鬼姫は縁の下の力持ち
「ふむ……順調じゃな」
野営地に並ぶテント、その中でも中心部に位置する一つは、遠征軍の司令部になっておる。そこに集められた地図に各種資料を読むと自然と言葉が出おった。
「ええ。この調子なら数日以内に、スジャク公が直接治める都市『ルグレ』に着くでしょう」
儂の呟きに答えるは初老の男、エイド・ハーヴィンであった。
しっかりとした作りの軽装防具の上からでも解る、鍛えられた細身の体に真っ直ぐに伸びた背筋。人の時間からすると、腰や背筋が多少曲がっていてもおかしくないのじゃが……そんな素振りは全くないのう。
「数日内……油断は出来んが、予定よりは早く到着できそうで何よりじゃ」
「……全く、フィルミナ殿には頭が上がりません。感謝しております」
優美な動作で頭を下げるが……儂の働きなどたかが知れておる。ただ横から助言を少ししただけじゃ。
「大したことは出来ておらん。全ては……総指揮を執ったエイド殿、そして直接戦った軍人達と冒険者達の功績じゃ」
「謙遜を……軍人と冒険者の混成軍、それがここまで噛み合って機能したのは、フィルミナ殿の働き失くして出来ませんでした」
確かに、大まかな案を出したのは儂じゃ。
だが……
「……軍人と冒険者のバランス、そしてその班分け、さらにどのチームをどう動かすか……フィルミナ殿、あなたは……」
「『あなたは』? なんじゃ?」
「あ、いえ……何でもありません。ただ、色々とアドバイスを頂けて感謝を、と」
少し冷たい対応かもしれんが、儂の正体に首を突っ込まれても困る。ちょっと圧をかけておくとしよう。今日までの働きで、多少ならわがままが効くのじゃ。
とはいえ……張り切り過ぎたのは事実かもしれん。
冒険者と軍人。それらで小隊を作る際の比率。
そしてそれぞれの動かし方の助言——軍人は後衛をメインに、冒険者は前衛に構成するように働きかけた。
構成上、冒険者への賞与を高めにしておく。
人民を守る安定した立場の軍人、危険度と比例して高給を求める冒険者……それなら後者を前衛に配し、働きに応じて給金を高く積めばよい。
さらに、最前衛に置くのはアラン殿が率いるパーティの一員を置くようにする。
アラン殿、レベッカ——極めつけに儂の眷属セス・バールゼブル。
この三人中二人は、必ず最前線に配備するようにチームを構成する。
能力的にも性格的にも、非の打ち所がない三人じゃ。こうしておけば、先頭が全体を引っ張る働きが出来るであろう。
最精鋭に全体を引っ張らせて、その場の指揮を上げる。
当たり前であろうが、あの三人の実力を信頼してなければできない戦法じゃな。
逆にジャンナは常にここ、本拠地に置くようにしておく。あやつの紫煙魔術は、防衛に使うのが良い。敵から発見されにくくさせ、見つかったとしても襲撃を察知できるのじゃ。
適材適所じゃな。
……今日以降は少し大人しくするかのう?
しかし、スジャク公とやらの領地がどうなっているか不明……場合によっては、儂が更に出張った方が良いかもしれん。
「お疲れさん……ちょっと、いいかい?」
テントの外より、聞き覚えのある声が聞こえる。エコールで随分と世話になり、ここまで遠征軍の軍医として同行した女医の声。
「どうぞ」
エイド殿が許可し、テントの入り口を潜る様にして入って来たのは……
「ちょっと邪魔するよ。指揮官さん」
浅黒い肌に濃い褐色の髪、纏った白衣がそれらと対照的なデビー殿であった。
パーティメンバーと同じく、儂とセスの正体について知る者……彼女も付いてきてくれたのは心強い。まあ儂らだけではなく、アラン殿もほっとしておるじゃろう。
彼女が同行してくれる。それは『鬼』と『ゴーレム』に“もしも”があった時でも、面倒なく対応できるということを指す。
「これは、ご苦労様です。デビー医師。どうかされましたか?」
「いや、ただの報告さ。先頭に行ってたチームが帰ってきたみたいだよ。何の怪我もないみたいで、はしゃぎながら飯食いに行ってたみたいだね」
先頭……今回はセスとレベッカの前衛、更に後衛は遠征軍の副官ベンジャミン殿が務める弓兵のチームじゃな。
あやつらなら心配ない。逆にあやつらで何かあったとなると……全体が一丸となって事に当たらねばならん、ということじゃな。
「ありがとうございます。しかし、医療チームのあなたに報告をさせてしまうとは……」
「ああ、今日の医療報告のついでに、あたしが持ってきただけだよ。これで全チーム『異常なし』さ」
指揮をする儂らにとっても、治療を担当するデビー殿にとっても、何よりも安心できる言葉じゃな。これで本日の進行も順調……スジャク公が治める首都『ルグレ』は、目と鼻の先となった。
「……ふむ、では儂らも切り上げるとしようかのう」
「ええ、明日は早朝から拠点を撤収し、明るい内に出来るだけ進むことになるでしょうからね」
「んじゃあ、まとめて飯にするかい!」
デビー殿の締めの言葉と同時、食事場所へと向かう。
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