そして、動き出す

「さて、まず伝えるべきこととしては……朕の軍だけでは手詰まりである」

 集まった八人、そのうちの一人であるスジャク公が開口一番に告げた。


 公国側は他にフォンファンさん、謁見の時にいた二人——ロン・フェイさんとフー・フェイさんというご兄弟とのこと——の計四人。


「流石の朕の軍でも、現状はあちらからの襲撃を撃退するだけで手一杯よ」

 フィルミナ、エイドさん、アランさん、そして自分ことセス・バールゼブルが王国側である。


 謁見の時とは違って、質実剛健と言わんばかりの作りの部屋。広さは十分すぎるほどで、長机に八人が椅子に腰かけても余裕だ。各々の陣営に分かれるように、片側に王国側で反対側に公国側と言った具合になっている。






 スジャク公が謁見の際に言った言葉に一切の偽りはなかった。

 自分たち以外の遠征軍も全て『ルグレ』内に迎え入れてくれて、食事や休息場所も提供してくれた。そして一息ついたところに公国からの使者が現れ、陽が落ちてからこうして作戦会議をしているのだ。


「それは……戦力が不足しているということですか? それとも大森林を探索できる者がいないということでしょうか?」

「両方よ。迎撃の人数はこれ以上削れぬし、探索部隊が擬態した種子共によって相当やられた」

 スジャク公からの返答を聞いたエイドさんが顎に手を当てる。


「探索部隊が一人も残っていないというわけではないでしょう? 『炎熱の舞姫』やそちらの……フーさんやロンさんの少数精鋭では?」

「難しいであろうな。本丸のドリュアデスが大森林のどこにいるか……フーやロンはこちらの防衛の要である。容易に動かせん。フォンファンは……論外である」

 アランさんの策もあまり良案ではないようだ。

 スジャク公は額に僅かに皺をよせて返し、フォンファンさんは相変わらず独特のイントネーションで、手を横に振って否定する。


「論外って、なんでだ?」

「私の恩恵、大森林では危険すぎるネ」

 まあ、二つ名が『炎熱の舞姫』なんて時点で炎や高熱なのはすぐわかる。それを森で使えば……想像するまでもない。


 けど……思う。


「しかし、実際に多くの人が犠牲になっているんですよね? それなら……」

「たわけ」

 自分の問いが冷たく、ぴしゃりと否定された。


「公国は大森林と隣接し、その恵みを受けて栄えた国じゃ。それの多くが燃えてしまったらどうなる?」


 あっ……


「勝てたとしても、下手をすれば国の維持はままならなくなるであろう。そうなれば人間同士で争い、公国だけでなく王国にも波及するのじゃ」

「その、申し訳ありませんでした」

「目の前のことだけでなく、その先にも目を向けねばならんぞ?」


 なんとも情けない。

 全く持ってフィルミナの言う通りだった。



「ふぁはははははは! 仲睦まじいな。だが、個人によって得手不得手は変わるものよ。大目に見るがよい、可憐な才媛よ!」

「理解はしております、スジャク公。しかし……先を考えればこそです」

「……成程、なかなかに難儀な部分とみた。ならば、これ以上は朕からは言うまい。それと、そう畏まるでない」


 何となく含みがあるスジャク公の言葉だけど……何だろう?

 得手不得手? 難儀な部分?

 目先のことに捕らわれた自分が、阿呆なだけではないだろうか?


「可憐な才媛……フィルミナ・テネブラリスよ。このような状況だ。話しやすいようにするがよい」

「ふむ、お心遣いに感謝しよう。では、ここからは無礼講とさせてもらうかのう。お言葉に甘えるぞ? スジャク公」

 ちょ、いきなりそんな……ほら、流石のエイドさんもちょっと表情が崩れてるじゃないか!

 急に身分も立場も無視した言葉遣いするのはちょっと……



「ふむふむ、本来のそなたはそのような言の葉か。良い、そちらのほうがしっくりくる」

「ならば改めて、遠慮なく物申させてもらおうかのう。スジャク公、お主の軍は相当ひっ迫しているとみる。儂らの助力なしでは、どうにもならんのではないか?」



 フィルミナァァァァァァ!

 無礼講と無作法は違うぞ!? 流石にそれは不味いって!



