新月、『夜会』にて——後編——
忘れようにも——決して色褪せることがない。
夜空の長髪、宝石が霞む紅の瞳、陶器に生を吹き込んだかのような肌。我が記憶よりは随分と若い……いや、幼い容姿だが間違えることなどない。
2000年経とうとも、我が脳裏に焼き付いて離れぬ!
「……フィルミナ・リュンヌ・ヴィ・テネブラリス」
精神が肉体を凌駕した。
気が付くとその者の名を、言の葉に乗せていた。
「あの、この者達が何か?」
「我が主……如何なされ……ました?」
「ふむ! 名を知る者達でしたか!」
ドリュアデス、ケートス、スパルトイがそれぞれの反応を見せる。だがそれを押し流すように、心の高揚が後から湧いてくる!
そうか、そうだったのだな?
この屈辱の2000年間は、全てはこの時のためにあったのだな?
欠けて戻らなかったはずの欠片、それが嵌まる音がした。
「……スパルトイ、貴公の方はどうだ?」
はやる心を抑え……いや、その心のままに次の『
各々は我が奪った力を与えた臣下である。
「はっ! 同志ケートス並びに同志ドリュアデスと違い、現在拙者らは戦の準備を進めるのみ! 予定を遅らせるは……すでに動いている同志の顔に泥を塗るも同然! そのような真似は致しません!」
スパルトイらしい、矜持と仲間への尊敬を込めた回答に満足感を覚える。
不死の力。それを利用した命は、生前の精神に強く影響を受けると言うが……スパルトイの精神は、我が信を置くにふさわしいものであった。
「ならば、出撃はもう出来ると?」
「はっ! すぐにでも拙者とその軍勢は出撃……いえ、出航が可能です!」
その答えに、さらに満足——いや、それ以上に高揚感が抑えられなくなる。行ける、もう迎えに行けるのだ!
「次の指令を出す。ケートス、貴公は引き続き東の方に当たれ」
「仰せの……ままに」
「ドリュアデス、先の映像に会った連中と対峙した場合……黒髪の幼い女は殺すな。それ以外は任せる」
「……は? あ、いえ! 承知いたしました!」
「スパルトイ、此度の『王国侵攻作戦』の全権を貴公に譲る」
「……なんと!」
そう、そうであろうな。
今までと変わらぬケートスへの命令はとにかく、ドリュアデスとスパルトイの方は驚くであろう。だが止まらぬ。我はもう止まらぬのだ。
「それと……我は公国に行く。スパルトイ、貴公の船一隻と乗組員を借りるぞ。最短で公国へと向かう」
それを聞いたケートス、ドリュアデス、スパルトイ——四人中三人——の動揺が伝わってきた。
当然であろう。
本来なら『王国侵攻作戦』は、我自ら指揮を執ったはずのものだ。更にそれを成した後は、公国——西へと侵攻しドリュアデスと挟み撃ちにする。あとは残った東へと侵攻し、『人間』を征服する計画だったのだ。
それを変更……もとい指揮権の委譲、余程の想定外の事態とみられるだろう。
しかしそれを理解していてもなお、我が渇望は止まらん。
「僭越ながら……此度の作戦変更……の意図をお聞きにしても?」
尋ねてきたのはケートスであった。
直接変更の煽りを受けたドリュアデスかスパルトイが尋ねてくるかと思ったが……まあ、いい。聞かれたのなら、答えるだけよ。
「我が花嫁となるべき『鬼姫』を迎えに行く。それだけのことよ」
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