嘘で平穏を 後編

「しかし見事な白髪だな。ワシと違って艶も張りもある、大事にしておけ」

 そういって白くなった俺の髪を散髪するグレンさん。

 髪も髭も白く、特に顎のラインを覆う白髭が目立つ。ロレンタさんの旦那さんというだけあって、同じくらい穏やかで優しい人物だった。



「ええっと、そうですね。気を付けます」

 とても、「そこらの雑貨屋にあるナイフで、乱暴にぶった切りました」とは言えなかった。その理由を話そうにも、「鬼として生きていく自分にとって必要なことでした」などもっと言えない。

 それ以前に、取られ方によっては治療院に直行させられるだろう。



「……根元まで真っ白、完全に地毛か」

 ちょっとドキッとしたが、表に出すほどでもない。


「生まれつきですよ。ちょっと珍しいかもしれないですけど」

「ああ、気を悪くせんでくれ。ワシのような爺はともかく、若い者には珍しいと思っただけだ」

 そんな会話をしつつも、グレンさんの手は止まっていない。


 これただ器用ってだけか?

 普通に散髪屋としてやっていけそうな気がするんだが……慣れている?



「何はともあれ、儂らの家でよければ、お嬢さん共々ゆっくりしていけ。詮索もせん。こんな時だからな」

 おそらく、いや十中八九『血の落日』のことを言っているのだろう。

 ここは王都の救援をいち早く受けられたとはいえ、脅威が襲ってきたことには違いない。救援が遅れた、または届かなかった人達と思って気遣ってくれているのだ。


「ありがとうございます。ちょっとの間かもしれませんが、お世話になります」

「ああ、たっぷりと厄介になっていけ。……と、このくらいでどうだ?」

 手渡された手鏡、後でグレンさんが持つ鏡と合わせて確認する。


 右、左、後、次いで頂点に近い部分や前髪に近い部分を見ていく。

 男としてはまだ長い方かもしれないが……



「……あの、これ本当にお金を払わなくていいんですか?」

 それくらい見事に整えられていた。



「素人の爺が金なんて取れるもんか、お前さんが気に入ったならそれで充分さ」

 また良心が痛むが、実際に払える金など知れている。


「ありがとうございます」

「ああ、お嬢さんたちが上がってたなら風呂に入りな。汗も切った髪も流した方がいい」



 そう言われて、ふと思った。



「良ければ、お背中を流しましょうか?」

 一瞬、ぱちくりとグレンさんが目を瞬かせた後、

「おお、爺を喜ばせるツボを心得ているな!」

 白い歯を見せて、笑顔で受けてくれた。











「あらまあ……良く似合うわぁ。そして思った通り、セス君は男前ね」

「うむ、お主はそれくらいの長さの方が良いのう」

 汗と泥と切った髪の毛を流し、用意してくれた動きやすい服に着替えたのだが、女性達の評価は随分良いものだった。

 お世辞とは分かっていても、やっぱりうれしい。


「自立した息子のなんだけど……サイズもぴったりねぇ」

「はい、丈も丁度いいです」

 息子……深く聞いてもいいんだろうか?


「先程、風呂で聞かせてくれた息子さんのことか。たしか、『恩恵』を受けて出て行ったという……この写真の男かの?」

 見るとフィルミナが棚の上にある写真を見ている。


「そうよ、王都にいるならまだ会えたんだろうけど……先輩の勇者に付いて行っちゃったからねぇ」

 頬に手を当て、溜息をつくロレンタさん。「元気でやっているといいんだけど……」と呟く姿はやはり寂しそうだ。



 写真の中にはグレンさん、ロレンタさんに挟まれた青年が笑顔で写っている。

 年は自分と同じくらいだろう。金髪碧眼で優しそうな人だ。



 そう言えば、去年の『神託』ではレーベ湖近くの神殿守から選ばれたって聞いたな。

 あれはこの人だったのか? まあ自分も選ばれていたんだが……



「なぁに、子はいつか独り立ちするものだ。寂しいのは年寄りの身勝手さ」

 グレンさんがいつの間にか持っていたジョッキを一気に傾ける。


「あ! 嫌だよ、この人は。お客さんの前でお酒なんて……」

「逆だ、逆。せっかくの客人を歓迎するんだから、こうして祝杯を上げんとな!」

 ガッハッハッハ、と多少頬が赤くなったグレンさんが笑い飛ばした。


「セス君は17歳と言ってたな。一杯どうじゃ?」

「ちょっとあんた……」

 たしかに、一般的に16歳から成人とされるので何も問題はない。村でも誕生日で葡萄酒や麦酒を嗜む程度には飲んでいた。


「……いただきます」

「おお! そうこなくてはな!」

 グレンさんからジョッキを受け取り、互いのジョッキを軽く打ち合わせる。

 ジョッキには並々と、金色と銅色の中間のような色合いが特徴の麦酒――ビール――が注がれていた。


 それを喉に流し込むと……麦芽とホップの豊かな香りで口内が満たされ、シュワっとした喉越しがくる。


 美味っ!


「お、気に入ったようだな! ペールエールと呼ばれるビールだ。好きなだけ飲め!」

「是非!」

 抗いがたい魅力に勝てず、すぐにジョッキに頂く。


「全く……仕方ないねぇ。さ、女性は女性でお茶とお菓子にしようか。アップルパイを焼いたげるよ」

「うむ! 有り難い! 林檎は好物なのじゃ」

 「アップルパイ」と聞いた瞬間、フィルミナの目が輝いた。それをみたロレンタさんも、この上なく嬉しそうな笑顔を浮かべたのだった。

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