第一章
二日前の日常 前編
今日も神殿守として仕事をこなす。
結界石の整備、祈り、勉学、最後に神殿の清掃を終えてから神殿長へと報告に向かう。
「セス君、神殿長のところへ報告に行くの?」
振り返ると、栗色の髪を肩口で切り揃えた女の子がいた。女性用で多少差異はあるけど、自分と同じ白を基調とした制服を身に纏っている。
優し気に垂れ下がった眼もとに桜色の頬、自分と同じく神殿守として働きに来ている娘、カリーナ・バテーム。
「うん、カリーナも報告? だったら俺が代わろうか?」
「ダメ! 私の仕事なんだから、気持ちだけ受け取っておくね」
だが断られた。カリーナはいつだって真面目で一生懸命だ。他人に面倒事や厄介事を押し付けようとしない、というか逆に背負い込もうとするところがある。
「じゃあ、一緒に報告に行く?」
「うん、それなら喜んで!」
「いよいよ明後日だね、『神託』」
二人並んで神殿長室に向かっている途中、隣のカリーナがそう言った。
「そう言えばそうだ。誰が選ばれるんだろう?」
「セス君かもしれないよ?」
無邪気な笑みを浮かべたカリーナがこちらを覗き込んでくる。元々優しげだった顔つきが、さらに柔和になって可愛い。
「まさか、俺なんか選ばれないよ」
自然とこっちも笑顔になる。
「そうかなぁ?」
『神託』
16歳の少年少女から誰か一人、特殊な能力『恩恵』を授かる儀式である。
「セス君は優しいし、正義感があるし、選ばれそうなんだけどなぁ……」
「別に……普通だって」
カリーナからの評価に気恥ずかしくなって、上手く言葉が出てこなくなる。
自分は特別なことはしていないし、出来るとも思っていない。
「ほら、私が森で迷子になった時も助けてくれたでしょ?」
「何年前の話だよ、それ」
そんなこともあったな。
今思っても大したことではないと思う。助けられるなら助ける、ただそれだけだった。
「他にも、よく農作業を手伝ったりしてるし、あと……」
「とにかく、絶対に俺は選ばれないよ」
このままにしておくと間違いなく褒め殺しにされそうなので、きっぱりと話を切ることにした。
もう今の段階で自分の頬は紅くなっているはずだ。
そんな俺を見てカリーナが軽く「ふふっ」と笑いを零す。
「……でも、その方が私は嬉しいかな」
そう言って、一歩二歩と先に出たカリーナがこっちに振り向く。
「だって、『神託』に選ばれたら王都に行っちゃうんだもん」
選ばれた人は『勇者』となるべく、王都で特別な教育と訓練を受けるのだ。
他には勇者に直接師事を受けることもあるらしいが……どのみちこんな田舎の村には居られなくなるだろう。
乱暴に後頭部を掻く。
「そんなこと言って、カリーナの方が選ばれても知らないからな」
「あはは、私こそないよ。今日だって……」
『少なくとも俺よりは選ばれる可能性が高いよ。なにせ自分は完全にゼロなのだから』
これは心の中でだけ呟いておく。
会話を続けつつ神殿長室へと向かう。
他愛もない日常でのやり取り、それが本当に楽しかった。
「……はい、本日もお勤めご苦労様です。女神様もお喜びになるでしょう」
俺とカリーナの報告を聞いて頬を綻ばせる神殿長――魔物から村を守る神殿の責任者――をみて、誇らしい気分になる。
たっぷりと蓄えた白い髭と顔に刻まれた皺が優しさだけではなく、威厳を保つのにも一役買っていた。
神殿守と同じく白を基調としているが、上品かつ嫌味にならないように金の刺繍が各所に施された制服を纏っている。
「カリーナ神殿守、セス神殿守、二人とも下がっていいですよ」
「はい、ありがとうございます。どうか女神の御加護を」
そう言った俺の後に、カリーナが「女神の御加護を」と続ける。二人で一礼を取った後、神殿長室から退出する。
「セス君、お疲れ様」
退出した後、カリーナが俺にそう言ってくれた。栗色の髪が軽く揺れるのもそうだけど、満面の笑顔が特に可愛いと思う。
「カリーナもお疲れ様」
自然とこっちも笑顔になる、と同時に頬がちょっと熱い。
「セス君はこの後どうするの?」
「俺は神殿をもう一回、見回るかな」
カリーナからの問いに答える。だがこれは半分嘘だ。
「ええ! 一人で? 私も手伝おうか?」
とても嬉しかったし、素直に助かるけど断るしかない。
「いや、大丈夫。家が近いし、見回りが終わった後はそのまま帰宅みたいなもんだから」
カリーナが「でも……」と、イマイチ踏ん切りがつかないようだ。
「早く帰ってあげないと親も心配するだろ? いつもやっていることだし平気だよ」
「うーん……わかった。けど無理はしないでね?」
親のことが効いたのか、カリーナも迷いながらも納得してくれた。
「本当に大丈夫だって、それより帰り道に気を付けて」
「ありがとう、セス君! また明日!」
カリーナが振り返って曲がり角へと歩み去る。それを見送った後で、俺も足早に目的の場所へと向かう。
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