「ふぁはははははは! 耳が痛いな。その通りよ」

「……精鋭は本土防衛のため割けない。襲撃があるということは向こうも軍勢を有している。何よりも大森林の探索部隊は不足……」

 エイドさんが、話の本筋を戻す。

 流石と言おうか、すでに表情も声音も平静に戻っている。


「王国に打診して、大規模な軍の派遣をしなければ手詰まりかもしれませんね」

 しかし話が戻ったところで、結論は出ていた。



 流石に自分でもこれは理解できる。



 向こう——ドリュアデス側——からの襲撃があるために戦力は割けない。だが、これは自分達が到着したことで誤魔化せるかもしれない。しかし、大規模な戦力を投入できるというわけではない。

 となると少数精鋭だが、それも難しいだろう。


 魔物側から襲撃があるということは、こちらに対する迎撃も出来るということだ。如何に精鋭と言えども、数の暴力に押しつぶされる危険性が高い。そうなれば、こちらの戦力が削られてしまいさらに不利になる。


 何より精鋭を送り込むにしても、大森林を探索できる人員が不足している。

 公国に来るまでも森を抜けては来たが……今度はそんな生半可なものではない。大森林の未だに開拓されてはいない部分、有史以来ずっと未知となっている場所に踏み込むかもしれないのだ。


 そうなると取れる手段は一つ。

 王国から大規模に援軍を派遣して、数の力で迎撃と探索を進めていくしかない。


 当然、欠点として準備にも実行にも時間が掛かる。

 それだけの期間を相手側が待ってくれるか? 秘匿はまず無理だから……ドリュアデスに気付かれるのは確定として進めるべきだ。


 自分が逆の立場だとしたらわざわざ待たないし、それをする前に先手を取るだろう。結局、こちらとしては苦肉の策か現状維持をするしかない。




「……あー、それなら解決できるかもしれませんよ」

 ここで、誰もが度肝を抜かれる発言が出た。


「……ほう? 詳しく聞かせるがよい、冒険者アランよ」

 自分の隣に座る、巨漢の冒険者が軽く手を上げていた。




「大森林での探索、ウチの弟子達なら出来るはずです」

 全員の視線が集まる中、アランさんがそう言った。自分を含めた七人全員の瞳が集中しているはずだが、アランさんの態度や振る舞いに変わりはない。


「それって……レベッカとジャンナのことですよね?」

「おう。つっても、それが出来る理由とかは……どういったもんかな……」

 アランさんが多少眉間に皺を寄せ、乱暴に後頭部を掻く。

 どういうことだろう?


「ふむ、一先ず理由らは置いておくとしよう。問題は『どのくらいの精度か』である」

「ああ、それでしたら問題ないです。多分、どんな探索者より優れてますよ。特に今回の件に関しては」


 ……なんだ? どういうことだ?

 いよいよ自分にはわからなくなってきた。どうしてあの二人が、大森林の探索に誰よりも適任なんだ?


 ちら、とアランさんからフィルミナに視線を向ける。すると真紅の瞳がアランさんから一瞬それて、視線がかち合った。

 軽く、フィルミナが頷く。


「アラン殿、無理ならそれ以上は追及せん。答えられることだけ答えてくれぬか?」

「おう、いいぜ」



「では、弟子とはレベッカとジャンナのことじゃな?」

「ああ、そうだ」


「探索に秀でている理由は話せぬと?」

「ちょっと……デリケートな問題でな。本人たちも知らねえんだ」


「『今回の件に関して』と言っておったが、ドリュアデスと関係しておるのか?」

「正確にはそっちじゃなくて…………済まねえ、詳しく話せねえみてえだ」



 うん? 何だ今の違和感。いや、なんか前にも同じような感覚があったような……






 ドンドンドンドン!

 口から心臓が飛び出そうになった。

 ちょうど自分の思考に没頭するタイミングで、扉が乱暴にノックされるのは心臓に良くない。正直この不意打ちは効く。狙いすましたかのような一撃、ちょっと椅子から浮いたかもしれない。


『会議中、申し訳ありません! 緊急事態です!』

 恐らく公国の軍人だろう。扉の向こうからでも、焦っているのが伝わる声音だ。


「入って申せ」

『はっ!』


 スジャク公が許可を出すと扉が開け放たれ、現れた公国軍人が敬礼する。

「大森林からの襲撃です! それも、今までと桁外れの規模です!」

 そして敬礼のまま、声を張り上げた。

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