そしてお互いを語り合う 後編


 沈黙。




「えーと、ゴーレムって魔物の一種っすよね? 材質で種類が変わる無機物系の魔物……」

 それを破ったのはジャンナ。

 そしてその指摘は、自分含めてほとんどの人が思ったことだったろう。


「そっちは紛い物じゃな。本来は複雑な誓約を結び、自立した意思はおろか、生命の意識そのものを無機物の身体に移し替えることも出来る……非常に高度な術式じゃ」

 声を発した少女、フィルミナに視線が集まる。


 意外にも彼女から補足が入った。いや、意外でもないか。

 彼女は勤勉で博識で、そういったものに対する造詣が深くても不思議じゃない。だがそうなると、『ゴーレム』の術式とやらは、彼女の時代にすでにあったということになる。


「ちょ、ちょっと待て嬢ちゃん! 知ってんのか?」

 アランさんが慌てて聞いてくるが……

「無論じゃ。泥や粘土、または金属に自立した意思を与えて疑似生命体とする。または生物に無機物を組み合わせ、強化や延命をする術じゃろう?」

 何でもないことかのように、フィルミナが返した。


 全員が——話を切り出したアランさんも、レベッカも、ジャンナも、これまで沈黙を保っているデビーさんも——驚きの表情を隠せないでいた。

 自分は……フィルミナのことを知っている分、まだマシだったか。


「フィルミナ、その『前者』の方は魔物と違うの?」

「うむ。本来の『ゴーレム』は会話も出来るし、趣味や嗜好も持つ知性体じゃ。しかし、魔物のゴーレムにはそれがないであろう?」

 魔物のゴーレムは図鑑や人づてにしか知らないが……成程、たしかに会話できるという話は聞いたことがない。


「この時代が指すゴーレム……魔物のゴーレムは縄張りを持ち、侵入者をただ排除しようとするだけであろう。天と地ほどの違いがあるのじゃ」


 そう聞くと納得できる。

 会話して、理解しあって、手を取り合えるかどうかの差は大きい。


「アラン殿は後者じゃな。人の身に土を組み合わせた『ゴーレム』であろう」

 フィルミナが視線を向けて問いかけるが……

「……」

「む? 違ったかのう?」

「……あ、いや! 合ってるぜ! …………説明と同じだ!」

 呆気に取られていたアランさんが、はっとして答えた。



 ……?

 なんだろう、今の間は。



「なんか……驚きも極限まで来ると、逆に落ち着くのかもしれないねえ」

 乱暴に後ろ頭を掻きつつ、デビーさんがついに口を開いた。


「こちとら、お兄さんとお嬢さんが『鬼』って話だけでもぶっ飛んでるのに……まさか、このデカブツのことを知っているなんてね……」


 デカブツ……いや、デビーさんも身長は同じくらいありますよね?

 と思っても、流石にそれを口に出すような真似はしない。


「デビー殿は、アラン殿のことを把握しておったようじゃな」

「把握してるっても……精々、良質な土を使えば治療がすぐ終わるってくらいしかわからなかったさ」

 フィルミナの言葉に、軽く肩を竦めて答えるデビーさん。「まあ、こっちとしては楽だったけどね」とさらに一言加える。


「『ゴーレム』やその術式に関しては、存じておらんかったのかのう?」

 「はっ!」と鼻で笑ってから「知るはずないよ。知ってたらあたしは……『英霊教団』にでも売り込んで一財産築いているさ」と、自嘲気味に答えた。


「成程のう……」

 フィルミナが口元に手を当て、しばし思考する素振りを見せるが……それも一瞬、すぐに「儂から言えることじゃが……」と前置きをして話を続ける。



「アラン殿はアラン殿、『ゴーレム』となっていても本人自身には変わりがない。先に言った通り……肉体に土を組み合わせて、延命や強化をしているだけであろう。つまりじゃ、今日まで関わったことに、何ら偽りがないということじゃ」

 一気にまくし立てるフィルミナ、『ゴーレム』の知識を持つ彼女ならではの説得力がある。


「よってじゃ、儂はアラン殿が『ゴーレム』であろうが関係ないと思う。お主はどう思う?」


 フィルミナの真紅の瞳が、こちらを射抜いた。

 それに続くよう、他の人達——四人四対——の瞳がこちらに向けられる。



 ……え、俺?



「たわけ、何を呆けとる。お主の思ったままを言葉にすればよい」

 大きなため息が出ないのが不思議なほど、呆れたような表情でフィルミナが言う。



「あ……えーと、俺も……そうだと思う。『ゴーレム』とかはよくわからないけど、湿原で俺が槍を突き付けても、アランさんは俺を信じてくれたから……」

 急に話を振られ、本当に思ったままのことを口にしていくことしか出来ない。


「それは、『ゴーレム』とか人間とかじゃなくて、『アラン』さんだったから……そうしてくれたんだと思う」



 しん……と、場が静まり返った。



「……そうですね。そしてセス様もセス様、『鬼』であろうと人間であろうと変わりません」

 沈黙を破った、レベッカの言葉。


 ……あ、そうか。



「完全に同意っすね。師匠もセスっちも変わらないっすよ」

 乗り出していた身を椅子の背もたれに預け、あっけらかんとしたジャンナの言葉。


 俺は……



「あたしにとっては完治してくれた元患者、また怪我してきたら患者。それだけさ」

 煙草に火を付けて紫煙を吐いた後のデビーさんの言葉。



 きっと……俺も、誰かに……『鬼』って知られても、そう言って欲しかったんだ。




 夢で向けられた嫌悪と畏怖の視線。

 投げつけられた拒絶の言葉。


 そんなものは、どこにもなかった。

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