嘘で平穏を 前編
「……そう、セス君たちは西の方から来たの」
「はい、最初は馬だったんですが……それも魔物に……」
行儀が悪くない程度に食事をしつつ会話を続ける。
家に招かれて食事までもらって、片手間の会話は失礼ではないか? と思わないでもないが、自分の腹の虫が情けない。
一度鳴り始めてから止まらず、初老の女性――ロレンタと名乗ってくれた――も「好きなだけ食べて頂戴な」と、次から次へと料理を作ってくれている。
なにより申し訳ないと思うのが会話……というより、ここに来た経緯の説明、言うまでもなく嘘をつくしかない。
「そのあとは、とにかく魔物や龍に合わないようにしてここまで来たのですが、路銀だけはどうしようもなくて……」
「まあまあ、ここではそんなの気にしないで。お腹いっぱい食べてね」
そう言って手料理をたっぷりと勧めてくれる。
彼女曰く「作り置きや昨晩の残りでごめんなさい、すぐに新しいものを作るわ」とのことだった。
当初は、『その作り置きや昨晩の残りで構いません、お代もちゃんと払います』と思っていたが、まず何より足りなかった。
身体が次々に食事を欲するのだ。
自然と心の中で『すみません』、『申し訳ありません』と謝罪の言葉が出てくる。
「……ありがとうございます」
湖と森の幸をふんだんに使った料理を振舞ってくれるロレンタさん。
もうすっかり笑顔になって、俺たちが食事をする姿を微笑ましく見ている。その姿を見て良心が痛むが、背に腹は代えられない。
やはり昨日の昼から何も食べず、加えてあの騒動だったせいだろうか?
一度意識して空腹が刺激されたが最後、もう食べるのを止められない。隣に座るフィルミナも同様なようで、ひたすら料理を口に運んでいる。
あの後ロレンタさんの案内で、彼女の家に招待してもらった。
『貧血で歩けないんだが……』と思ったが、「たわけ、何のための恩恵じゃ。早く『失った血液』を『半減』せんか」と言われ、あっさりと解決できた。
来る途中もあまり人気がない道を通ってくれたようだし、すれ違う人も顔見知りのロレンタさんと一緒だったせいか、呼び止められたりはしなかった。
「お風呂が沸くまでちょっと時間が掛かるわ。お腹減ってないかしら?」
その言葉を聞いた瞬間、自分の腹の虫が鳴ったのだ。そこからはもうご覧の有様だ。遠慮も何もしようがなく、こうして昼食をいただいている。
「そろそろあの人も帰ってくる時間ね。お風呂の前に、髪を切っちゃった方がいいかもしれないわ」
「旦那さんのご迷惑でなければ、是非お願いします」
相も変わらず笑顔のまま「いやね、遠慮しないで」と言って、食堂から出ていこうとする。
「お風呂を見てくるわ、お料理が足りなかったら呼んで頂戴ね?」
足音が食堂から遠ざかっていくのを聞き届けた。
「お主、思ったよりも嘘をつくのが上手いのう」
「……人聞きが悪い。あのテオドール神殿長と一緒に暮らしていれば、このくらいにはなる」
そう、テオドール先生は普段は穏やかで誠実だが、必要な時の狸っぷりも相当なものだった。子供のころから、それでどれだけ騙されて乗せられてきたか思い出せないほどだ。
「ふむ、ダメそうだったら儂が代わろうかと思ったのじゃが……この分だとお主に任せて置いた方がいいのう」
「あー……うん。俺が騙されそうになったり、矛盾しそうな時には助けて欲しい」
フィルミナが魚のムニエルを口に運び、咀嚼する。しっかりと飲み込んでから「よかろう、だが……」とつなげる。
「西と嘘をついたのは何故じゃ?」
本当は北からやってきたのだが、その部分も嘘をついた。
「理由は二つある。一つは俺自身が指名手配されていてもおかしくないから」
フィルミナが料理を楽しみつつ、じっとこちらを見ながら聞いている。
「本当なら村自体が滅ぼされててもおかしくなかったんだ。そんな魔物を殴り殺した……俺が魔性に魅入られた危険人物として、王都に報告されていてもおかしくない」
実際、各神殿には通信魔術による施設が完備されている。もう『魔性に魅入られた危険人物』として報告が入っていても、おかしくはないのだ。
「ふむ……もう一つは?」
「もう一つは西なら北よりも王都の支配が薄いから。王都は北から中央部の多くに強い影響力を持っているんだ。西、東、南は北に比べて影響が薄い」
西は数人の大貴族が領地を統合した公国となっている。王国とは良き友人であり、競争相手でもある。広大すぎる大森林を要し、未だにそこは開拓されていない。
東は海洋国家、島国の独自文化と大海が広がっている。
南は大峡谷があり、とても人がおいそれと管轄できる地域ではない。
しかも南東には人跡未踏の大高地がある。伝説の龍『しろがね』が統べると言われ、龍の住処となっている。
以上から、西の方から逃げてきたと嘘をついたのだ。
「西ってことにしとけば王都では調べにくいし、北ってバレたとしても『フィルミナが実はやんごとなき子で、迷惑を掛けたくなかった』とか言い訳は出来る」
良心や同情心に訴えかけてぼやかせる嘘は、大抵の人に効果的だ。卑怯だという自覚はあるが、そんなことを言っていられないのも事実なのだ。
何よりもそれが、嘘をつかれた人たちの『免罪符』にもなる。
「なるほど、世界の情勢がわからん儂には出来んことじゃな。やはりこの場は、お主に任せた方が良いか」
ムニエルを食べ終え、今度は山菜とキノコのリゾットに手を付けるフィルミナ。
彼女も空腹だったようだ。
「北からって言っても、あの距離を一晩で移動したから大丈夫だったと思うけど一応、ね?」
今度は足音が近づいてきた。さっき足音が消えていった方からだ。
「お料理、足りるかしら?」
ロレンタさんが食堂に顔を出してくれる。
「はい、お陰様で」
「うむ、有り難くいただいておる」
そう返すと、満面の笑顔を浮かべてくれた。
「そう、良かったわ。旦那が帰ってきてないか見てくるわね」
今度はさっきとは逆方向に足音が消えていった。
「一つ儂から見てて分かったことじゃが……」
会話しつつもリゾットを上品に、かつ素早く食べていくフィルミナを見て、『姫として恥ずかしくない教養があるんだな』と思う。
「あのロレンタという女性、悪意や欺瞞はない。善意で儂らを助けてくれておる。余計な心労を負うことはない」
「……ありがとう」
フィルミナの心遣いが嬉しかった。
すかすかに空いた胸が、少し満たされる気がする。
すべての料理を平らげる頃、ロレンタさんの夫グレンさんが帰ってきた。
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