玉座の裏から

「そなたらへの信頼の証として、城壁の外にいる仲間達をすぐに迎え入れるとしよう。フー・フェイよ」

「はっ、仰せのままに」

 こちらから見て右、玉座前に控えていた二人のうち一人が軽い会釈の後に部屋から出ていく。

 一目見ただけで凄まじい使い手と直感していたが……立ち振る舞いや退出する時の動作、それらで直感は確信になる。


 そのまま『フー・フェイ』と呼ばれた、鍛え抜かれた巨漢が大仰な門を開けて退室していった。スジャク公の言葉通りなら、自分達以外の遠征隊を門の内側に迎え入れるよう伝えに行ったのだろう。


 まあ、今更疑うこともない。

 これまでの問答——それらを考えれば、スジャク公がドリュアデスの種子に成り代わられているという心配も杞憂に過ぎないと理解できる。こちらへの問答に話題の持って行き方、左右に控えている——右にいた『フー・フェイ』さん——軍人、そして今の対応……


 ドリュアデスの種子がスジャク公の問答を出来るなら、フー・フェイさんともう一人の軍人に成り代われるなら、小細工を弄するまでもない。



 もっと直接的に、それでいて致命的に、こちらに食い込んで崩しているはずだ。

 とにかく、これで公国でも一息つけ——「スジャク公、無礼を承知でもう一つ願います」




 ……フィルミナ?

 自分よりも前にいる、エイドさんよりも一回りも二回りも小さい背中。黒く長い髪に雪を溶かしこんだかのような白い肌。今は——自分よりも前にいて玉座に向いている関係上——見えないが、特徴的な紅い宝石の瞳が見据えているのだろう。

 フィルミナがいつもとは違う言葉遣い……敬語で、毅然として言い放っていた。そして、更に彼女は続ける。



「今『ここ』にいる人数を、偽りなくあなたの口から聞かせてくれませんか?」



 ……?

 何だ、それ? そんなの決まっているだろう?


 スジャク公、護衛のうち残った一人、エイドさん、フィルミナ、アランさん、そして自分の計六人に決まって……


「……ふむ、『七人』だ」



 ……はっ? スジャク公? 何を言って——「アヤー、見破られてるとはね!」

 あるはずのない、声が響いた。



「私、自身失くしちゃうヨ」

 自分と同じくらいの女性の声、その場にいないはずの声は確かにこの空間を満たしている。吸血鬼の鋭敏な聴覚、それはたしかに有り得ないはずの声の出所を突き留めていた。




 ——玉座の、裏!

 そう思って改めてスジャク公——引いては彼が腰かける壇上の椅子に目を向ける。すると、その裏から女性が出てきた。


「けど、いいネ。そのほうが信頼できるヨ」

 観念、いや開き直ったかのように出てきた女性は、自分よりは年上だった。釣り目だが整った顔立ち、そして黒い髪を二つにまとめて——お団子、というのだろうか?

 編み込んでまとめているというか……解けば相当長いということが分かるまとめ方だ。

 特徴的な格好だが、何よりもイントネーションがかなり独特だ。


「初めまして。私『フォンファン』ネ! よろしくお願いヨ!」

 赤を基調とした、体にフィットする簡素なドレス。それには腰近くまでスリットが入っている。動きやすさ重点……と理解しても、やはり刺激的なくらいにきわどい空け方であった。

 さらにそれが包む肢体は、女性的な起伏に富んで……フィルミナの本来の姿を見る前なら『理想の女性体型』と間違いなく断じていたであろう。




「フォンファン……『炎熱の舞姫』か!」

 後ろから聞こえる、アランさんの言葉。

 どうやら見た目や言葉遣い以上に、彼女はとんでもない人物である様だ。自分も冒険者の端くれとして小耳にはさんだことがある。


 いや、まあ……玉座の裏に控えていた、ということ自体がとんでもないことなんだけど……


 最上級であるAランク冒険者の一人『フォンファン』。

 本名であるかどうかは不明、分かっているのは三つ。


 一つ、基本的に単独で冒険者を生業としていること。

 一つ、妙齢の女性であること。

 そして最後の一つは……『炎熱の舞姫』の二つ名を冠する凄腕ということ。




「……まさか、あんたが……いや、公国がこんな事態なら納得かもしれねえな」

「ムムッ! 私のこと、ちょっと詳しく知っていそうネ。けど、今はそれを置いといてくれると助かるヨ!」

 玉座の裏から出てきた、20歳程度の女性が手をひらひらとさせて笑う。釣り目を細め、にっこりと人懐こい笑顔を浮かべていた。



「気付かれているとは……小さき賢人よ、そなたにはつくづく驚かされる」

「スジャク公、無礼をお詫びいたします。私からの信頼の証として、彼女……フォンファン殿を察知した種明かしを……」

 会話の焦点がスジャク公とフィルミナに移る。

 すると豪華絢爛な玉座の間、その天井やらを待っていた黒蝶がひらひらとフィルミナに寄り添ってきた。


 そのまま、フィルミナが差し出した——華奢で白い——手に黒蝶が止まる。


「私の術は動植物と心を通わせ、使役することが出来るものです。これにより周囲の情報を探る……という魔術です」

 もちろん嘘だ。

 実際は魔術ではなく操血術、しかもその蝶々も自然の生き物ではない。彼女が自らの血液と魔力で精製したものである。

 ただし、この情報はエイドさんも知らない。当然、スジャク公に明かすことはないだろう。



 けど……一部は本当なんだよな。その『周囲の情報を探る』って部分だけだけど。



 つまり『フォンファンさんに気付いた種明かし』としては、本当なのである。ただ、その方式が嘘というだけで……詭弁だよな。



「見事な魔術よ。その年で魔術師とは……才媛という言葉が霞む」

 いえ、多分ですが……自分やあなたより遥かに年上ですけどね。見た目こそ10歳に届かない程度ですけど……



「彼女は私達の遠征軍でも、重要な戦力の一人です。恥ずかしながら、私もどれだけ助けられたか……」

「ああ、納得よ。是非とも朕の配下として欲しく……いや、無作法であったな」

 エイドさんもスジャク公もべた褒め……まあ、それはそうか。

 ジャンナからだけど、魔術を習得するのって本当に大変だって言っていたしな。今は立派に『紫煙魔術』を使いこなしている彼女だって、10歳程度の時はどんな魔術にするかってとにかく試行錯誤の段階だったらしい。


「過剰なお言葉、痛み入ります。しかし今は、大森林にいるドリュアデスの攻略についてお話しできますか?」

「無論よ。そなたらの都合に合わせよう」

「では『ルグレ』に迎えられた私達の隊と一度合流してから、で構いませんか?」

 エイドさんの提案、それ聞いたスジャク公は頷く。


「良い。そなたらを含め朕の『ルグレ』が持て成そう。宵の前に使いを送る。その時に詳細な時間を伝えるがいい」



 こうして、公国の一角を統べるスジャク公との謁見は一先ず成功に終わった。

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