話を戻し、これからのことを

「ふむ……ちと話がズレたが、お互いの事情はこんなところかのう」


 言われてみれば、お互いが何者かって話だった。

 いつの間にやら『英霊教団』と『神殿』、『王国』の話になってしまっている。



 ……?

 なんだろう、何か引っかかる。そもそも、話がズレたのは……



「儂らは世界に残った最後の『鬼』、アラン殿は失われた技術『ゴーレム』、それだけであったということじゃ」

 フィルミナの締めの言葉。


 あと少し……あと少しで何か引っかかりが取れそうな気がするんだが……


「……他に疑問や聞きたいことがあれば、言っておいた方が良いぞ。特に、目覚めたばかりのお主はな」


 真紅の宝石——フィルミナの視線がこちらに向いた。思考が途切れる。

 それと同時、『……あっ!』と出てきた。


「そう言えば、俺って死にかけたんだよね?」

「うむ、お主は瀕死であった。放っておけば宵のうちは越せなかったであろう」

 自分がワームに齧られて、死にかけた時にはすでに黄昏だった。湿原からエコールまで、どう急いでも3時間はかかる。

 動けない、重症の自分を運んでとなるとさらに時間はかかるだろう。数時間……4時間は越える。

 確かに宵のうち——18時頃から21時頃——はどう考えても超えるな。


「じゃあ、デビーさんのところまでは間に合わなかったよね?」

「うむ、そのままなら死んでおったな」

 腕組をしたまま、あっさりとフィルミナが頷いた。

 何でもないことのように言うなぁ。だけど……

「それなら、どう「再び儂の血を分けてやった、感謝するがよい」

 こちらの言葉を遮るように答えたフィルミナ。また彼女に助けてもらったのか……情けない。



「まあ、眷属の面倒を見るのは主人として当然じゃ。いや何、別段感謝も負目も感じる必要はないぞ。儂が自ら決めてやったことじゃからな? そもそも、お主がおらん方がずっと困るのじゃ。分かっておろう? お主にはまだまだ、儂の身を守って貰わねばならんのじゃ。分かっておるな? 分かっておろうな?」



 フィルミナが腕組みを解かないまま、何度か頷きながらまくし立ててきた。口を挟む隙が全くない。

 それに対し、何も言えずにいると……

「難しく考えるでない。儂はお主が必要だから手を尽くした、それを気にする必要はない、ということじゃ。これなら分かるであろう?」

 分かる、けど……何だろう、この強引さ。

 何故か彼女の頬も赤くなっている?


「分かるか、分らんか、どっちかで答えるがよい」

「あ、いや……分かるけど……」

「ならば、これでこの話は終わりじゃ」


 なんだろう、フィルミナらしくないと言おうか……説き伏せるでも煙に巻くでもなく、ただ強引に流してしまおうとしているように聞こえる。


 ちら、と他に視線を向けると……ニヤニヤと笑っていたアランさんと目が合った。それに気が付いたアランさんが、さらに笑みを深くした。


 違う方に視線を向けると……凄まじいプレッシャーの笑みを浮かべるレベッカが居た。さらにジャンナからも……何とも言えない不満げな目線を向けられている。口はへの字だし、何だろうこれ?

 俺は何もしていないよね?


 なんなんだ?


 というか……これがさっきの違和感の正体なんだろうか?

 どうにも、他に何かあるような気がする。



「他に何もなければ、現状をアラン殿から聞かせて欲しいのじゃが?」

 あ、流される。けど、まあいいか。

 みんな無事で、自分はこうして助かっているんだ。何より、あとでフィルミナから改めて詳しく聞こうと試せばいい。


「……お、そうだなぁ。そっちも話しとかねぇとな」

 さっきまで——『ゴーレム』について話していたアランさんは、どこに行ったのか?

 そう思うほどに楽しそうな表情を浮かべている。


 なんなんだ?


