スジャク公への謁見

「……なんか、すごくあっさりしてたね」

 前を行く公国軍人について行きつつ、微かに……口もほとんど動かさずに声を出す。

 久しぶりに他の誰か——フィルミナ以外——に聞かれないよう、口の中で語るように話しかける。特に自分達を挟んだ公国軍人に聞かれるわけには行かない。


「うむ、しかし油断は禁物じゃ。気を抜くでないぞ?」

 フィルミナも同じよう、自分にだけ聞こえる程度の声量で答えてくれた。集中した鬼にしか聞こえない、ほとんど口の動きもない『鬼』だけに通じる会話方法。



「わかった。フィルミナも索敵、無理しない程度にお願いね」

「任せておくがよい」

 そこで会話を打ち切り、ちらりと視線だけをひらひら舞う『それ』に向ける。中空を舞うのは、一匹の黒い蝶。

 いつも索敵に使う蝙蝠より伝達が難しく、伝えられる情報量も少ない。だが蝙蝠よりも目立たず、余程おかしな動きをさせない限り怪しまれることはないだろう。


 自分達を中心に、おかしな気配や動きがないか黒蝶で探らせる。何か異変があれば、即座にまとわりついて来るはずだ。









 エイドさん、自分、フィルミナ、アランさんが出て行くと、公国からも数人の軍人が出てきた。赤を基調として、こちらの紺の軍服に比べると随分と派手に見える。


 お互いの挨拶、そして事情の説明……最後にこちらから王国の証書を見せると、あっさりと都市内へ案内されたのだ。さらに今は、スジャク公への謁見を許されて城内を歩いている。

 本隊は門のすぐ外で待つようにされたが、自分達四人がスジャク公に事情を説明すれば、すぐ中に招き入れてくれるらしい。


 ……ちょっと不用心すぎる気がする。

 自分達はドリュアデスの種子が、他人を取り込んで化けることを知っている。それをスジャク公やルグレの人達は知らないのか?


 知っているなら……こうまであっさりと謁見を許すだろうか?



 最悪、『スジャク公』が既に成り代わられている?








「こちらです」

 先を行く公国軍人が示したのは扉、金と赤を基調とした荘厳華麗な鳥——スジャク公の家紋——がデザインされている。


 開く、扉一杯に示された家紋が割れて先に続く部屋を示した。



 そのまま進むが……まさに絢爛華麗にして豪華絢爛。

 家紋に勝るとも劣らない作りの一室だった。



 正直、自分は既に圧倒されていた。

 直接はもちろん、絵画や書物の中ですら見たことのない空間。それに完全に飲まれてしまっていた。アランさんも同じなようで、動揺が伝わってくる。

 それでも足を止めなかったのは、先を行く二人——エイドさんとフィルミナ——が全く臆せずに進んでいったからだろう。


 やがて部屋の最奥、数段繰り上がった王座の前に辿り着く。


 王座を挟むように軍人が二人……いや、近衛兵と言った方がいいだろう。

 鍛え上げられた肉体に、佇まいを見ただけでわかる隙のなさ、何よりそれらをおまけにしてしまうほどの冷たく重い威圧感を発している。




「……セスよ、解るか?」

「ああ。この二人……とんでもない凄腕だね」

 どうにかフィルミナからの問いに返す。

 相対する二人は、確実に自分よりも格上だった。見ただけでわかる経験値と技量の差、鬼の身体能力でも埋められるかどうか……それでも彼女の問いに即座に返せたのは、少し前のやり取り。






『お主はいざという時の護衛じゃ』


『相手がどう出るか、相対するのがどんな者か……全くの未知数じゃからな。もしもの時には、お主の人並外れた戦闘力がものを言うぞ』


『そういうことです。頼りにしていますよ?』




 フィルミナとエイドさん、二人からの信頼。それが自分にちっぽけな意地と溢れる根性を与えてくれていた。


 いざとなれば……自分が盾になって犠牲になる。

 自分がここで犠牲になっても、アランさんが二人に付いていてくれるなら大丈夫だ。それだけで、俺は負け戦でも迷いなく挑める。


 自分以外の三人——フィルミナ、アランさん、エイドさん——を救えるなら、いつでも魂ごと突撃してやる。






「二人……ふーむ、まあよい。あまり気負い過ぎるでないぞ?」

「いや、この状況じゃ……」



「よくぞ来てくれた、朕の盟友たる『王国』からの使者よ」

 玉座の上から語りかけるは、公国の一角を納める大貴族スジャク公だった。

 まだ四十路に届いたばかりらしいが、それに似つかわしくない威厳と貫禄を感じる。纏った衣装も随分大層で豪奢だが、全く見劣りしていない。


 テオドール先生から親しみやすさを薄めて、威圧感を濃くした感じかな?

 多分に身内贔屓もあるとは思うが、そんな印象を受けた。



「朕の名は『フェオン・シンノウ・スジャク』。朕が治めるここ『ルグレ』は、そなたらを歓迎しようぞ」

「スジャク公の寛大なお心遣いに、敬意と感謝を」

 返したのはエイドさん、初老を全く感じさせない優美で華麗な動作で礼の姿勢を取る。見るとフィルミナも同じように礼の動作を取っていた。


 慌てて自分、続いてアランさんが礼の姿勢を取って頭を垂れる。

 落ち着け、圧倒されている場合じゃない。



 ここからのやり取り、それで今後の全てが決まると言っても過言じゃない。今いる自分を含めた四人、都市の入り口前で控えている仲間たち、全員の動向がこの場に懸かっているのだ。


 礼儀や礼節の部分は、エイドさんとフィルミナなら全く問題ないはずだ。だが、自分とアランさんが足を引っ張って、台無しにしては元も子もない。


 せめて最低限の失礼と無礼がないようにしなくてはいけない。



「そう堅くなるな。とはいえ……知っての通り、現在『ルグレ』……いや、公国は中々に難儀な状況になっている」

「はっ、微力ながら私共がお役に立てれば幸いです。我が王国一同を代表し、それに偽りがないことを誓います」

「……ふむ。では少々、朕と話そうではないか」


 典雅で綺麗だけど、王国では聞いたことのない発音と一人称だ。

 たしか王国を治める王族も独特の言葉遣いだったはずだけど……公国もそうなんだろうか?


 それにしても……怖い。

 ここで自分達はおろか、外にいる仲間たちに今後の王国と公国の関係……それが全て、この場に凝縮されている。


 正直、ワイバーンやワームに対峙した時より恐ろしいかもしれない。

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