攻城戦——決着——

 心に写るままに身体を動かす。

 右に持った刀が切る、左で振る刀が裂く、共に流麗な剣閃を絶え間なく生み出し続けた。それが——前後左右、上下から迫る——触手を切り裂く。合間に振るわれる大鎌を捌く。

 切り裂いたそばから触手は再生していった。

 大鎌は堅く、この状況で断つのは難しい。


 だが、これでいい。

 視界の端に映り続ける蝙蝠の挙動を見て、そう確信する。

 こっちには余裕がある。



「……この、!」

 縦横無尽に触手を振るい、合間に大鎌で刈り取ろうとするドリュアデス。こいつは湿原の奴より、直接的な戦闘に特化しているらしい。硬質な触手、さらに頑強で鋭い鎌、今日までこの嵐のような連撃に対応されたことはなかったのだろう。表情からもムキになって、もはやこちらしか見えていないことが分かる。

 しかもこちらは息一つ切れていない。それが余計に奴を苛立たせている。


 静かに、冷たく、それでいて正確に整えた呼吸と共に——刀を振るう、剣閃が走る。

 身の躱しと共に——刀を振るう、剣閃が走る。


 自分を殺そうとする全てに対して——刀を振るう。


 剣閃が——走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る!



 詰め寄ろうとすれば出来る。

 ただしこちらも多少、手傷を負うだろう。


 間合いを詰めて仕留めようとしない理由は、それだけだった。




 すでにこいつと打ち合い始めてから20分と言ったところか。

 蝙蝠の挙動といい、ドリュアデスが熱くなって自分に固執し始めていることといい、作戦通りに進んでいる。あとはみんな次第だけど……


 その思考に応えるように蝙蝠の挙動が変わった。

 緩く横8の字を描くように飛んでいたが、急上昇からの急下降を繰り返し始めた。事前に示し合わせていた『合図』だ。あとはこちらが仕掛けるタイミングだが、すぐにでも可能だ。

 多少の無理をすれば潜り込んで、勝負をかけることも出来た状況だったのだ。それに比べれば仕掛けを放って、釣りに引っ掛けることなど容易である。



 そして、合わせる——大鎌の一撃、ここだな。

 わざと“受け損なって”刀を弾き飛ばされる。右手にあった刃が手を離れて虚空を舞った。一応『しまった』という表情を作ってみたが……効果はあった。

 ドリュアデスの顔が愉悦に染まる。


「もらったぁ!」

 ここまで攻め込まれ、相対しても凌がれ続けたフラストレーションをぶつけるかのように、全ての触手を素直に差し向けてきた。暴風雨のように降り注ぐ蔦の槍。

 両手の大鎌もこちらを左右から薙ぐように交差させてくる!


 ……捌ける。

 そもそもが『操血術』で作り出した刀だ。弾き飛ばされたからと言ってなんだというのか、次の瞬間には新しく同じ刀を精製すればいいだけだ。そうでなくても身体強化に思い切り振って、全力で後退すれば無傷で離れられる。仕切り直せばいいだけ。


 勝利を、串刺しにして胴を両断される自分を思い描いたのだろう。ドリュアデスの笑みがさらに深くなった。一つ一つの挙動、それらがコマ送りのように流れる。

 末期の瞬間というにはあまりに余裕があるし、逃げようと思えば逃げられる。


 これが——勝利の余裕、かな?



 瞬間、全ての触手と一対の大鎌が断ち切られる。



 自分とドリュアデスの間、そこに処刑を司るような刃が舞ったのだ。大きく、冷たく、しかし流麗で見事な太刀筋が九つ閃いた。

 突如として現れたように見える処刑の剣閃、それが勝利の勝鬨であるはずの触手と大鎌を全て切り捨てたのだ。

 しかもそれらは再生しない。

 決して癒えず、どころかかすり傷ですら致命傷へと変える『侵蝕』の斬撃。


 ドリュアデスからすると寝耳に水だったろう。

 だが冷静にあたりを見ればわかる——すでにここ、練兵場は“煙”に包まれている。


「……悪いな」

 まあ、それらをわざわざ教えてやる義理はない。


 呆気に取られているドリュアデスの意識が戻るが、遅い。

 数歩横に移動し、相対していたドリュアデスから軸をずらしてやる。これで終わりだ、ドリュアデス。お前が俺一人に執着し、他の魔物や状況を一切考えなかった時点で詰んでいた。


