攻城戦——相対する本命——

 当たらない。

 その確信——いや、飛んでくる矢が描くであろう軌道、自分が進む速度、それらを考えると誰でも分かる。持っている武器は正式軍の上等な物でも、腕がお粗末すぎる。

 弓矢よりも修練や扱いが簡素とは言え、駆け寄って棍棒でぶん殴るのが普通のコボルトだ。連中にクロスボウは過ぎた道具らしい。

 これなら噂に聞く、火薬の燃焼で鉛玉を撃ちだす——『鉄砲』——という武器が出てくる心配もないな。


 ここまで考察した時点で、すでに標的を射殺す矢は遥か背後に過ぎ去ってしまっていた。


 比べてこちらはコボルトの金眼、それが戸惑いに揺らぐまでを捉えている。

 前へ、止まらずに。

 それと同時、手にした十文字槍を自分の体の一部であるように振るう。



『炎舞』

 十文字槍の薙ぎ払いでコボルトを切り捨てる。しっかりと肉と骨を断ち、命を奪う感覚が伝わってきた。黄土色の獣毛も意味を成さない。

 突けば槍、引けば鎌、薙げば斧とは本当によく言ったものだと思う。



 さらに視界の端、そこに欠かせてはならないものを映し続けるのを忘れない。

 優雅に離れたところを、だがこちらの視界の入るように空を舞い続ける黒い翼。それに変化がないことを確認する。

 蝙蝠の合図を見落としては本末転倒だ。

 いざとなれば即撤退、または後詰めまで引いて、戦力の削減に集中しなければならないのだ。僅かな変化や合図でも見逃すわけにはいかない。


 ……向こうも上手く動いてくれているな。


 口には出さず、心の中で呟く。

 なら自分のするべきことは変わらない。このまま進み続ける!


 何の不自由もないまま、思い描いたままに身体を動かし、迫ってくるコボルトを薙ぎ払い……その隙をついてきたもう一匹の長剣を躱す。

 踏み込み、足捌きと身の捻りと腕を合わせて——微かな手応え。ここまでにも幾度も感じた、標的を鋭い刃で斬り捨てる感覚を確かめる。


 それでも足を止めない。砦をひたすらに進み続ける。



 これでアイアンゴーレムにコボルト……さっきの二匹と合わせて計11匹。

 自分が提案して請け負った仕事は、すでに大部分をこなしている。あとは、『本命』さえ抑えられれば……!




 こちらの心の声に応えた訳じゃないだろう。だがそれを図ったかのように、髭を蓄えた中年軍人が控えている。

 進む道の先、開けた場所の奥に控えているのが見えた。遠目だが、吸血鬼の視力でしっかりとその姿を捉えている。

 30代の後半、軍の制服に身を包んでおり、見ただけでは砦の偉い人にしか見えないが……自分はそのカラクリを、その姿の正体を知っている!



 開けた場所——おそらくは練兵場——に入り、均された土を踏みしめる。その中央に佇む人物に向けて駆け続ける。そして……

「ドリュアデス!」

 そいつの正体を叫んだ。


 瞬間、口元が歪な形を作り身体が一気に膨らむ。

 身に着けていた軍服も軽装防具も引き千切り、薄緑色の肉が膨張していく。短く整えていた髪も深緑に染まると同時、地に着くほどに伸びた。



 ……前と形状が違う!

 人型の、ドレスを纏った貴婦人のような姿に違いはない。だがその両手には、不釣り合いに大柄な刃を構成していた。肘あたりから、獲物を切り裂き捕らえるかのような——カマキリを彷彿とさせる——鎌になっている。

 そして髪を思わせる触手、そちらには花がない代わりに堅そうな光沢を持っていた。


 思考と観察を続ける間も足を止めてはいない。あと七歩——いや、五歩でこちらの間合いに——!


 ドリュアデスが頭を振り回し、深緑の触手と化した髪が矢のように迫ってくる!

 クロスボウよりは遅い、だが数と密度が比べ物にならない!


『炎舞』

 全身の力を無駄なく伝え、十文字槍で蔦の触手を払いつつ進む。色々な意味で、コボルトよりも余程気楽に薙ぎ払える。

 どうせ再生もするんだろう?


