大森林攻防編——森から来た第三者——
「え? ええ、そうですね。公国側の部隊は……まだ見つけてくれないようですが……」
フィルミナの指摘に、やっと気が付いて辺りを見回すレベッカ。何とも自然な反応のように見えるけど……
いや、逆だ。
これじゃ自然すぎる。
「そうっすね。そろそろ合流したいっすね……」
レベッカのほぼ隣りを歩いていたジャンナも同じ。こちらも極々、それが自然とでもいうべき反応だ。
違和感……これまでの道中が、全部当然と言わんばかりの反応。
「……足を止めず、進むままに話すとしようかのう」
二人の反応を確認したフィルミナ……彼女も、自分と同じことを考えて……いや、進んでる最中ずっと考えていたのだろう。
会話を切り出した者として、全員のことを観察して注意していたに違いない。
「月や星の光すら届かない夜の森、道順どころか明確な目的地すらない。頼りになるのは淡い光の札と、いずれ落ち合うとあやふやな根拠の別部隊のみ……」
この言葉を聞き、レベッカとジャンナがようやく気が付く。
「そんな中で『何故お主ら二人は、そんなに躊躇なく真っ直ぐに進めるか?』」
そうだ、会話の最中も自分達はずっと進み続けていた。
それは前を行く二人が、知った街中を散歩でもするように歩き続けていたからだ。
「……そりゃ、この二人を拾ったのがこの大森林だからだろうな。いや、もっと言えば……お前ら二人は、ここで生まれたんだ」
最後尾、アランさんが言う。
「師匠……どういうことですか?」
「あたしたちって……師匠の元パーティの、遺児だったって……」
二人の視線——空色と銀灰色の瞳——が、自分とフィルミナを超えてアランさんを見据えているようだ。
「……もうすぐ、全部わかる」
「ただし、詳しい話やらはドリュアデスを討伐してからじゃのう」
今度は全員……自分を含めた全員の視線が抱っこしたフィルミナに集中する。
「今も公国の勇士達は戦い続けておる。将を討ち取ってやらんと、申し訳が立たんであろう?」
締め、になった言葉だった。
そう、自分達はあの人達……そして公国という国の存亡を背負っていると言っても過言ではない。
するべきことは……大森林を進む。
そして、ドリュアデスを討つことだ。
「安心しな、フィルミナ嬢ちゃん。俺の勘が正しけりゃ、もうすぐで……」
「『もうすぐ』やない。『今』やで」
第三者、レベッカでもジャンナでも……フィルミナでもない女性の声が木々の間の闇から響いた。
墨よりものっぺりとした、深い闇の中から出て来たのは女性だった。
「いやいや、久しぶりやなあ。アランに、覚えておらんやろうけどレベッカとジャンナ……」
人懐こそうな笑みを浮かべた、三十代前半の女性だった。
後ろで一纏めにした赤褐色の髪と同じ色の瞳——細められているため、辛うじて分かる——をしている。だが何よりも、その口調に注意を持って行かれる。
「何より……フィルミナ姐さん。ホンマ、久しぶりやな。2000年ぶりや」
「……2000年、そうか。それだけの時が流れておったのじゃな」
は? 何? フィルミナとも知り合い、なのか?
口調——王国の王族特有の喋り方——への疑問が、一気に吹っ飛んだ。
「せやで。目覚めてから……ほとんど当時の状況は集められていないようやな?」
「しろがねには会ったのじゃがな。あやつは『大森林に行け』としか言わんかったからのう」
極自然に、それが当然と言わんばかりに会話をしていくフィルミナと王族の口調でしゃべる女性。
アランさんに目線を向けるも、どうやら自分とそう変わらない心境のようだ。
目を見開いて、フィルミナと女性を交互に見ている。
「……ま、積もる話や気になることも全部後にした方がええやろ?」
「こちらの状況を把握しておるのか」
「粗方はわかっとるで。大森林とその周囲の情報は入ってくるんや」
それは最もだけど、どうする?
最低限……フィルミナとの関係だけでも問いただすか? いや、躱されるのが関の山か?
向こうが「そんな場合やないやろ?」と返してきただけで手詰まりだ。
「ちなみに、ドリュアデスへの道はこっちや」
「……そんなことまで把握しておるとはのう」
「というより、逆やな。ウチがドリュアデスの本体を大森林に抑えとるんや」
森の奥を指差しつつ、さらに笑みを深くする女性。こうしてみると、ちょっと狐っぽいというか……親しみやすいのに、どこか捉えどころがない印象を受ける。
もうこちらの頭はパンク寸前——どころかパンクしている。彼女のことを多少知っていたはずのアランさんですら、ぼへっとフィルミナとの成り行きを見守っている。
あの……アランさん?
もう少ししっかりしてくれませんか? 自分もレベッカもジャンナも、彼女の名前すら知らないんですよ?
あなたが少々強引に突っ込まないでどうするんですか……仕方ない。
「初めまして、自分はセス・バールゼブルと申します」
初対面、というかこの女性も自分のことは全く知らないだろう。
「状況がひっ迫しているのは承知の上です。ですが、せめてあなたのお名前だけでも聞かせてくれませんか?」
自己紹介しつつ、名前だけでも聞きだしておくか。
「あー……それもそうやな。ウチはイザベラ、フルネームは『イザベラ・レヴァテイン』や。『英霊教団』に伝わる『英雄公』……その元三代目やな」
こちらの問いに相変わらず人懐こい笑みで答えてくれた。
王国で主流となっている宗教『英霊教団』。
それが崇めるのは女神……それと、女神から力を与えられたという『英雄公』。
どちらも遥かな昔に存在したと語り継がれる者である。
……予想を遥かに上回る人物だった。
いや、今自分が抱っこしているのも『鬼の姫』という規格外なのだが……
「……そっちの伊達男くんは『セス』言うんか。『バールゼブル』とは、大層な家名やな」
「あ、それはフィルミナに貰った名です」
たしか古代の言葉で『気高き主』を指すって言っていたな。この人は、英雄公の三代目……それならすぐわかるか。十分に古代、いや神話時代と言っても過言じゃない。
「うん、成程なぁ……まあ、ここらで切り上げよか」
「それが良かろう。セスよ、今は『ドリュアデス』の討伐に向かうとしようかの」
片手で支えていたフィルミナが指す——イザベラさんが示した——先、更に森の深い部分が闇を広げていた。
「ほれ、皆もじゃ。討伐を終えてから、全て語ると約束しよう」
フィルミナの言葉に、アランさんもジャンナとレベッカも……顔を見合わせつつ足を進めていく。
そして、イザベラさんとすれ違う時——「フィルミナ姐さんと、仲良うな? セスくん」
ぽつりとかけられた言葉。それに反応して振り向いても、イザベラさんはこちらを見ていなかった。
……そう言えば、フィルミナを抱っこしたままだな。
しろがねの時は烈火のごとく怒ったけど、今回は何も言わないまま……そんな場合じゃないってだけかな?
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