大森林攻防編——作戦の成否——

 再び森の奥へと進んでいく。

 並び順も先頭にレベッカとジャンナ、最後尾にアランさん。そして挟まれるように自分とフィルミナと変わらない。

 ただし大森林に入った時とは違い、今度は一切喋らずに進んでいく。樹齢数百年は越えているだろう大樹が並んだ道程を歩いていく。




『さて、ここからはいつドリュアデスと出くわしてもおかしくないのじゃ。なるべく、静かに行くとしようかのう』

 フィルミナに聞きたいことは山ほどあったが、それを口に出す前に先手を打たれてしまっていた。


 まあ、今は『ドリュアデスを倒す』。

 これ以外を考えない方がいい。疑問も質問も何もかも蓋をして、するべきことだけに目を向けるべきだ。

 アランさんやレベッカとジャンナも同じ気持ちだろう。




「……」

 痛いほどの沈黙の中、周囲に気を配りながら歩く。淡い探照札を頼る中、木々の闇に視覚と聴覚を傾けるが……虫や鳥のざわめきしか聞こえてこない。


 ……静かだ。

 もうフィルミナの索敵も再開している。四方に蝙蝠を飛ばしているはずだが、それも戻ってこない。ドリュアデスが引っ掛からないのだろう。

 闇夜は蝙蝠の領域、すぐに捕まると思ったのだが……


「フィルミナ、まだ反応はない?」

 今はもう自分の腕から降り、隣りで歩く少女に視線を落とす。

「うむ。放ったコウモリからの反応はないのう」

 フィルミナが軽く周囲——木々で覆われた空を見回すが、相も変わらず状況は変わらないようだ。


「……蝙蝠が墜とされている、ということは考えられませんか?」

 先頭を歩くレベッカが肩越しにこちらに話しかけてくる。彼女にずっと最前線を任せ続けるのは申し訳ないが、今も大森林にいることに変わりない。

 彼女を先頭に置いておくほかないだろう。


「それならそれで儂が感知できるはずじゃ。今も元気に森を舞っておるぞ」

 どうやら接敵自体まだしていないということらしい。まだ向こうも、こちらに勘付いていないということだろうか?

 出来ることなら、こちらが先制攻撃をしたい。

 今も公国の人達とエイドさん達が魔物の軍勢相手に戦闘を続けているはずだ。なるべく早くに頭を討ち取れるか、それが勝利へのカギになる。

 いや、それが以前に先に攻撃しないと電撃作戦の意味が薄れてしまう。



「こっちって言うのも、あの……イザベラさんの案内てだけっすからね。ひょっとして……なんて考えちゃうっすよ」

「あー……気持ちはわかるがな、あいつは信用できるぜ?」





「そうそう。だって、私はここにいるんだから」





 ……え?

 強い衝撃と共に一気に吹き飛ぶ視界、更に連続して全身のあちこちが打ち付けられた。



「セス! ……むぅ!」

 フィルミナの声! マズイ、とにかく彼女を守らないと!

 体を動かすと同時、自分が何かに弾き飛ばされて跳ねていたことを理解する。そのまま体制を整えて、操血術で身体能力を強化!


 周囲の状況を確認!


 パーティから離されている。

 レベッカとジャンナ、アランさんも表情を見るに対応しようとはしているが状況はつかめていないようだ。

 何よりも、フィルミナがすでに捕まっている。緑の、植物の蔦で全身を絡めとられていた。そして胎動と共に動き出したのは……自分達のすぐそばにあった巨木。

 大樹が並ぶ中では、さして目立たない大きさ。だが十分に人の寿命を遥かに超えていると感じさせる樹が見る間に変化していく。


「……!」

 すぐに駆け出し、操血術で刀を精製する。両の手に一刀ずつ、鋭く繊細にそれでいて折れず曲がらぬ刃を握る!


「てめ、この野郎!」

「フィルミナ、今助けます!」

 吹っ飛ばされた自分よりも近い、アランさんとレベッカがそれぞれ得物——長斧槍と処刑剣——を取り出して触手へと振るう。

 だがそれをあざ笑うかのように、蔦で捕らえたフィルミナごと中空へと逃れてしまった。



「ああ、怖いわあ。せっかく一声かけてからにしてあげたのに……乱暴ねえ?」

 蔦で捕らえてフィルミナと同じように、それまで巨木だったそれは正体を現した。褐色だった木の皮は深緑の肌に、緩やかな曲線のみだった形はドレスを纏った令嬢のように、木々の枝は色とりどりの花をつけた長い髪に。