「ここに来たってことは、湿原の奴らはやられたのかしら?」

 髪の触手を間断なく差し向けつつ、カマキリの腕を持ったドリュアデスが問いかけてきた。

 全身の力を無駄なく槍に乗せ、蔓の槍を薙ぎ払うが……やはりすぐに再生してしまっている。



「だったら、なんだ?」

 だが再生しようと関係ない。

 この程度なら対処に何の問題もないからだ。全て見えている。

 歩みを止めず——散歩程度の速度になってしまったが——ドリュアデスへ、間合いを詰めていく。

 あと、四歩。



「驚きねぇ。人間があれを突破できるなんて……」

 余裕を見せるように、口元を吊り上げて笑みを浮かべるが……下手糞だな。動揺を隠しきれていない。触手の攻撃も止んでこそいないが、多少乱れている。

 ここまで一気に潜り込まれたこと、触手を難なく捌かれていること、この二つで動揺しているのだろう。油断なく両手の鎌を構えつつ、攻撃以外に残った触手も防御と次の一手に動かしているようだ。

 あと、三歩。



「ああ、随分苦労したけどな」

 変わらず触手を捌きつつ、余裕たっぷりで返答してやる。

 圧を相手に与えるため、いや……実際に余裕もあるので、そのままに続けるだけでいい。『本命』ことドリュアデスの種子を抑えた。

 ここだけで目標は達成だが、もう一押ししてやりたい。このあとに来るみんなのため、少しでもこいつの注意をこちらに向けておきたい。

 あと、二歩。



「そう、じゃあ……休みなさい!」

 ドリュアデスの気合いと共に放たれた『次の手』——地を潜って、背後からの触手——が迫る。


 だが見切っている。


 軽く身を捻り躱した後、槍を振るって同じように処理する。正面から来ていた触手と同じように、数本の深緑が宙を舞った。

 映る視界の隅々まで、踏みしめる大地の震動から、震える空気の脈動を、全てから相手の挙動を感じることが出来る。五感、鬼はただでさえそれが鋭いが……操血術で信じられないほどに高めることが出来ていた。

 あと、一歩。



「ああ、お前を倒した後でな」


「——はあぁっ!」



 間合いに入る直前、ドリュアデスが両の腕こと鎌を振るってきた。これだけなら捌いて間合いに捉え、仕留められたが……そう簡単ではない。



「図に乗るなぁ!」

 『次の手』を躱された焦燥とこちらの態度、それを振り払うかのように触手を全て攻撃に差し向けてくるドリュアデス。さらに両手の鎌で、一撃必殺も狙ってくる。


 今までとは段違いに密度が濃い触手、それと高威力の鎌!

 波状攻撃!



 これは……槍じゃきついな。

 判断した時には、すでに身体は『それ』を扱うよう動いていた。操血術は、それより遥かに速く正確に終わっている。



 薄く、鋭く、いっそ脆いほど繊細に。しかし決して折れず曲がらずに。二刀が自分の手に握られていた。

 細く薄く鋭い、曲線を描いた刀身、刃に写る波の紋。それが二振り、自分の右と左の手それぞれに一刀ずつあった。



「『図に乗るな』か。乗らせないように、出来るか?」

 精一杯煽れるよう、表情を作って言葉をぶつける。当然、その間も手は止めていない。というより……演技でもなんでもなく、自然と挑発できるように振る舞えていた。


 二刀で手数が増えた安心感以上に、心が落ち着いている。


 ここまでで、自分が想像よりずっと先——遠い彼方と思っていた領域まで辿り着けている、と自覚出来たのが大きい。

 静かに澄んだ水面……それが自然とイメージされるほどに、精神が安定している。



「小僧! 死ねぇ!」

 憤怒の表情のまま、触手と鎌でこちらを攻め立ててくるが……こちらは酷く冷静だった。いっそ残酷なほど、相対するドリュアデスも、自分たちがいる空間も、自分自身ですら、心に写ったかのように見て取れる。



 ……触手も鎌も捌いて、切り捨てられるな。

 冷たい声が頭に響いた。


 けど……無傷では厳しいと思う。


 成功確率は三割ってとこか。やるか?


 いや、駄目だ。このままこいつを抑え続けるだけにする。


 ……それが無難だな。



 視界の端に映り続ける黒い翼、蝙蝠も変わらない。

 こちらの仕事はほぼ終わった。



『水鏡』

 どこまでも研ぎ澄ませ、落ち着けた心を凪のように、鏡と見間違う澄んだ水面のように。

 それにより感じる情報……視覚、聴覚、触覚、嗅覚から得たものを反映させ、自らの心に写す。相手がどうするか、どんな環境か、自らがどう動くか。

 いや、違う。

 自らが行動することで、相手を動かすように、空間もどう動くか把握して状況を支配する。それによって、手にした刀はどこまでも自然に、それが当然と言わんばかりに的確に軌跡を描き続ける。


 それが『水鏡』


 わざわざ危険な勝負に出る必要はない。

 ここでひたすらに刀を振るってこいつと踊っていればいい。

 それで、こちらの勝ちだ。

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