幕間劇
新月、『夜会』にて——前編——
今宵は新月、星明りのみが頼りの夜。その夜毎に一度だけ使える我が力。
玉座の感触に身を任せつつ、『夜会』を開く。そこに集うは我が信を得るに相応しい臣下、『
「……よく今宵も応えてくれた。そなたらの変わらぬ忠誠を誇りに思う」
跪く四人に声を掛けるが、全員が頭を垂れたような姿勢を崩さぬ。そう、王の前に出る者とはそうあるべきだ。しかしそれでは報告を聞くのも味気がない。
「面を上げよ、『
その言葉で全員が顔を見せる、ようにする。
変わらぬ面々……今実際に近くにいるのは、『
これこそ我が『夜会』の能力。新月の夜毎に一度のみ、距離を超越した謁見の場を設けることが出来る。
まさしく『王』に相応しい能力の一つよ。
「まずはケートス。東の状況を申せ」
「仰せの……ままに」
全体的に流線形で手足はない。そのかわりに大きな両ひれと尾ひれを持つ。二対四つの金の瞳を二対ずつ分けるかのように縦長の頭、その二対を結ぶかのように裂けた大きな口が引き締められたまま答える。裂けた口を彩るように並ぶ牙も動かない。
さらに本来なら、顔を合わせるには相応の空間が必要な巨体だが……それでも我が『夜会』では、意思の疎通に何ら問題もない。
「……そうか。東はやはり強固か」
「申し訳……ありません」
「構わん。貴様でそうなら誰でも同じよ。変わらぬ働きを期待する」
「はっ、ご期待を……裏切らぬと誓います」
東の海洋国家……2000年前と変わらず面倒な連中よ。
しかし所詮は独立国家、西の公国や中央部の王国と連携をしない以上は恐れるに足らぬ。ケートスの軍勢だけで抑えられているのがその証拠。
いざとなれば、ここに居座っている
「次はドリュアデス。西の情勢を報告せよ」
とはいえ、進まぬ戦略を聞き続けるのも億劫よ。
ここらで順調な報告を聞いておくとしよう。元々西の人間ども——公国とやらに位置する大森林からの進行、万事が上手くいくに違いない。
多少の邪魔が入ってはいるようだが、それは変わらぬ。
「……申し訳ありません。湿地と砦を王国に突破されました」
驚愕、それと感嘆に目を剥く。
あの湿原の布陣を突破されただけでも驚きだが、その先にある砦まで突破されたとは……前の『夜会』の時は万事順調に進んでいたはずだ。
湿原では特別なワーム……ディノワームを25匹、砦にはコボルト30匹にアイアンゴーレムを配備していた。これを突破するとは……噂に聞く聖騎士とやらか?
「僭越ながら申し上げます! 戦に想定外は付き物かと!」
カタカタと乾いた音を鳴らしつつ、
そちらに目を向けると、東国の装い——羽織に袴——を纏った骸骨が頭を上げ、こちらを見て……いや、虚ろに空いた漆黒の眼窩と余の目が合った。
思案に耽っていた頭が呼び戻される。
「いえ、私の見通しの甘さが招いたこと……如何なるお咎めも覚悟の上です」
下げていた頭を一層深く下げる深緑の妖女。長い蔦の髪を彩る種々多様の華も、それに合わせて動く。大きさや色合いを無視すると、着飾った貴婦人のようなドリュアデスは慇懃な姿勢を崩さない。
これは……ただの思案の沈黙が不機嫌と取られてしまったか。
「まずは……同志ドリュアデスの報告を……聞くべきかと」
今度は先程報告を終えたばかりのケートス。
牙が並んだ口は動かぬが、しっかりとこちらに意見を伝えてくる。
言われるまでも……というより、元より我は
「許す。ドリュアデス、仔細の報告……いや、『種子』の情報はあるか?」
自我が薄く、故に同調させやすい植物の特性を利用した力である。
2000年前に奪った『力』の一つ、ケートスが水棲ならドリュアデスには植物の力を持たせたのだ。
「はっ。断片的になりますが、湿原と砦を突破した五人の情報を得ています。お望みならば、すぐにでもお見せ出来ます」
流石に種子が見聞きしたものすべては受け取れぬか。いや、そうでなければいかんな。種子の情報全てを受け取っていたのでは、
「許す。今宵の『夜会』に反映させるぞ」
「はっ、御心のままに」
再び頭を垂れた
これも『夜会』の特徴の一つ。
参加した者の頭にある記憶や情報を映像として映すことが出来る。非常に利便性が高いが、それだけに誓約はある。
まず一つ、『夜会』に参加できる——我に忠誠を誓っていること。
二つ、その者の同意を得なければならない。
三つ、映す記憶や情報の精度はそれを持つ者の記憶力に左右される。
ドリュアデスなら何の問題もない。
忠誠と同意は前の通り。記憶力に関しても、大森林のほぼすべてを支配下に置いてなお種子を使役出来るのだ。
我と『
初めに出たのは……人間の若者。
若い……いや、若すぎる。人の範疇からしてもまだ若造、少年と言われるような年齢だろう。人では老いの象徴とされる白の毛色だが、それを全く感じさせない。映し出される戦いぶりは、年不相応に見事と言える。
だがそれよりも目を惹かれたのは……紅蓮の瞳。
これは……偶然か?
人の一生はガラス細工のように脆く儚い。故に世代交代も早く、それによる進歩も侮れん。こいつの瞳の色もその類である可能性はある。
赤——深い、紅蓮の瞳。
今は亡きはずの種族、『鬼』の証明。
次に映ったのは黒髪黒目の男、先程の赤目の奴よりも年を経ている。
こちらも人にしては随分と練り上げられている。特別なものはないようだが、それだけに侮れん。
次は女、赤毛に空色の瞳。
こいつもなかなかに見所がありそうだ。鍛えた剣技に、人が持つ『恩恵』を組み合わせている。だが……今の人の世で大成は難しい。
我が生きた2000年前なら、『極位』の到達も出来たかもしれん。
次も女、灰の髪と瞳に眼鏡という道具を付けている。
惜しい……こいつも2000年前なら、魔術の『極位』を目指せただろう。そして、歴史に名を残す術師も夢ではなかったろうに……
そして、最後。
我が目を疑った。
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