鬼の姫はそれを知らない

 ぐったりと力が抜けたセスの身体、それを運ぶために両手を回す。

 また強く温もりと鼓動を感じる。


 最低限の操血術で身体を強化し、どうにか木の根元までセスを運ぶが、それでもセスが起きる気配はない。

 木に腰掛け、そのままセスの頭を膝に乗せ、改めて顔を眺める。


 元々穏やかで優し気に整った容貌、それが気を失ったことでさらに緩んでおる。

 頬に着いた砂を落とすため、優しく撫でる。


「ん……」


 空気を抜くかのような微かな声、ピクっと震える頬。

 それだけのわずかな反応。


 最強の龍帝相手に、あれだけ喰らい付いていった者とは誰も信じられまい。

 暴風雨のごとく激しく戦い抜き、今は凪の海であるかのように静かに……まるで嵐のような奴じゃ。



 セスを見つつ、しろがねが言ったことを、反芻する。


『セス・バールゼブルの強い思い、それは……『大切な者』を守ろうとしている。その者を自由に、何より決して孤独にはしない。そういった強靭な思いが感じられた』

 思い出すたび、胸から体に熱が巡る。


『『鬼姫』よ。そなたの眷属は『フィルミナ』を守るために強くなろうと手合わせを受け……『龍帝』を傷つけるまでに奮闘した。さぞや誇らしいであろう?』

 頭が痺れるかのような幸福感が湧いてくる。



 何故じゃ?

 何故それほど純粋に、優しく、儂に接することが出来るのじゃ?

 儂はお主が、石を投げられて追い出された元凶なのじゃぞ?


 そう、儂はそれを理解しておる。

 しかし……この胸の熱さはなんなのじゃ?

 頭を酩酊させるような高揚は何なのじゃ?


 儂は……どうしてしまったのじゃ?



 どれだけ考えようと、答えは出てこぬ。

 一つだけ出てくる確かな願い。


 儂はお主と……『セス・バールゼブル』と共に居たいということ、例え鬼となっていなかったとしてもじゃ。


 それだけじゃ。

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