでしょうって? そうだけど……うん、えーっと、上手く言えないけど……それって、わざわざ理由が必要かなって。だってさ、馬車に轢かれそうな他人がいたら、誰だって助けようとするでしょ?』






 本当に、自然に……水が上から下に流れることのように、あなた様はおっしゃいました。いつもの、優し気で穏やかな笑顔のままに。

 それが当然、特別でもなんでもないよ。

 まさにそう言わんばかりでした。


 どうしてですか?

 だって、あなた様は……本当は、争いたくなんてないでしょう? 剣よりもお玉を持って、お料理をする方が好きじゃないですか。

 そのくらい……私にだって、分かってしまいます。それだけ、あなた様は優しくて……まだ知り合って一月か二月程度の私ですら。




『あんまり難しく考えていないよ。誰かを助けようとすることなんて……『あ、危ない!』って思ったら、走り出しているから』











 ……今思うと、なんて色気のない話題でしょう。

 折角の二人きりでしたのにね?

 自然、笑みが浮かびましたが……今の状況はそんなに優しくはありません。


 両手で握った処刑剣を振るい、束ねられた蔦の触手を切り払いますが……やはり、一刀両断とはいきません。束ねた内の数本を断つのみです。

 そして次の瞬間には切れた触手が解け、瞬く間に新たな蔦で束ねられてしまいます。連続で攻撃しようにも、他の触手が邪魔してきて踏み込めません。


 私の『侵蝕』に対応している……だけではなく、動きや反応も見切られています。攻め入ることはおろか、セス様の援護に回ることも難しいでしょう。

 悔しい。



 どうにか視線だけでセス様を写すと、無数の蔦の触手を捌き続けております。それに咲く花から毒の花粉が出ているでしょうに、全く意に介さずに。

 早く、鋭く、激しく、しかし洗練され優雅に……身のこなしも、手にした二刀も、見事という他ありません。


 何より、私に『合図』を送った後は真っ直ぐにドリュアデスのみを見据えて。迷いなく、それが当然と思ってそうしているのでしょう。

 悔しい。



 隠れつつも援護してくれているはずのジャンナ。

 彼女の『紫煙魔術』のおかげで、私は毒の花粉にやられずに済んでいます。なぜなら私が相対する蔦の束も、色とりどりの花を咲かせているからです。

 セス様と違い、私に毒の耐性はないはずです。だから……ジャンナの援護なしでは、とっくに倒れている状況。



 悔しい、悔しくて……情けなくて仕方ありません。

 何よりそう思うのは、セス様にその選択をさせてしまったことです。私がそれに対して何も返せないことです。

 意見も反論も、感情でも——何も出来ずに、またあなた様にそんな選択をさせてしまいました






 セス様があの状況で送った『合図』。

 それは——撤退でした。


『俺がここを引き付ける。フィルミナとアランさんもやらせない、助けて逃がす。時間を稼ぎ続ける。レベッカとジャンナはいったん退いて』






 言葉にすると、こうでしょうね。

 分かりますよ、そのくらい。

 だって、ずっとあなた様と競い、同じ釜で食事をして、共に戦ってきたのですから。




 悔しい、悔しい、悔しい、悔しい、悔しい!

 どうして、私はあなた様の隣に並べないのでしょう、どうして……なんでいつも背を眺めることしか出来ないの!


 シールドドラゴンに助けられたあの時も!

 湿原でワームの群れを一手に引き受けてくれた時も!


 そして、今この時も!

 ずっとずっとずっと! あなたの背を追うことしか出来ていない!

 師匠やあなたにも付き合ってもらって、特訓し続けてきたはずなのに!




 ……常に一番辛く苦しい、そこに立ち続けるあなたと……肩を並べ、隣りで戦いたいと思います。


 わがまま、でしょうか?

 身の程知らず、でしょうか?


 ——いいえ、例えそうだと笑われようと諦めません。

 私はそう出来るように、研鑽を重ね続けます。




 それがきっと、私の『告白』の仕方なのかもしれません。

 誰にでも優しく、それでも誰より強くなって戦い続けようとする……



 セス・バールゼブル様への、何よりの想いの伝え方。

 だから私は、力を望みます。

 私の剣に、恩恵に、強くなるための理由と想いを懸けてみせます。






『強い意志……眩い希望を信じる力は共通じゃ。お主らがそれぞれ持つ『恩恵』に『魔術』も同様じゃ』

 フィルミナ、あなたが言ったことを信じます。






 心の奥底——魂の、灯りがともされたような感覚。

 その感覚のままに『侵蝕』を振るう。

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