公国スジャク領『首都ルクド』

「……これは、大丈夫……かな?」

「ふむ。楽観視は出来んが、市内は生活できておるようじゃ。襲撃はあったのであろうが、凌いでいるようじゃぞ」

 公国スジャク公が治める首都『ルグレ』の外観——所々崩れた外壁、応急処置と言った具合に付けられたズレた門——を見て、自然と出た呟きにフィルミナが答えてくれた。

 視線を向けると、いったいいつの間に……彼女の白い手には蝙蝠が留まっていた。フィルミナの固有能力『生命の精製』で生み出したのだろう。


 直接蝙蝠で探ってくれたのか、それならとりあえずは安心かな?



「……とにかく、ルグレに入れるかどうか試しましょう。全軍、前進」

「はっ! 行進を再開する。各自警戒を怠るな」

 エイドさんの命を聞き、ベンジャミンさんが通信石に向かって指令を伝える。各小隊に垂直に掲げられていた旗が、一際高く上がった後に斜めに傾く。ここが全隊の中心であるため、旗の動きが良く見えた。

 それらを確認した後、再び通信石に「前進、開始」と伝える。それと同時、全体が一糸乱れずに前進を開始した。

 エイドさんとベンジャミンさんの近くにいた自分とフィルミナも、釣られるように足を進めていく。


 これが軍の団体行動……改めて、凄い統率と伝達だと思う。

 互いの声や音を伝える通信石。これを用いて伝令を伝える……までは考えつくだろう。しかしその返答に、長い旗を用いて各隊への伝達を一斉に確認する。

 これなら司令部のロスも少なくなる。


「携帯通信石……半径100メートル程度なら、声や音でやり取りができる道具とはのう。しかも混線や誤報を避けるため、返令に旗を使うとは……よく練られておる」

 フィルミナからもお墨付き。

 自分も小隊規模ならとにかく、全体での移動でこれだけ安心できるのは助かる。何より、はぐれたり突出する隊や人員が出ないのが最高だと思っている。






「……エイド殿、向こうも気付いたようじゃ。警戒しておるぞ」

「む、そうですか。気が付いてくれたなら好都合ですね。全隊、停止」

 フィルミナの情報を聞き、エイドさんが停止の指示をベンジャミンさんに出した。ベンジャミンさんも再び通信石を持ち出し、「全隊、止まれ」と各隊に伝える。

 一糸乱れず全体が足を止めた。各小隊から斜めに伸びていた旗が天を突いた後、地面に突き立てるように掲げられる。

 上から下への流れるような指令、見ていて気持ちがいいくらいだ。


「ここからは、相手を刺激しないよう少数で進みます。出ていくのは……私、アラン・ウォルシュ、フィルミナ・テネブラリス、セス・バールゼブルです」

「はっ! すぐにアラン殿に連絡を取ります」

 アランさんは最前線……接敵した場合に、真っ先に戦闘に移る小隊に配備されていたはずだ。

 ……というか、俺も行くの?


「ベンジャミン大尉、ここの指揮はあなたに任せます」

「はっ!」

 うん、ベンジャミンさんなら間違いないだろう。けど、選抜メンバーがおかしくないですか?


 エイドさんにアランさんは分かります。二人ともそれぞれ、軍と冒険者のトップですから。フィルミナも今日までの働きに能力を考えると妥当。見た目で騙されそうだが、エイドさんはそんな馬鹿じゃない。

 その中に何で自分が含まれているんですか?



「お主はいざという時の護衛じゃ」

 どうやら顔に出ていたらしい。自分よりも下の方から、聞き慣れた声で指摘された。そちらに目を向けると、真紅の瞳とかち合う。


「相手がどう出るか、相対するのがどんな者か……全くの未知数じゃからな。もしもの時には、お主の人並外れた戦闘力がものを言うぞ」

「そういうことです。頼りにしていますよ?」

 フィルミナとエイドさん……なんだか、この二人から頼りにされるのはくすぐったい。嬉しいことには違いないが、自分よりもずっと成熟して、頭も回る人格者。

 腕力のみとは言え、頼りにされるのは変な感じだ。


「あと腕力以外に、君の英霊教団の教養も考えてのことです」

「公国は英霊教団の影響が薄いと聞くが……こちらが王国の遠征軍と証明する際、それは頼りになるからのう」


 かつて……と言っても、三ヶ月くらい前までか。テオドール先生を助けたくて、必死に神官を目指した経験が活きるとは……世の中、何がどう役に立つかわからないな。



 まあ、自分が役に立つなら……矢面に立てるなら望むところだ。

 黙ってみているしかないより、ずっといい。

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