 ドリュアデス……ポルシュ湿原やプンクト砦で戦った、そこから公国に行くまで幾度も戦った姿を現したのだ。

 ただし、大きさは今までの種子とは比べ物にならない。


 種子でも差があるらしく、湿原と砦にいた奴は一際大きく、それぞれ特徴を兼ねていた。しかも人を取り込んで擬態まで出来ていたのだ。

 それに引き換え、公国に行くまでに討伐したのは小型。擬態をして現れた者は、一人たりともいなかった。



 けど、こいつは……



「馬鹿ねぇ。私が化けられるのは人間だけなんて言ったかしら? 甘いわよ」

 巨木に化けての待ち伏せ、初手でフィルミナ——こちらの索敵と攪乱、かつ参謀——を捕らえた。


 間違いなく、今まで出会ったどの種子よりも上……本体だろう。


「やってくれるじゃねえか。ドリュアデス!」

「ふふふ……待ちくたびれた甲斐があったわ」

 作り物の微笑、それでも余裕が感じられるドリュアデスを見て思う。


 待ちくたびれた? 何故だ?

 どうして自分達が今この時来ると、そしてフィルミナをピンポイントで狙う?



「……すべてお見通し、と言わんばかりじゃのう」

 捕らえられつつもフィルミナが言う。

 普通に喋れる当たり、絞め殺したりするつもりではないらしい。とは言え、早くに助けるに越したことはない。どうにかしないとな。


「ええ。種子からの情報で、あなたたちの動きはわかっていたもの」

「……成程のう。種子で得た情報は本体に届けられる仕組みじゃったか。公国へ攻勢を仕掛けたのも、偶然ではなかったわけじゃな」

 あれだけの軍勢を用意していたのも、このタイミングで仕掛けたのも、全部ドリュアデスの計算の内だったのか。


「残念だったわねぇ。どんな知恵や工夫も、先手を打たれちゃどうにもならないでしょ?」

「ふん、ぬかしおる」

 フィルミナが毅然と言い返すが、状況はどうみても不利だ。

 ここからどう仕掛けるか……



「あらあら、まだ強がるのねえ。じゃあ、これはどうかしら?」



 『何をする気だ!』と叫ぶ暇すらなかった。

 刹那、幾重にも編まれた蔓で出来た檻でアランさんが囚われた。そのまま、フィルミナと同じように檻ごと中空へと振りかざされる。


「師匠!」

 流石のレベッカも判断が追い付いていない。それ以前に、処刑剣を振るう暇すらなかっただろう。

 本当に一瞬の出来事だった。



「てめえ、出せ! こんなもの……!」

「うふふふふ……無駄よ。その檻、頑丈なだけじゃないわ。わかるでしょう?」

 言われてみると……アランさんの巨躯が絶妙に収まる様に、だが両腕は柵の間から出るくらいの大きさに作られている。

 あれじゃあ得意の長斧槍を構えることすら出来ない。単純な腕力で柵をどうにかしようにも、その狭さのせいで力を込めにくいだろう。


 特別な蔦の檻……よく考えられている。



「最初にあなた達の『目』と『頭』を抑えちゃったけど……残った子達はどうするのかしら?」

 余裕たっぷり、変わらずに作り物めいた相貌に笑みを浮かべているドリュアデス。言動や抑揚からもそれを感じさせる。

 どうもこうも……戦うしかないだろう。

 すでに湿原の時よりも不利だが、諦めるという選択肢はない。今も自分達を信じて、戦ってくれている人たちがいるのだ。


 いや、それ以前に……ドリュアデスは俺達を逃す気がないな。

 あれだけ軍勢で攻勢をかけ、こちらの吶喊にも周到に用意していたのだ。逃げようとすれば、更に手痛い仕掛けに嵌まるに違いない。

 あの能面染みた顔、それに浮かんだ余裕の笑みはそこからも来ているのだろう。



「決まっている。お前を倒して、二人も返してもらう」

 精製した刀を構え直し、残った二人——レベッカとジャンナ——に目配せをする。当初の予定、電撃作戦で仕留めるどころか逆に先手を取られた状況だ。


 それでもやるしかない。

 レベッカとジャンナにもそれを目線で伝えると同時、自分が仕掛けることを知らせる。



「へえ、勇ましいわねえ。それに免じて一つサービスよ」

「……花束でもくれるのか?」

 軽口で返しつつ、視線だけでレベッカとジャンナが動いているか確認……余計な心配だった。二人ともしっかりと動き出してくれている。

 あとは、自分が仕掛けるだけ。それで戦闘開始だ。



「いいえ、この檻のことよ。実はこれ、一つしか用意できなかったの。色々忙しかったせいね」

「そうか。けど……遠慮なく壊させてもらう!」

 操血術も駆使し、地を全力で蹴飛ばしてドリュアデスに駆け出す!


 戦闘開始、狙うは……!

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