大森林攻防編——講義と探索——

「……どうにか、切り抜けられたようじゃのう。皆無事か?」

「ええ、問題ありません」

「あたしも平気っすよ」

 レベッカとジャンナの切り崩しにより、魔物達の軍勢は切り抜けられた。すでに大森林に足を踏み入れ、周囲は鬱蒼とした森に包まれている。夜の闇と相まって、一層不気味な雰囲気を醸し出していた。



 ……ここまでは順調だな。

 あとはこの先、ドリュアデスの討伐だけど……もう一つ解決しなければならない問題がある。



「うし。じゃあ、このまま森の奥を目指すぞ。全員、探照たんしょうふだを点けろ」

 変わらず最後尾にいるアランさん。彼の指示で各々、用意していた札——長方形の紙、手の上に乗るくらいの大きさ——を取り出して端の方を破る。

 するとその札が淡い光を放ち、周囲の闇を削った。





探照たんしょうふだ

 付術——簡単な魔術を物体に付与する術——によって、明かりの役割を果たすことが出来る道具。

 使い捨てだが紙のためにかさ張らず、重さもほとんどない。明かりをつける動作も端の折り目を破るだけ。

 ただし明度や光度の調節は出来ず、効果時間も半日程度。あらかじめ付与された光を放つのみである。





「師匠、あたしたちはこのまま奥に進むだけなんすよね?」

「おう。向こうさんの精鋭も同じように大森林を進む。そんでこの明かりを頼りに、俺達を見つけて合流してもらうって寸法さ」


 アランさんがそう自信満々に返すが……当然、嘘である。


 公国には出せる部隊の余裕がない。しかも探索部隊はただでさえ、種子による奇襲で数が足りないのだ。

 あの戦線を抜け、大森林を進みつつ、かつ自分達を見つけて合流できる精鋭などいないだろう。おまけに探照札の光量はかなり抑えめだ。

 敵からの目を極力避けるためだが、どうにか自分達の足元や互いの顔を確認できる程度の光量しかない。



「先頭は引き続きお前らだ。頼んだぜ? 愛弟子たち」

「はい。承知しました」

「了解っす」

 そうしてレベッカとジャンナ、最後尾にアランさん、挟まるように自分とフィルミナの並びで歩き始める


 だが……こっからどうするか。

 事前の打ち合わせで、レベッカとジャンナをなるべく自然体で進ませるようにして欲しいとあった。


 あの戦線を抜けた以上、確実に進むなら夜目が効く鬼——自分が先頭の方がいい。それ以前に、何故フィルミナがいつものように蝙蝠を飛ばさないのか?

 そもそもこんな大雑把で、本当に合流などできるのか? 合流できなかった場合はどうするのか?

 いやいや初っ端、探索部隊があの戦線を抜けられずにやられていたらどうすれば?


 この作戦は冷静に考えると、蟻塚並みに穴だらけでガバガバである。

 前を歩き続ける二人が、何時それらに気づいてもおかしくない。



 すでに戦線は抜け、戦闘の気配はない。闘志と勇気で進撃する時間は終わったのだ。今は周囲を観察しつつ、何かあれば即応できるよう頭を冷静にしておく時間。


 問題だらけの作戦を気取られないように、何か……会話でもなんでも持ち出して、気を引かねがならないのだが……



 やばい、何にも思いつかない。

 今は無言のまま、探照札の淡い光と沈黙の中で自然と進んでいるが……




「そうじゃ。セスよ、お主に話しておくことがある」

 自分の片腕で支えられた、フィルミナに視線を落とす。真紅の視線とかち合うと、微かに頷いてくれた。


「歩きながらでよい。それと……全員も耳だけ傾けておいてくれんかのう」

 流石はフィルミナ! この時のことも考えていてくれたのか!

 この助け船は滅茶苦茶助かるが……会話の内容には見当もつかない。一体なんだろう?



