大森林攻防編——出撃前——

 スジャク公曰く、ドリュアデスの種子による奇襲以降も、不定期に魔物達の襲撃はあったとのことだ。

 それまでは防げない規模ではなかった。

 戦力を削る、救援要請をけん制する等……仕掛けつつ、出方を窺うようなものであったそうだ。



 だが、今回は違う。

 流石に自分も見ただけでわかる。今回は決着をつけるための、決戦を仕掛けてきている。



「何とも、敵ながら天晴な物量よな」

 大森林方面に備えられた見張り塔に移動したスジャク公が、呟くように言った。見張り塔の背後にはルグレの市街が広がっており、既に慌ただしく避難誘導がされている。公国軍の統率と信頼の証だろう。騒がしいが、おかしな混乱や暴動が起きる気配はなさそうだ。


 ……ここからだと、よくわかる。

 まるで津波が押し寄せるかのように、地を覆っていくかのように、魔物の群れが迫ってきていた。


 数える気も失せるほどの魔物……ウルフ、クロウ、マイコニド、マッドフラワーと見覚えのあるやつも並んでいる。そして何よりも……ドリュアデスの種子達。

 種々多様の魔物の軍勢の中に混ざる様に、植物の貴婦人たちが混じっていた。


「さて、ここにそなたらと立った理由だが……」

 見張り塔、その先頭に立って魔物の軍勢と大森林に向いていたスジャク公がくるりとこちらに振り向いた。

 今、彼と向かい合っているのは四人——エイドさん、アランさん、フィルミナ、そして自分ことセス——である。




「国を統べる一角として、恥を忍んで頼みたい。大森林の……ドリュアデスを倒して欲しい」

 真っ直ぐに、こちらを見据えてくるスジャク公。




「あの規模ではロンもフーも防衛から動かせん。何より……探索に秀でた者は、そなたらの仲間であろう。それならそちらでチームを組ませた方が良い」

 なるほど……エイドさん含めた自分達を、見張り塔に呼び出したのはそれが理由か。

 大森林からの襲撃を聞いて、当初はエイドさんもこちらの遠征部隊の統率に向かおうとしたのだ。それを制したのがスジャク公、そして自分らを含めて見張り塔へと案内してくれた。


 ちなみにフォンファンさんは「私、先に最前線に行くネ!」と言って、とっとと飛び出してしまっていた。

 スジャク公も「放っておけ。あやつはその方が良い働きをする」とのことだ。


「ふむ。そうなると、少数精鋭での電撃作戦かのう。隠れ蓑は眼前に迫る戦闘……いや『戦争』じゃな」

「はい。我々遠征隊と公国軍での防衛線。その裏を縫って別動隊で頭を討つのが良いでしょう」

 フィルミナとエイドさんの発言で、思考を今に戻す。

 そうなるとメンバーは、レベッカとジャンナは確定。そして後は……


「別動隊はレベッカとジャンナ。アラン殿、セス、そして儂じゃ。エイド殿とベンジャミン殿は本隊で活躍してもらわねばならんからのう」

「……ええ。ポルシュ湿原での実績もありますし、それが妥当でしょうね」

 綺麗に整えた髭が揃った顎を軽く撫でつつ「将として些か歯痒い気持ちはありますがね」と、エイドさんが付け加えた。

 これから戦線で指揮を執るとは思えないほど、軽い調子の口調と笑顔だ。


 まあ、そうなるか。

 正直あの大軍勢の頭っていうなら、もう少し戦力が欲しいと思う。戦場を潜り抜けていくわけだから戦闘のスペシャリストが欲しいけど、あの魔物の群れに対して割ける戦力はない。

 ロンさんとフーさんが率いる公国軍、エイドさんとベンジャミンさんの王国遠征部隊、この両軍で抑えきれるか……いや、あとはフォンファンさんもいるか。

 どのみち、早くに敵将を討つに越したことはない。



「では、細かいところが決まり次第伝えて欲しい。そちらの弟子という……レベッカとジャンナとやらにも話さねばならんだろう?」

「ええ、急いで話をまとめます」

「……あまり時間はない。なるべく早急にな」



 スジャク公の背後に広がる、見張り塔から見渡せる光景にもう一度目を向ける。

 雲霞の如く押し寄せる魔物の軍勢、明らかに昨日今日で集めた規模じゃない。予め仕掛けた戦争だとしても、一度にこれだけ動かすには準備が必要になる。


 自分たちが到着して、一晩も立たないうちにこの大規模襲撃……これは、偶然だろうか?









