神殿と英霊教団
「して、話の続きじゃが……」
場を改めて取り直したのはフィルミナ、相も変わらずに静かで通る声だ。
「アラン殿、お主が『ゴーレム』となった経緯を話すことは出来るかのう?」
話が何となくいい雰囲気で終わりそうだったが、それだけで終わるわけにはいかない。アランさんが『ゴーレム』ということはわかったが、まだそれだけなのだ。
「……マジで知ってんだな、フィルミナ嬢ちゃん。ちょっと待ってくれ、今まとめる」
ふと、今の会話に違和感を覚えた。
……『話すことは出来るか?』、『マジで知っているんだな』、か。どういう意味だろう?
しばしの沈黙を挟んだ後、アランさんが口を開く。
「……俺は、大森林で死にかけた。当時のパーティも全滅したんだ。そこで、『ゴーレム』にして助けてもらった」
口を挟まず、そのままアランさんの話を聞くが、概要としては何もおかしくない。簡潔かつ簡単に、用件を伝える内容だ。
「ふむ……お主に深手を負わせたのは、ドリュアデスかのう?」
「ああ、そうだ」
「『ゴーレム』のことについては、なった後に聞かされたのかのう?」
「そうだ」
フィルミナからの質問に答えていくアランさんだが……
「それを話してくれたのは、お主を『ゴーレム』にした者か?」
「…………すまねぇ、答えられねぇ」
「『ゴーレム』にしたという者は、『人』であったか?」
「…………答えられねぇ」
やはり、答えられないものもあるようだ。だがその断り方というか、話し方というか……また変な空白が挟まっていることに、違和感を覚えた。
「ふむ、『ゴーレムの契約魔術』。見事なものじゃ。術者は儂が知る中でも、五指に入るかもしれんのう」
契約魔術? ゴーレムの……?
ただでさえ、そちら方面に疎い自分には荷が勝ちすぎる。ここは素直に聞かないと……
「ゴーレムの……『契約魔術』、ですか? どんなものでしょうか?」
自分の代わりとでもいうように、レベッカが尋ねてくれた。彼女も本業は剣士、相方が魔術師と言え、そちら方面には明るくないのだろう。
「簡単に言えば、『契約を結ぶことで効力を発揮する魔術』じゃな。恐らくじゃが……アラン殿が『ゴーレム』になる際、『術者のことは一切話してはならない』という契約がかかっておる」
フィルミナの回答に、レベッカがジャンナを見るが……
「とんでもないっすね。聞いたことすらない術式っす」
軽く首を振った後、ジャンナが付け加える。
「うむ。『契約魔術』は、効力を発揮するために約束……契約を結ぶ必要がある。しかしその分、契約を結べば様々な奇跡を起こせるのじゃ」
「うーん、あたしの煙管で発生させた煙を増幅させて変化させる。『紫煙魔術』とは桁外れの発想と術式っすね」
なるほど。
ジャンナの紫煙魔術は、『煙』であるという根本的な部分からは逸脱できないのだろう。視界の阻害や攪乱、音の反響操作……大気に細かい粒子がある状態『煙』を理解して使役する。
契約さえ守れば、生命の補助すら土で代用する……常識外れにも程がある。
「じゃあ、今回の『ゴーレムの契約術』って言うと、どんな約束になるんだい?」
「『ゴーレムにする代わり、この要求を呑め』、といった物であろう」
デビーさんの率直な問いに、素直に所見を述べるフィルミナ。
うん、わかりやすい。
「んじゃあ、こっちのデカブツもそういう契約をしたわけだ」
「うむ、アラン殿が交わした契約は……『ゴーレムにして命を助ける。ただし、術者に関しては一切話してはならん』と、大雑把に言うとこうじゃろう」
アランさんとの話とも合致するし……会話の違和感も納得できそうだ。
『……あ、いや! 合ってるぜ! …………説明と同じだ!』
『…………すまねぇ、答えられねぇ』
『…………答えられねぇ』
あの変な空白は、術者に関することなんだろう。
本人が喋ろうとしても、話すことが出来ない契約……
なるほど、筋は通っている。と思うけど……まだなんか違和感があるな。
「今の基準から大きくかけ離れた力……確か『神殿』では、まとめて『魔性の力』とするのであったな? セスよ」
急に話しかけられ、意識が思考から一気に戻った。
「あ、ああ。今認められている力は主に『恩恵』と『神殿に登録されている魔術』で、それ以外はそう呼ばれている。あと、正確には『神殿』というか……『英霊教団』の教義だね。
不意の質問だが、これでも神殿守としては優秀な方だったのだ。これらの応答の類は、寝惚け眼でも答えられる自信がある。
「それなのじゃが……『神殿』は『英霊教団』が主に管理しておるのじゃろう? 何故それぞれ別というか、『神殿』のほうが周囲に馴染んでおるのじゃ?」
そうか、自分達は周知のことだけど……本のみで知ったフィルミナからしたら不思議だよな。
「そうだね……まず、フィルミナは『神殿』の効力は知っている?」
「うむ、魔物除けの結界じゃろう? ドリュアデスによると、強力な魔物は防げんらしいがのう」
「とりあえず、そこは置いておこう。フィルミナの言う通り、神殿の主な役割は魔物除け」
肯定、として頷いてから話を進める。
「それは全部の町や村にも置かないといけない。だから、最初は王国が『英霊教団』に『神殿』の建設を押し付けたんだ」
「主要な町や都市だけならとにかく、田舎や辺境までは流石に手が回らんかったか」
流石に理解が早い、その通りだ。
国主導だと中心部はともかく、どうしても末端への働きかけが鈍くなる。そこを補うために、『英霊教団』を使ったというわけだ。
「当時の話だけどね。国が援助しつつ『英霊教団』が主導で辺境や田舎の村にも、『神殿』を建設するよう進めていった」
「成程のう。人心を纏める、その土地の民を動かす、どちらも宗教は適しておるな」
こっちが補足する前に細かいところに気付いてくれるから、話がサクサク進むなあ。
国よりもフットワークが軽い上、現地の人達にも馴染みやすいから協力を得られやすい。その点からも、辺境や田舎にも次々と『神殿』が建設されていった。
「その甲斐あって、各地で『神殿』が建設された上に田舎や辺境の把握にも役立った。『英霊教団』は名実ともに巨大化していったんだ」
「『英霊教団』が国教になった出来事……『神殿巡業』ですね」
レベッカの補足に、頷いて肯定する。
恩恵を持っている彼女も多少『神殿』と『英霊教団』、『王国』の関係に覚えがあるらしい。
そして、この後は『王国』が発展してきた理由に繋がるわけだ。
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