一日前の出会い 後編
「ふぅむ、『半減』……随分と強力な『恩恵』じゃのう」
本気か?
ああ、名前だけだと勘違いするのも無理はないか。何もかもを半分にしてしまえると解釈したとしても無理はない。
「そんなに便利なモンじゃない。自分にしか作用しないんだ」
少女は黙ったままだ。
相も変わらず真紅の瞳に自分が映っている。
「例えば、自分が傷を負ったならその傷を半減できる。けど他人が傷を負ったとしても、どうしようもできないんだ」
効果範囲が極端に狭い。自分の身にしか作用しない役立たずの『恩恵』。
「俺自身にしか作用しない、自分にしか使えない。無価値な『恩恵』だよ」
良くも悪くも普通の人間でしかない自分、そんな俺が自分の怪我を半減できるからどうしたというのか?
「いや、十分強力じゃろう。それ」
一体何を言っているのか?
俺の話を聞いていなかったのか、この子は。
「むっ? よくわかっておらんようじゃな。ならば……『疲労』はどうじゃ?」
「どうじゃ?」と言われても……なにがだ?
こちらの「さっぱりわからない」という表情を読んだのか、少女が続けてくる。
「簡単じゃ、お主の『疲労』を『半減』するようにすればよい」
……あっ!
「気が付いたようじゃな。何をするにしても、『疲労』というものは蓄積する。それを常に『半減』し続ければ、お主の体力は2倍になる」
考えたこともなかった……馬鹿か俺は。
目に見える物だけじゃない、自分自身へ作用する物なら全部考えるべきだったんだ。
「さらに言うならば、『消耗』もじゃな」
それは、『疲労』とどう違うのか……いや、考えろ。
きっと何か違いがあるはず……
「『疲労』は実際に行動した後に蓄積するが、『消耗』は行動するときに起こる。そう解釈することは出来ぬか?」
目から鱗が落ちる。
まさにこういう時のための言葉だ。
「『疲労』と『消耗』、この二つを半減できれば実質4倍の効果が期待できるのではないか?」
目線の違い、解釈の拡大、それだけで役立たずと思っていた自分の『恩恵』は生まれ変わる。
そして、それに気づかせてくれたこの子は一体……
「お主、自分の『恩恵』のことは誰にも話しておらんようじゃな。あまりにも無知すぎる」
少女が溜息をついた。
全くその通り。
俺は自分の『恩恵』にも、『恩恵』そのものについてもほとんど知らない。
『半減』というのも、自分だけで手探りで当たりを付けたに過ぎない。
「去年に授かって、それから誰にも話していない。テオドール先生……恩師にまだ恩返しできてないし、俺もその時は自分で15歳だと思っていたし、他に目覚めた奴がいたって聞いたから……」
「ふむ……一から話してしまわぬか?」
もう自棄だ。
何もかも話してやる。
まず『恩恵』を授かったら、基本は王都に行かなければならないこと。
そうしたら自分を拾って育ててくれた神殿長に恩返しするのが難しくなる。しかも神殿長――テオドール先生――はすでに50歳近い、あまり一人にさせたくなかった。
『恩恵』を授かるのは16歳の時で、大抵は神殿に勤める者が授かること。
捨て子だった自分は今年で16歳と思っていたが、本当は去年16歳であったらしい。去年は湖近くの街にある神殿、そこで『恩恵』を授かった人がいた。
だから自分が『恩恵』を授かったことを黙っていたのだ。
石板に腰掛けつつ、今まで誰にも話さなかったことを全部話した。
今日この時、初めて出会った女の子に何故話してしまえたのか……
「……お主、不器用な奴じゃの」
隣に視線を向けると、少女が呆れたように眉間に皺を寄せていた。
「『恩恵』を授かったことも、王都に行きたくないことも、全部含めてその……テオドール殿、とやらに話そうとはしなかったのか?」
それは……
「お主がそこまで大切に考えておる者じゃろう? きっとお主の気持ちを尊重してくれるはずじゃ」
そう、かもしれないけど……
ぽん、小さな手が自分の頭に触れた。
いつの間にか立ち上がった少女が、俺の頭に優しく手を乗せていた。
「まあ、勇気がいる行為であることに違いはない。色々と考えや気持ちをまとめるのも簡単ではない」
優しく頭を撫でながら少女が続ける。
「儂が言ったことも他人の意見の一つじゃ。受け取るも、このままでいるのも、全てはお主次第……後悔せぬようにするがよい」
言葉の意味以上に重みを感じる声だった。
「儂はしばらくここにおるし、何かあればまた来るがよい」
ここに? こんな少女がこの祠に一人で?
そんな心の中の疑問が顔に出ていたらしい。
「安心せい、ちゃんと生活できておる。それより……そろそろ帰る時間じゃろう?」
その言葉にハッとして空を見る。
やばい、もう一番星が出て夕暮れも終わりかけている!
立ち上がって祠から駆け出す。
振り返ると、少女は……
「……む? どうかしたか? キールのことは儂に任せて置くがよい」
祠の中に変わらずいた。
「あの……ありがとう。なんか、楽になった気がする」
「良い良い、構わぬぞ」
そう言ってニッコリと、年相応の笑顔を浮かべた。
見惚れそうになるが、ぐっとこらえて軽く手を振ると、少女も軽く手を振り返してくれた。それを見て森の中に駆け出す。
森を駆け抜ける途中で気が付いた。
変にフワフワした感覚で、自分ばっかり喋ってしまった。そのせいで名前、聞いてなかったけど……まあ、明日でもいいか。
足を止めずにそう思い直す。
日暮れの薄明に染まりつつある森の中を、転ばない程度の速度で駆け抜けていく。
これは、一日前。
いつもと違ったことがあった日常の記憶。
明日でいいか、少し変わったことがあってもそう思えていた。
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