願いと今日の約束 前編
今日も神殿守として仕事をこなす。
結界石の整備、祈り、勉学、最後に神殿の清掃も忘れてはいけない。
「これで良し、と」
最後の清掃を終えて軽く額を拭う。
「セス……お前、一人で何部屋掃除してんだよ……」
しまった、やりすぎた。
「悪い! ほら、今日は『神託』もあるからさ、早く終わらせようと思って!」
「なんでお前の方が謝ってんだよ。いや、こっちは助かったけどよ……」
やってしまった……昨日のアドバイス通りに『疲労』と『消耗』を半減できるか試したのだが、大当たりだった。
熱心に、手早く、全力で掃除をし続けてもほとんど疲れない。
恐らくだが、これは単純に長く全力で走るのにも使えるはず。
どんな人間でも全力を出し続けられる時間は限られるが、この『恩恵』ならその時間を飛躍的に伸ばせるはずだ。
「『神託』、かあ……セスは選ばれそうだもんなぁー、そりゃ張り切るか」
「ないない、俺なんか選ばれないって」
そもそも、すでに『恩恵』を授かっているのだ。さらに重複して『恩恵』を受けるなど聞いたことがない。
「それよりさ、早く外の広場に行こう。誰が選ばれるにしてもあそこに行かなきゃ」
「そうだな、お前のお陰で早く終わったし、一足先に行ってようぜ」
『神託』
特殊な能力である『恩恵』を授かる儀式。
王都にある神聖殿から賜った鐘を鳴らし、その鐘の音を聞いた16歳の誰かが『恩恵』を授かることになる。
『恩恵』は個人によって違う能力が発現する。ただし、過去に確認された能力が発現することもあるらしい。
俺の『半減』も過去にあったのかな……
そんなことを考えつつ、広場から鐘を見る。もうすぐ鐘が鳴らされる。
鳴らすのはテオドール・アポートル神殿長。
「誰が選ばれるのかな? やっぱりセス君じゃないかな?」
隣にいるカリーナが目を輝かせながら、そんなことを言ってきた。
俺が共に掃除を終えた友達と駄弁っていたところ、幾分か遅れて彼女が合流したのだ。
「うーん、誰だろうなぁ」
なんだか騙しているようで、ちょっと良心が痛む。
「あーあ、ご馳走様だぜ」
うるさいよ。
カリーナが合流してから、一緒にいた友達は俺を煽ること煽ること……。
いよいよ鐘が鳴る。
16歳の少年少女が集まった広場も、不気味なほどに静まり返った。
テオドール神殿長が鐘に一礼を取った後、内部の舌と呼ばれる分銅に繋がっている縄を揺らし、鐘を鳴らす。
カラーン、カラーン、と澄み切った鐘の音が響いていく。
やっぱり、授かった時とは全然違うか。
心地よい鐘の音を聞きながらそんなことを思う。
自分が『恩恵』を授かった時の感覚は今でもはっきりと思い出せる。
頭の中に響くような鐘の音、同時に心の奥に火が灯ったかのような感覚、そしてやけに自分の鼓動が強く感じ取れた。
「……セス、君」
隣から、聞き覚えのある女の子の声がした。
「私、変だよ……なに、これ?」
目を向けると見慣れた娘、カリーナがいた。
相も変わらず鐘は、カラーン、カラーン……と規則正しく響き続けていた。
「カリーナ・バテーム、貴方は『恩恵』を賜りました」
「はい……」
神殿でも特別な儀式や行事を行う祭壇の上、見慣れた人物が二人いる。
一人は神殿長。
捨て子だった自分を拾って育ててくれた恩師にして父親のような人。
「これより『恩恵』を授かった、『勇者』としての日々が始まります」
「……」
もう一人は自分と同じ神殿守の女の子。
肩口でそろえられた栗色の髪と同じ色の瞳、優しく垂れた目元が印象的な少女。
「どうか、貴方に女神さまの祝福があらんことを」
「感謝いたします」
テオドール神殿長とカリーナがいる祭壇が拍手に包まれた。
今はもうそこに集まっているのは、16歳の少年少女たちだけではない。村人全員が集まっていた。
「村の皆様、此度の『神託』は私達の神殿守から選ばれました」
テオドール神殿長が、集まった村人全員に語る。
厳かに、しっかりと届く声にみんなが拍手を止めて聞き入る。
「そして選ばれたのは、優しく誠実な少女カリーナ・バテームでした」
特別大きな声を出すわけではない、どころか静かに話し出すことが多い。だけどテオドール神殿長の声を聞き逃したりすることはなかった気がする。
「皆が『神託』を下さった女神様、そしてカリーナを祝福していると思います」
ああ、祝福しなきゃダメだろうな。『恩恵』を賜ったんだから……
「ですが、カリーナも『恩恵』を授かって疲れているでしょう。今日は彼女から一言貰って、解散としましょう」
テオドール神殿長が下がり、促されたカリーナが前に出てくる。
「えーと、まずは皆様、祭壇まで御足労いただきありがとうございます。今回の『神託』を受けたカリーナ・バテームです」
再び拍手が起こる。
「あ、ありがとうございます。えと、それで……」
拍手が収まった後の彼女の挨拶は……全く頭に入ってこなかった。
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