「王国に今回の件を報告したが、てんやわんやだぜ。公国との重要な貿易ルートが封じられた、どころかその途中にある砦が落ちてっからな」

「……やっぱり、砦は落ちていたんですか? 落ちていたとしたら……なんでそれまで気付かれなかったんですか?」

 可能性はほぼゼロと分かっていても、ドリュアデス——の種子——が嘘を言っていた可能性も期待していた。だが、アランさんが確認したなら間違いないだろう。


「……気持ちはわかるが、考えればわかるであろう。あの時点で、ドリュアデスにその嘘をつく利点はほぼない。事実を伝えればよかっただけじゃ」

 分かっている、はずだったけど……


「それに、王国に気付かれなかった理由も至極単純じゃ」

「え?」

「『血の落日』じゃ。それで手が回らなかったのじゃろう」


 確かに、各地の魔物やらが凶暴化して酷い被害が出たらしいけど……流石に砦が落ちるって……


「各地の被害に救援、首都から遠いほどそれは比例して大きくなる。恐らく、最低限の報告が入ってきた場所は後回しにされておったはずじゃ」

 ……実際、自分の村も根絶やしになっていてもおかしくなかった。

 王都に近い『アモル』や学問の要所である『エコール』ならとにかく、農村や田舎町はなすすべもなく滅んでしまったところがいくつもある……らしい。


「流石フィルミナ嬢ちゃんだな。国境の砦も簡単な定期報告なら入ってきてたんだ。だから、他の所が優先されてたんだが……」

「儂らの報告で改めて調査が入ったか」

「調査ってほどのもんじゃねぇさ。定期報告を暗号の方式で送ったんだが……返事がなかったらしい。それ以降はうんともすんとも言わねぇ」

 うん、間違いなく黒だろう。

 しかも、これまで定期連絡に答えたってことは……


「セスよ、お主はこれをどう考える?」

「……え?」

「『え?』ではない。アラン殿の今の情報でどう考える?」

 急に……いや、大丈夫だ。

 戦術等は素人だが、急な問い掛けやらには慣れている。

 神殿守としては優秀だった。それだけに急な問い掛けや、他の人が答えられない質問がこちらに来ることはよくあったのだ。


 少し間を置く。


 こういった場合は急に思いつきで答えてもダメだ、ボロボロになるのが関の山。

 急な問い掛けだけに、多少の間を置くくらいは相手も許してくれる。重要なのは短い時間で、如何に思考を巡らせて、考えを纏められるかなのだ。


 ……よし。


「まず……砦にも知性体の魔物がいる。定期報告を今日まで、つつがなく出来ているから間違いないと思う。砦にいた誰かを人質、とも考えたけど望み薄……かな。それなら、定期報告に暗号を混ぜて救援とか出来たはずだし」


「うむ」


「そして、公国側からの連絡がない。エコール側を治める大貴族『スジャク公』は、もうこちらの交易ルートを諦めざるを得ないほどに、差し迫った状況に立たされている……かな」



 どうだろう?

 自分の——決して秀でているわけではない——凡庸な頭で、考えられる限りの所見は挙げたつもりだ。

 結構、いい線をいっているんじゃないだろうか?


「……まあ、合格点じゃな」

 辛口の評価を容赦なく下すフィルミナ。


「あとは……他三貴族も目立った動きがないことから、公国全体に余裕がないこと。そして知性体の魔物が、ドリュアデスの種子であると言及できておれば、言うことなしじゃった」


 言われてみればそうか。

 公国は四人の大貴族が治める国だ。

 そのうちの一人、『スジャク公』に何かあれば他の三貴族——『セーリョウ公』『ビャッコウ家』『ゲーブ家』——が何かアクションを起こすはずだ。


 そして、

「ドリュアデス……」

 人語を解し、直接取り込んだ者の姿を真似ることが出来る変身能力。『血の落日』を利用して襲撃し、定期報告だけとは言えこちらを欺き続けてきた知性。

 種子だけでもこの能力、大森林に潜む本体はどれだけの力を持っているのか……


「公国の沈黙は、間違いなく大森林に潜むあれが関係しておる。儂らもドリュアデスのことは避けて通れんじゃろう」

「わかっている。逃げるつもりはないよ」


 放っておけば、もっと多くの被害が出る。俺は……

『他人や他者なんて食えるか食えないか、それでしかないでしょう?』

 あの言葉を許すことはできない。


 何より、当時のアランさんのパーティを壊滅させて、ゴーレムにならざるをえない深手を負わせた犯人だ。


 放ってなんか置けない。




「……そういやよ、お前らは大森林に行くんだったな。そこは変わってねぇんだな?」

「? はい、そうです」

 アランさんの問いに答える。

 何が待っているかは自分達にもわからないが、しろがねの言葉通りならフィルミナの呪い——のような副作用に関する何かがあるらしい。

 それを確かめる。

 道中ドリュアデスのせいで、ずっと厄介なことになっているが目的は変わらない。


「じゃあ、話は早えな。今、王国の方でも討伐隊を募っているんだ。砦の奪還に公国への調査……お前らも参加するだろ?」

「ふむ……冒険者から募っておるのか?」

「おう、あとは軍の援軍と国からの支援もある。旅費や食料、めんどくせぇ手続き全部あっち持ちで公国までいける」

 軽く笑みを見せ、「参加、するだろ?」ともう一度アランさんが聞いてきた。


 こちらとしては良いことばかりだな。

 手持ちにはまだ些かの余裕はあるが、節約できるならそれに越したことはない。それに、集団で動くのは正直助かる。

 砦が落ちており、国境周辺にあった公国側の村や町もすでにないらしい。そんな中で、フィルミナと二人で野宿するのはリスクが大きすぎる。


 ちらっと視線でフィルミナを窺うが、彼女も頷いてくれた。


「……是非、お願いします」

 アランさんがこちらの返事を聞いた瞬間、満面の笑みを浮かべた。


「うっし! そう来なくちゃな! またこのパーティでよろしくな!」

「はい、改めて……この、パーティで?」



「私達も参加するんです。セス様」

 声の方に目を向けると、クリッとした空色の瞳と視線が合った。


「ドリュアデスのこと……放っておけませんし、なにより……」

「これ以上、ブレンダさんみたいな犠牲者を増やしたくないっすから」

 レベッカとジャンナ――そうか、ブレンダさんは二人にとって……姉のような人だったんだ。


 もうドリュアデスのことも無関係なんかじゃない。

 戦う理由があるんだ。


 どこか儚げに、それでも二人の瞳には決意が宿っている。



「よし、祝勝会とパーティ存続祝いに飯でも行くか! ついでにそっちのでけぇ女医も来い! 俺の奢りだ!」


 ぐぅぅぅぅぅ……

 アランさんの締めの言葉を聞いた瞬間、自分の腹が鳴った。


「お主、堪え性がないのう」

 ごもっともです。


「えーと……無理もありません!」

 あ、はい。


「そ、そうっすよ! 五日間も寝てたんすから!」

 ありがとう、本当に。


「くっくっく……いいね、健康な証拠だよ」

 いや、面目ありません。



「セス、お前……ま、湿原の件でたっぷり褒賞が出たからな。思いっきり食えよ」

 ……じゃあ、遠慮なく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る