「話しておくことというのはのう『操血術』のことについてじゃ」

「……あー、血液を使う鬼特有の『魔術』のことっすよね?」

 アランさん、レベッカ、ジャンナには自分の操血術のこともすでに告白しておいた。もう鬼ということは知られたし、受け入れてもらえたのだから当然だ。

 ただし、フィルミナの固有能力のことだけは秘密にしている。


「そうじゃ。血液と魔力を用いて物質を精製する。または身体能力を強化する術じゃな」

 ……まあ、魔術を最大限に広く——魔力を使った動作全てと——定義すれば『操血術』も魔術の一種になるに違いない。

 本当は鬼特有の術だから、自分らが考える『魔術』より遥かに古いものなんだろうけど。


「何度聞いてもぶっ壊れっすよねー……血液操作ってだけでもあれっすのに」

 ふと、気になった。

「魔術師のジャンナから見て、やっぱ『操血術』って凄いの?」

 自然と出た疑問だが……まあ、自然に進ませるならいいだろう。フィルミナが話そうとしたことからは、ズレるかもしれないが……


「『凄い』どころか『有り得ない』っすね。自分の体内の一部やらを使うって、控えめに言って危険すぎるっすよ」

「そうなの?」

「たわけ。血液を操作し損なったことを思い浮かべてみるがよい。デビー医師から、生物学も習っておったろう?」

 確かに自分は、デビーさんにお願いして生理学や人体工学を習っていた。それは『操血術』が生体維持にも応用が利くと知ったからだ。

 傷の回復、手足の再生、それらのために勉強させてもらっていた。



 よくわからないものを、わからないままどうにかする。

 基本、魔術や操血術ではそう言ったことが出来ない。それが出来るとしたら、既にそれは術ではなく……『恩恵』と呼ばれる力だ。



「例えば……物質精製の切り替えで、小さな豆粒ほどの血塊が体内に出来てしまったとしたとしたらどうじゃ?」

「うわっ……」

 思わず声が出た。


「血管閉塞による脳卒中、心臓発作、肺塞栓……どれも非常に危険ですね」

「そう言うことっす。自らの一部を使うってことはイメージしやすいっすけど、その分リスクも高いっすよ」

「『鬼』は生まれつき『血の力』の扱い方を自然と把握しておる。そして鬼本来の頑丈な身体、これらがあって初めて『操血術』が成り立っておるのじゃ」

 なるほどなあ……確かにジャンナも『煙』っていう、自分自身と切り離したものを操っているもんな。



「では、話を戻すとしようかのう。お主に伝えておくのは、お主の『固有能力』についてじゃ」

「……え?」

「聞こえんかったかのう。お主の『操血術』の到達点……『固有能力』についてじゃ」

 いや、聞こえていたよ。けどさ……聞き間違えかと思ったんだよ。

 だってそうだろう?


 たかだか鬼になって、戦い始めて、三ヶ月程度の俺には無関係だと思うだろ?



「口には出さなくても良い。お主、湿原でワーム共と戦った時のことは覚えておるな?」

 忘れようにも忘れられないって。

「あの時……聞いた話では、最後の数匹はよくわからんままに“焼き殺されていた”と言っておったな?」

「そう、だね」

 自分が死んでいなかったのが未だに信じられない。

 残りの7匹。それを残して自分はヤチマナコに嵌まり、食い殺されていたはずだった。それが如何なる奇跡か、6匹が黒焦げになって生き延びたのだ。



「最後のワーム共が焼かれていたという状況……それは間違いなくお主の『固有能力』によるものじゃろう」

「……そうかな?」

 思わず首をひねる。





「他に何が考えられる? あの状況では他の者は誰もおらんかった」



「何より、お主はどうであった?」



「ワームに殺されそうな時、諦めておったか? そうではなかろう。何が何でも勝とうと、生き抜こうと、譲れぬ確固たる意志を持っていたのではないか?」





 思い出す、あの時のことを。



 俺は……勝つ、勝って帰るんだ。

 俺は……まだ……!

 一つの渇望へと、願望へと、希望へと……意思へと、ひたすらに手を伸ばそうとする。


 あの子を独りぼっちになんて、するものか!



 ……確かにあった。絶対に貫きたい、一つの意思が。





「覚えておくがよい。お主は既に到達点への片鱗を掴んでおる。強い意志、それこそが己の力を限界以上に引き出す」

「……わかった。覚えておく」

「それでよい。そして……レベッカとジャンナ、お主らも覚えておかねばならんぞ」




「……え?」

「はい……っす?」

 突然、話の矛先を向けられた二人が間抜けな声で答えた。無理もないだろう。ずっと『操血術』……鬼の話をしていると思っていたら、急に人間である二人も無関係ではないというのだ。


「強い意志……眩い希望を信じる力は共通じゃ。お主らがそれぞれ持つ『恩恵』に『魔術』も同様じゃ」

 そういうもの、なのかな?




「強靭で偽りなき純粋な意思、太陽すら霞むほどの眩い激情、それこそが何より『力』を引き出す鍵となるのじゃ」

 そう話を占めるフィルミナ。

 自分自身の経験から照らし合わせ……何より、今日までの彼女を知るなら疑いようなどない。それが真実なのだろう。


 「まあ、それだけでどうにかなるほど甘くないのも確かじゃ。あくまで鍵……日々の積み重ねがあってこそ、いざという時のそれは意味を成すのじゃ」


 そして——頃合いだろう。


 流石に自分でもわかる。

 レベッカとジャンナ、彼女らはこの大森林に何か強い因果がある。




「さて、随分と奥深くまで進んできたのう」

 フィルミナのその言葉、それでレベッカとジャンナが気付いた。



 この会話の最中ずっと、足を止めずに歩き続けていたことに。

 周囲360度。木の根や土手、様々な自然に囲まれ、進む方向も多様なのに——迷いなく進んでいたことに。

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