王国と英霊教団
「ここからは、ちょっと歴史も入ってくるけど……国としては、一宗教にそこまで大きくなってもらうのは喜ばしくない。だから王国側も、手を打つことにしたんだ」
「……宗教が必要以上に肥大化した先は腐敗、そして混沌と決まっておるからのう」
うーん、本当に話が早い。
自分達の時代ではあまり馴染みがない、教科書での知識しかないが……フィルミナの時代ではまだそう言った出来事があったのかもしれない。
「けど王国側も馬鹿じゃない。禁教令で弾圧するようなことはしなかった」
「力づくで押さえつけようとしても、反発を生むだけでしょうからね」
「うん、だから……『神殿』に誰でも通えて、学んで、自分で考えていけるような教育を施す施設って側面を持たせた。もちろん、主な教導役は王国推薦の人達でね」
そして見事にそれは成功した。
現に自分たちもその親も、そのまた親の世代も……『英霊教団』はあくまで王国での主流の宗教、という考え方が浸透している。
信仰の義務や強制はない。
「魔物の脅威がなくなることによる平均寿命と出生率の上昇、安定した教育による文明の向上、さらに『英霊教団』の狂信を抑制……成程のう」
「その通り」
自分にもここまでの頭の回転があればな……と、ないものねだりが頭を掠めるが見ない振りをして話を続けていく。
「こうして『神殿』は名義上、『英霊教団』のものだけど……実際は王国公認の教育施設として見られることになった。だから『神殿』は、神殿として見られるのがほとんどなんだ」
「ふむ……神殿での『英霊教団』は、実質形骸化しておるというわけか」
「一応『英霊教団』は『王国』の主宗教で、一般教養としては習うっすけどね」
自分が目指していた『神官長』、よく自分たちの面倒を見ていた『神官』……これらの役職は全部、『英霊教団』が一手で管轄していた名残だ。
「しかし……教育は重要じゃが、『英霊教団』が全く反発しなかったとは思えんのう。新たに加わった信者などは余計じゃ」
本当に鋭い。
そう、当初は『英霊教団』も反発した。
教団側からすれば当然、現地で布教して神殿も立ててこれから……という時に、いきなり国から「ここ教育施設も兼ねるし、うちらが主に管理するからよろしく!」となれば文句の一つも言いたくなるだろう。
つまり……
「流石だね。極めつけは、王国が『神託の儀』を神殿に備えることを約束したんだ」
それを黙らせ、納得せざるを得ない条件がもう一つあったということだ。
「『恩恵』……成程、納得じゃ」
「そう。各地で『神託の儀』が出来るようになって、『恩恵』を授かる確率も大幅に改善された。それまでは、誰か一人でも『恩恵』を賜れればよかった方だった」
『恩恵』の強力さは知っての通り。役立たずと思っていた自分の『半減』ですらも、凄まじい潜在性を秘めていたのだ。
これに目覚める人が格段に増える、教団も黙るしかない。
まあ、こんなことは大っぴらに書物やらには書けないだろう。
端的に言うと『王国はいいように英霊教団を利用し、恩恵含めたその他諸々を餌に見返りどころか、信仰の拡大すら水に流した』ということである。
英霊教団の面子、王国の評判、そしてそれを手放しで喜んだ住民たちの責任……それら全てを揺るがしかねない。
もしそれを書物に書いて出版する者が居たら、余程の鈍感かただの馬鹿か……
「各地に神殿が出来て毎年一人は確実に、運がいいと二、三人は選ばれる」
各地の神殿の建設、建設した教団への対応、王国全土への影響……非の打ち所がない立ち回り。実際、この時代の国王は『賢王』として、教科書にも載っている。
「……ふむ」
今度はフィルミナから鋭い推察がない。
腕組から顎に手を当て、考え込むような姿勢を見せる。
……何か気になるところがあっただろうか?
あるとすれば……結界の真実を、どれだけの人が知っているか。とかかな?
「詳しい、のは当然っすか。セスっちは神殿守っすもんね」
ジャンナの言葉、何気ない……ここまで語れば、誰でも出てくる指摘だろう。嫌味でもなんでもない、ただの把握。
「『元』だけどね。さっきフィルミナが話してくれた通り、恩恵に目覚めてからは例の貴族に引き取られたから」
少し……ほんの少し、小さな棘が刺さったような痛みがあった。
嘘で誤魔化すが、自分が辿った結果には変わらない。
「セス様は、神殿守を続けられなかったこと……未練がございますか?」
レベッカが、青空の瞳に……思いやりの光を灯していた。
知らずの内に顔に出てしまっていたかもしれない。
叶うなら……『神官長』になりたかった。
テオドール神殿長と彼女、カリーナを助けてあげたかった。
だが、その決意は二度と果たせない。
あの時の夜明けで、『セス・アポートル』は死んだ。だからこそ、それまでの願いを込めていた髪を切り捨てたのだ。
果たせない約束も願いも切り捨てた。
「……ちょっと前はそうだったけど、今は『これで良かった』と思っているよ」
素直な気持ちだ。
薄明の空の下で、捨てられただけの『セス』に戻るはず——だった。けど、鬼の姫に手を差し伸ばされ、『セス・バールゼブル』という鬼になれた。
グレンさんとロレンタさんの優しさに救われた。
アランさんに出会って、冒険者になれた。
レベッカとジャンナのパーティとして、友人として共に居られる。
鬼でも怖がらずに、診てもらえるデビーさんのことも知れた。
フィルミナの……孤独な鬼の姫の、支えとなれる。
そのことに後悔はない。
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