「俺たちは、『パーティ』なんだ」

 自分がさっきまでいた位置、すぐ横を疾風が通り……旋風の暴力がドリュアデスを断ち切る。


 肩越しに風が来た道に視線を向けると、自分よりも頭一つは大きい巨漢が長斧槍を振り抜いていた。『旋風の武人』に違わぬ、見事な技量による一閃を放ったのだ。


「お前が殺した……プンクト砦の人達に詫びてこい」




 作戦はいたって単純。

 自分が特攻して敵戦線の消耗と攪乱を担当する。それに成功したら、後続——アランさんとレベッカの戦闘部隊が、ジャンナとフィルミナの援護の下で攻勢をかけるものだ。

 言うまでもなく、自分がしくじれば作戦自体おじゃん……自分自身はもちろん、進行次第ではパーティ全員を危険にさらすものだ。


 だが自分は鬼だ。

 それもただの鬼ではなく、鬼の姫であるフィルミナに直接指導してもらった吸血鬼である。今日までの特訓で自信があった。

 失敗したとしても撤退できる。自分が殿になって全員を助けられるという確信。


 事実アイアンゴーレムに相対した時も、コボルト共を屠り続けた時も、プレッシャーなど全く感じなかった。いざとなれば自分が最前線に立ち、全員を生還させてみせるという自信はまるで揺らがなかったのだ。



 活きている。自分を信じて指導してくれたフィルミナの教えは……しっかりと自分の力になっている。

 そのことを誇りに思う。



「セス様! ご無事ですか?」

「ああ、大丈夫だよ。レベッカ、ナイス!」

 数多の触手と大鎌を断ち切ってくれた、赤毛の女性の呼びかけに答える。と同時、手のひらを向けるようにして軽く上げる。

 レベッカが一瞬、呆気にとられたような顔をしたが……


「ナイス、です! セス様!」


 すぐに笑顔になって、こちらがあげた手に軽く打ち合わせてくれた。



「……全く、湿原の時といい本当にとんでもねぇな。お前」

 背後から聞こえてきた野太い声、振り向けば旋風の暴力でドリュアデスに止めを刺したアランさんがいた。

 軽く拳を向けつつ、こちらに歩いてきていた。


「けど、ナイスだぜ!」

「……はい!」


 差し出された拳に、自分の拳をこつんと軽くぶつける。



「いやー……セスっち、つくづく味方で助かったっすよ」

 今まで影も形もなかったはず……紫煙から現れた黒のローブと三角帽子を纏ったジャンナが出てきた。


「ひょっとして、怖かったかな?」

「全然っすね。心強い以外の感想がないっすよ」


 互いに挙げた両手を、軽くパンッと音が鳴る程度に合わせる。



「うむ。儂も相方として鼻が高いぞ!」

 ジャンナと共に出てきた……長い夜空の髪に小柄で華奢な体躯を持つフィルミナ。自分を指導してくれた彼女から見ても、自慢に思ってくれる出来だったようだ。


「これで、ちょっとは汚名返上になったかな?」

 正直ちょっと気にしていた。

 龍帝しろがねに完敗し、湿原では情けないことに彼女に助けられた。いくら伸びているとはいえ、結果を出せていなかったのだ。


「……汚名? 阿呆かお主は」

「え?」

 フィルミナの誇らしげだった表情が一瞬で曇った。

 眉間には皺が寄り、溜息が出ないのが不思議なほどに呆れかえっている。



「最初からそんなものは存在せん。むしろ逆……いつだってお主は儂の、予想や期待を遥かに上回っておる」


「自信を持つがよい。お主を——『セス・バールゼブル』を相方と出来たことを、儂は誇りに思っておる」



 ふんす、と聞こえてきそうな勢いでフィルミナが拳を出してくる。ただし肘を90度近く曲げており、手の甲がこちらに向いている。


「……!」


 胸の中が、満ちていく感覚。

 その感覚のまま膝を曲げてフィルミナと視線を合わせ……自分の肘を彼女の肘とをクロスさせる。


 そうして、どちらからともなく笑った。

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