そしてお互いを語り合う 前編
「……そうして逃げられたはいいが、セスが致命傷を負ってしまったのじゃ」
今この空間にいるのは自分を含めて六人。
普段は人命のために、病気や怪我の治療に使われている一室に集まっていた。
褐色の肌にそれよりも濃い髪、大柄でがっちりと鍛えた体躯、「あたしのとこの治療室なら、誰にも聞かれないよ」とこの部屋を貸してくれた女傑。
女医デビー・アーキンさん。
長い黒髪を後ろに一纏めに、同じ色の瞳に涙を滲ませている。鍛錬の極致と言わんばかりの筋肉のため、デビーさんよりさらにたくましく強靭に見える巨漢。
『旋風の武人』ことアラン・ウォルシュさん。
ふんわりとしたショートの赤髪、クリッと丸い空色の瞳、スレンダーで女性なら誰もが羨む曲線を描く身体、行儀よく椅子に座っている女性。
『赤毛の処刑人』ことレベッカ・キャンベル。
明灰色の緩い三つ編み、眼鏡の奥にある瞳も同じ色、眉も目元も垂れ気味、興味深そうにこちらに身を乗り出して聞いている女性。
『紫煙の魔女』ことジャンナ・エヴリー。
夜空の髪に新雪の肌、赤い宝石の瞳、幼いながらも妖艶な雰囲気を持つ少女。こちらの経緯を虚実織り交ぜて、見事に語り切った『鬼の姫』。
フィルミナ・リュンヌ・ヴィ・テネブラリス。
そして自分こと、セス・バールゼブルである。
アランさんが一通り泣き終わった後、自分の我儘——どうしてもしたいこと——を聞いてもらった。
誰が言うともなく、この後はお互いの経緯を語ることになる、と確信して帰り道を歩んでいたが……
『……この後はどうするつもりじゃ? 全て話すのか?』
自分の我儘の帰り道、フィルミナが微かな……集中した鬼が捉えられる程度の声で聞いてきた。
『う、ん……どう、しようかなって……』
正直、まだ迷っている。
自分が助かったことに泣いて喜んでくれた人達、受け入れてくれると思う。だが、もしも『鬼』を『化物』と見られたら……自分はもちろん、フィルミナも傷つくだろう。
万一そうなった場合、自分だけが『鬼』ということにしてフィルミナは……
ふぅ、と小さな溜息に思考が戻される。
『アモルの時と同じく、儂が話そうかの』
『え?』
問いかけではない、はっきりと言い放った。
『安心せい、アモルの警備軍も謀ったのじゃぞ? 儂に任せて置くがよい』
まあ、その点は疑っていない。
違反者や犯罪者の取調べを受け持つ、警備軍も騙しきったのだ。それに比べれば、なんてことはないのだろう。
『……何か納得が出来なければ、お主が遠慮なく口を挟むがよい』
そういうのでフィルミナに任せたのだが……
「魔物から儂を守るため、命を繋ぐため、セスは鬼になることを決めたのじゃ」
相変わらずの説得力だ。
嘘など微塵も感じさせない語りと雰囲気、しっかりと筋道だった設定とストーリー、非の打ち所がない。
「セスにとっても、苦渋の決断であったろう」
うーん……ごめん。意識はあやふやだったけど、腹は決まってた気がする。
話した内容としては、アモルの警備軍に語った物の流用だ。
やや西寄りの北部、俺がはぐれ勇者、例のろくでなしの貴族は変わりがない。ただし、フィルミナに関しては全く変わっている。
彼女はろくでなし貴族に狙われた、『鬼』という失われた種の末裔ということになった。その捕獲を命じられたのが自分なのだが、やはり彼女を連れて逃げる道を取った。
追手を退けつつ逃亡を続けるが、ついに追いつめられる二人。絶体絶命だったが、『血の落日』による魔物の襲撃で、追手が全滅して逃げることに成功する。
だが、追い詰められた時に自分が致命傷を負っていたため、『鬼』になることにした。
まあ、粗筋としてはこんなところだ。
「う……うぅおぉぉ……お、お前ら……そんなことが……」
ついに泣き始めたのはアランさん。
アモルでの時と同様に良心の痛みが芽生え始めた。それと同時に『結構涙もろいんですね』と冷静な声も響く。
しかし……『鬼』ってことを語っちゃっても良かったんだろうか?
しかもフィルミナが生まれついての『鬼』で、自分はその力を受けた『眷属』ということまで話してしまっている。
これじゃあ、いざという時は自分だけ『恐ろしい鬼』と誤魔化すことも出来ない。
「……『鬼』、ですか」
正しい姿勢で椅子に腰かける、レベッカが呟く。
「……っすねぇ」
身を乗り出したまま、ジャンナが答える。
そのまま二人は顔を見合わせた後、フィルミナへと視線を向ける。
二人分の熱視線を受け止めるフィルミナは……
「何じゃ? いくら見ても、儂自身は変わらんぞ?」
全く変わらない、いつも通りのままだ。
その様子を見た後、再び顔を見合わせるレベッカとジャンナ。
レベッカがこくり、と頷くとジャンナが「っすよねぇ……」と返した。
……え、何が?
こちらの疑問も余所に、今度は二人が自分を見つめてきた。
レベッカとジャンナ、空色と明灰色の瞳、まるで青空にかかった雨雲のような印象を受ける。
「え……えっと、どうかした、かな?」
思わずかすかに身を引くが、それでも二人は視線を逸らしてくれない。というか、改めて二人を見るけど綺麗だと思う。アランさんが以前、「スケベ心を持つなよ」と釘を刺してきたが、それも当然だろう。
そんなことを考えていると二人が視線を外し、顔を見合わせ……
レベッカが今度はふるふる、と軽く首を横に振った。
え、否定?
「やっぱ、そうっすよねぇ~」
笑顔、まさに「わかるわかる」と言わんばかりに気楽な笑顔のままにジャンナが答えた。
「ちょ、何が! 俺は今、何を否定されたんだ!?」
心の中の声がそのまま出た。
「セス様が『鬼』と言われても、全然説得力がありません」
えぇ……すごくきっぱり返された。
突き抜けるような空色の瞳には、しっかりと真摯な光に満ちている。
「セス様のように料理上手で、『美味しい』と返すと素直に喜んで、誰にでも優しくて、他人のために身を挺する御方が『鬼』と言われましても……」
「ぶっちゃけ、『へぇー、そうなんだ』としか言えないっす」
次いでジャンナも『右に同じ』、と言わんばかりに言う。レンズの奥にある明灰色の瞳を見ても、レベッカと同じように欺瞞がない。
「本とかにある『鬼』のイメージとは程遠いっすからね。フィーちゃんは、何となーく雰囲気があるんすけどねー」
なんか、すごくあっさりしているけど……いいのかな?
「まあ、セスは後天的になった『鬼』じゃからのう。儂らのことはこのくらいでよいか?」
フィルミナが会話を切ってきた。たしかに、この辺りが妥当だろう。
「次はアラン殿、そなたのことを聞いてよいか?」
「……お、おお。俺も自分のことを話すぜ」
涙を拭いつつ答えるアランさんに、申し訳ない気持ちがわいてくる。
すみません、嘘も混じっているんです。と心の中でだけ謝罪しておく。
「そうだな……一言で言っちまえば、俺は『ゴーレム』だ」
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