一日前の出会い 前編

 今日も神殿守として仕事をこなす。

 結界石の整備、祈り、勉学、最後に神殿の清掃……そして報告を終えた後に森にある祠へと向かう。

 いつもと同じように、キールにご飯をあげるためだ。


 しかし今日祠で待っていたことは、いつもとは程遠いことだった。



 大きな四角い石のアーチ、その中にある純白の石、石に埋め込まれた銀の十字架、周囲も金属のような物質、それらは変わりなかった。


 一つ違ったのは、文字が刻まれた石板に一人の女の子が腰を下ろしていたことだった。


 夜空を切り取った長い漆黒の髪、雪と溶け合ったかのように白く滑らかな肌、服の上からでもわかる華奢な曲線を描く身体……神が造形した少女がそこにいた。

 黒を基調として、赤いフリルを飾ったワンピースも誂えたように似合っている。


「何か用かの?」


 見た目に合わない言葉遣い。

 祠に腰掛けている少女は、どう見ても自分より年下だ。10歳に届くかどうかというくらいだろう。


「あ、いえ、すみません」

 声を掛けられるまで、自分の視線が少女に奪われ続けていたことに気が付く。知らない人間にじろじろと見られるのは不快だろう。

 だが、そうしてしまう程に少女は美しく……どことなく妖しい雰囲気があった。


「構わぬ。良ければ少し話そうではないか」

 優美な動作で少女が、祠の中に来るように促してくる。

 いや、動作だけではない。声や表情からも洗練されたものを感じ取れた。


「え、あ、はい……」


 本来なら忌避される『異教の祠』。

 そこに何も気にせずいた女の子。

 雰囲気も態度も言葉遣いも、全てが妖しく大人びている。


 普通なら警戒して当然だ、だが……自然と、少女の隣に腰を下ろしていた。


「ここにはよく来とるのか?」

 隣に座って気が付く、少女の容貌と瞳の色に。

 相応の幼さと、何とも言い得ぬ色気の様なものを感じさせ、恐ろしいほどに整っている。なによりも真紅の瞳。

 血よりも妖艶に、宝石よりも煌びやかに、見ただけで捕らえられてしまいそうなほどに美しかった。


「はい、最近はよく来ています」

 何故か敬語を使っている。


「この祠が気に入ったのかのう?」

「いえ、他にすることがあったんで……」


 少女の表情がわずかに動く。


「すること、とは?」

「はい、キール……蝙蝠の子供がいたんで、その子の世話をちょっと……」

 なんだかフワフワとした感覚が抜けない。


「そうか……お人好しじゃな」

 そうだ、キール。

 自分の目的を思い出すと同時、感覚が戻ったような気がする。


「キールにご飯を上げないと……」

「ここにいた吸血蝙蝠の子であろう?」

 少女がそう返す。


「先程どこかへ飛んで行ったし、しばらくは戻ってこんじゃろ」

 今日はいつもより遅れてきたし、そんな時も……いや、キールがここを離れる?

 俺の手をズタボロにしてまで嫌がっていたのに?


 冷静に頭の中が回る。

 さっきまでの変に浮ついた感覚はない。立ち上がって周囲を見回すが、キールは見当たらない。


「どっちに飛んでった?」

「なんだか、変わった奴じゃのう」

 少女がそう言って、口に手を当てて微かに微笑んだ。その顔もまるで、絵画を自然に動かしたように整っている。


 それを君が言うか?

 即座に心の中でそう思ったが、いきなり口に出すのはいくら何でもアレだろう。



「お主……ひょっとして、『恩恵』を持っておるのか?」

 息が止まりそうになった。



 こちらの様子を無視して、立ち上がった少女が真紅の瞳でこちらを見据えてくる。

 背丈はやはり年相応に小さい。

 自分の腰か腹くらいにしか届かない。


「うむ……『自動防御』、いや違うのう……『強化回復』……イマイチはっきりとわからん」

 下から紅い瞳に貫かれたまま、少女が俺の持つ『恩恵』を評価し始める。


 わけがわからない。

 『恩恵』を持っていることを見破られただけでも驚いているのに、さらに内容まで推理しようとしている。

 しかも、なかなかいいところを突いてきている。


「うーむ……わからん。教えてくれんか?」

「いや……その……」

「なに、言いふらすつもりもない。そもそも言う相手もおらん」


 言う相手も何も、そもそもなんで『恩恵』持ちって分かったんだ、というところからなんだけど……まぁいいや。

 どうせ役に立たない『恩恵』だし、授かってから一年間ずっと誰にも言えなかったことだ。

 ここで吐き出してやる。



「『半減』だよ」

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