「……って訳で、俺たちが大森林に向かうことになった」

 スジャク公と見張り塔のやり取りの後、すぐにエイドさんと共に本隊に戻った。そしてエイドさんはベンジャミンさんと遠征部隊へと、自分達はレベッカとジャンナと合流して別行動である。


 これまでの経緯、それを一部隠すようにして聞いていたレベッカとジャンナだが……表情は引き締まっている。

 それもそうだろう、何せ……


「私達が、敵の大将を……責任重大ですね」

「ああ。それにあの魔物共の隙を縫って突破するところから始まるからな」

 大将——ドリュアデスを討てるか?

 勝利の可否そのものである部分を担当する。それも機動力と攻撃力がものを言う、少数精鋭で敵軍を食い破って始まる電撃作戦だ。

 二つ名『赤毛の処刑人』を関する凄腕の冒険者でも、流石に表情が強張っている。




 しかし、それよりも気になる部分があった。


「そして大森林で『公国の別動隊』と合流するんすよね?」

「ああ。とは言っても、明確に合流場所は決められねえ。大まかになる」

 軽く手を上げて質問したジャンナに、しれっと嘘で答えるアランさん。


 そう。何よりも気になる部分……それはレベッカとジャンナに、いくつか嘘をついておくということだ。






 まず一つ、彼女達自身に探索を担当させると伝えないこと。

『あー……自然体の方がいいんだ。まあ、そんなに気にしなくても平気だと思うが……一応な?』

 探索できること自体、かなりの訳ありのようだし……今更、問いただそうとしても仕方ないだろう。






「しかし、私とジャンナが先頭ですか。荷が勝ちすぎるのでは?」

「いや、お主らのコンビしか考えられん。セスだと突破力が高すぎるせいで、孤立させられやすいからのう」

 レベッカの疑問に、今度はフィルミナが返す。

 最初の戦線を突破するには、とにかく攻撃力と機動力がものを言う。ただそれを優先して、部隊が切り離されるようでは本末転倒だ。


「それ以前に、セスは儂を抱えねばならん。今回の先頭は任せられん。レベッカとジャンナが適任じゃ」

 確かに。フィルミナは自分が抱えなければついてこれないだろう。

「俺も今日まで一緒に戦ってて、そう思う。アランさんや俺よりも、二人の方が絶対に良い」

 更に自分も、本心からそれに後押しをしておく。

 機動力と小回りならアランさんよりレベッカの方が上だ。あとはジャンナがいれば、敵の攪乱と切り離しも出来る。

 更に身体能力が並のジャンナが隣にいると、レベッカが変に突出することもないよう気を付けやすい。


 元々コンビの二人を先頭、そして全体の足並みも合わせやすくなる。

 筋が通っている。言うことなしだ。






 次に、それとなくレベッカとジャンナを先頭にして進ませること。

『だから、そうだな……なるべく敵を突破するところからそうしてくれ。あと大森林ではよ、何気なく軽く雑談でもしながら進んで欲しい』

 森林を……人の手が入っていない道なき道を?

 普通に考えるとそんなことをすれば、迷子は確実。そうでなくても、足場が悪くて店頭や滑落の危険がある。

 ……これも、大森林でわかることなのか?






「セス様……ええ。そう仰られてはご期待にお応えするしかありません!」

「……うーん、これは燃えざるを得ない展開っすね。全力でサポートするっすよ!」

 しかもこの二人……最近の伸びが凄い。

 一緒に肩を並べて戦っているからわかる。レベッカもジャンナも、湿原から別人みたいに強くなってきている。

 ……俺も置いて行かれないようにしないと。そう気合いを入れ直さないといけないくらいに。




「他になんかあるか?」

 アランさんの問いに沈黙で答える二人。


「あまり時間もないのじゃ。とにかく今は敵陣を突破することだけを考えた方が良いであろう」

 フィルミナがまとめると同時、誰ともなく顔を見合わせる。



「……よし。乾杯はねえが、やっとくか」

「アランさん?」


「俺たちは勝利し、生還するために行くんだ。それだけは忘れるな」

 あ、これは……


「我らに女神様の加護を」

 ポルシュ湿原に向かう前……自分達の顔合わせの時にもやった号令を行う。

 今度はジョッキがない代わりに、五人が拳を軽くぶつける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る