夜会、退出。

 再び我が前に控える臣下達が驚愕に染まる。

 無理もない。この中で2000年前を知る者は誰一人としておらん。我もわざわざ話したりはしなかった。

 ここに集う『四将種ししょうしゅ』とは、ただ只管にこの世界の覇権、それを握ることだけを目指してきたのだ。


 ……否、一人だけ全く変わらぬ者もいる。


 歪呑わいとんショゴス。

 他の『四将種ししょうしゅ』と違い、我が力を分けたのではなく直接生み出した者。それだけに他の三人に比べ、感情や知性がまだかなり鈍い。


 ……最も、それらがあったとしてもこの状態を維持されたら解らんな。


 ショゴスの容姿、それは光沢を帯びた漆黒の塊である。

 如何なる形にも変わり、時に固く鋭く、時に柔軟に広がり、必要とあれば身体を分けることが出来る。


 いわゆる、不定形なのだ。




「……主よ! 公国へ向かう船と乗組員、たしかに承りました!」

 ショゴスから羽織と袴を纏った骸骨——スパルトイ——に視線を移す。驚愕からいち早く立て直したのは、我が命令を下したこやつか。


「しかし、お時間を頂きたくあります!」

「何故だ? 申せ」

 スパルトイは確かに、『王国への出航はいつでも可能』と言った。その中での船を一隻、我に貸せばいいだけだ。

 乗組員に公国への航海が難しいなら、我が直接指導してやっても良い。



「はっ! ここより公国への航路は、『別たれた龍仙境』がありまする!」

「ああ。かつての龍帝……しろがねに敗れた前龍帝と、その配下がいる小島だな」

 250年前、しろがねが龍帝に返り咲いた。しかしそれを良しとせずに離れた龍の一団……それが前龍帝まがねとその配下達。

 きやつらは龍仙境よりも北西にある小島を根城としている。それを我らは『別たれた龍仙境』と呼んでいるわけだが……



「主であれば何の問題もないでしょう! しかし船と乗組員は別……主に不自由なき船旅を約束するには、練度が足りませぬ!」


 その言葉を聞き、思わず笑みがこぼれてしまった。

 なんとも、こやつらしい……東国の武士と言われる心根か。


「構わぬ」

「しかし……!」

「時に同胞を守るも、『王』たる者の務め。船も乗組員も安全は我が保証しよう。我の配下を脅かすなら、我の邪魔をするというなら……まがねだろうと、しろがねだろうと葬るのみよ」



 そう、我が覇道——力による征服を邪魔することは許さん。

 2000年前からそれは変わらん。



「何と寛大な……承知いたしました! すぐに手配いたしましょう!」

「許す。準備が完了次第、知らせろ」

「はっ! 仰せのままに!」


 逸る、全身と全霊が急かしている。だが抑えろ。

 上に立つ『王』たる者、これ以上自分を律することも出来んで何ができる?


 とはいえ……必要な命令は下した。

 あとは最後……変わらぬ一つ。



「ショゴス、貴殿には変わらずにこの地の警護を命ずる」

 我の言葉に答えるよう、光沢を帯びた黒が泡立つ。そしてその表面に口、を真似たような造形を形作る。

「……は、い」


 微かに、漆黒の不定形で形作られた部分から返答が聞こえた。



 ……まだ、か。

 仕方なし、この後も『四将種ししょうしゅ』自身に任せるとしよう。我が上からどうこう言うより、その方が良い。


「……以上で今宵の我の命は全てだ。何かある者は?」

 四人が四人とも沈黙で答える。



「では、我は休む。この『夜会』の場は残しておこう」

 これもいつも通り、『夜会』の場は月がない夜の間……一晩中続く。その場は放置しておく。その間は我の知るところではない。


 全員が退出しようが、この場は一夜残り続ける。

 それを利用するもしないも、こやつら『四将種ししょうしゅ』の自由としている。共に戦友として語らうも、競う好敵手として火花を散らすも、好きにすればよい。



 大森林から離れられぬ妖花ドリュアデス、広い海でなくては身体が収まらぬ海魔ケートス、両名にとっては気軽にスパルトイらと語らえる場となればよいのだが……

 何より未だにまともな感情をみせない、ショゴスの成長の場となれば文句はない。




 我が『夜会』の場にて、更なる成長を望む。

 次なる世界を統括する——新たな『統治者』に相応しい成長を。

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