鬼の姫は見届ける 後編

「満足であったか? 大人げない『龍帝』よ」

 わかっておる。

 これはしろがねが提案し、セスが受けた正式な手合わせ。第三者である儂が口を挟める筋合いはない。


 それでも……

「手厳しいな、『フィルミナ』よ」

 答えたしろがねに支えられ気を失ったセス、雑巾のようにボロボロになったその姿を見ると、文句や嫌味を言いたくなってしまう。



 結果は言うまでもなくしろがねの勝利、突撃槍も届かんかった。

 衝撃を受けた突撃槍の方が持たず、砕けてしまったのじゃ。


「たしかに、大人げなかったのは認めよう。だが、考えもなしにやったわけではないぞ?」

「むぅ……」


 一理ある。

 同じ『統治者』であっても、年も実力も儂より上。

 悔しいが、こやつの成すことは実を結ぶことがほとんどじゃ。


「まず、副作用のことなら西にある『大森林』に行くがよい。これを伝えられる」

「それは今の、『手合わせ』と関係があるのかのう?」

「然り。力無きものであれば、これを教えるつもりはなかった」

 こちらの問いに頷き、しろがねが答える。


 西の『大森林』……

 たしか西部にある、大部分が人跡未踏の未知の領域。

 しかし、今のしろがねの言葉じゃと相当の危険が待つようじゃな。


「そして、古き友人『鬼姫フィルミナ』の初めての眷属……その器を図ることが出来た」

「……随分、わかったようなことを言うのう」


 何となく、本当に意味が解らぬが、セスのことを理解したかのような表情と物言いをされると腹が立つ。

 儂とてまだわからないことが多いのじゃぞ?

 何故今日初めて会ったお主がそのようなことを言えるのじゃ?


「ああ……気を悪くするな『フィルミナ』よ。余がわかったのは、この者は純粋に本気で強くなりたいとしている。そしてそれは……」

「……」


「『誰かを助けるため』、『誰かを守るため』である。その程度のことよ」


 悔しいが当たっておる。

 こやつ……セスはいつも誰かのために駆け出し、助けようとする。

 生まれ育った村の時も、湖畔の広場の時も、宿場町の時もそうであった。他人のためばかりに動きおる。

 例え、儂でなくともこやつは……


「……なかなか難しいが、余は非常に気分が良い。もう一つ助言しよう」

 じっと、自らの手――突撃槍を止めた右手――を見つつ、しろがねがいつもより僅かに弾んだ口調で言った。

「なんじゃ? 意味が……」



「セス・バールゼブルの強い思い、それは……『大切な者』を守ろうとしている。その者を自由に、何より決して孤独にはしない。そういった強靭な思いが感じられた」



 噛み砕く、しろがねがそう言った意味を……


 瞬間、顔全体を凄まじい熱が巡った。



「し、『しろがね!』、それは……!」

「はっはっは! ようやく余を名前で呼んでくれたか! 古きからの友である、『鬼姫フィルミナ』の機嫌も戻ったようだな!」

「や、やかましいわ! それ……」


 その先を遮るように、しろがねが右手を開いてこちらに向ける。

 なんじゃ! なんのつもりじゃ!

 そう言おうとしたが、その前にしろがねが言葉を挟んでくる。


「見るがよい、『フィルミナ』よ。『傷』だ、余の手が傷つき血を流しておる」


 言った通り、確かにしろがねの手の平や指に擦り傷がある。

 最後の一撃、突撃槍によるものであろう。あれは渾身の力で攻撃した後、意表を突いた上でさらに全力を乗せられる一手であった。


 ……いや待て、傷?

 人型になっていたとはいえ『龍帝』にか?



「……余に傷をつけた者など、この250年間一人たりとも存在しなかった」


「最後に余に血を流させたのはその当時の龍帝、それしかおらん」


「その後に同族や魔物とも戦ったが……誰も相手にならぬ。数度地に転ばせ、力の差を知らしめれば逃げるか諦めるかのどちらかよ」



 見せていた右手を引っ込め、握り拳を作って打ち震える『龍帝』しろがね。



「何と……素晴らしいことか! 鬼になったとはいえ、他者の……誰かのために強くなる!」


「その一心で成長し、250年間誰もが届かなかった領域まで手を伸ばす! これこそ『人』の持つ無限の可能性! 『鬼』となっても変わらん!」


「『鬼姫フィルミナ』よ! この者は『眷属』として、『鬼』になって何年経った? そうなる前は? これほどの強き意思を持つ者は、どのように育ったのだ?」



 興奮して捲くし立てるしろがね、それとは対照的にこちらの頭は冷えてくる。

「……そやつ、セスは『鬼』になって三週間というところじゃ。その前に特別な教練は受けておらん。田舎の農村で平和に暮らしておった」


 全くの、儂が知る限りの真実をぶつける。

 そんな平凡な少年、それが『鬼』になったせいで故郷から追い出された。それをしたのは……他でもない、儂じゃ。

 純然たる事実、受け止めているつもりであっても胸が痛む。


「なんと……30年にも届かぬ生、そして半年にも満たぬ鬼としての命、それが……『龍帝』を傷つけるまでに育ったと……何と尊いことか……」


 しろがねが事実とそれに対する感動を噛みしめつつ、こちらへと歩み寄ってくる。握りしめた右手の反対、左手には完全に気を失ったセスがある。


「『鬼姫』よ。そなたの眷属は『フィルミナ』を守るために強くなろうと手合わせを受け……『龍帝』を傷つけるまでに奮闘した。さぞや誇らしいであろう?」

 その言葉と共に差し出されたセス、さらに顔に熱が集まる。


「……やかましいわ」

 どうにかそれだけ言い返し、セスを受け取る。

 体格差からどうやっても、セスの足が地に付いてしまうが……それ以上にセスが覆いかぶさるようになるため、体温や息遣いがしっかりと伝わってくる。


 もはや耳など焼けてしまったかのようじゃ。

 もうどうしようと、全身の熱を止めることは出来ん。


「多少、余の力で治療しておいた。ほどなく目を覚ますであろう。それと……これを渡しておく」

 しろがねの空になった両手、そこに魔力を呼び水にして龍脈の力を集中させると、段々と細長く弧を描いたものが具現化していく。

 はっきりと形を成した後に、差し出されたそれを受け取るが……上の空じゃ。


「そうだ、今のそなたならその姿であろうとも、多少の力を不自由なく使えるであろう?」

「馬鹿にするでない、これでも自ら試して分かっておるわ」

 言葉を返す、それしか出来ぬ。


「……これ以上は無粋であるな。余はお暇するとしよう」


 しろがねがそう言うと踵を返し、一歩一歩離れていく。

 おおよそ十五歩離れると、一陣の風と共に巨竜の姿に戻った。


『それは使うなり売るなり好きにするがよい、ではな。『フィルミナ』、そして『セス・バールゼブル』よ』


 別れの挨拶を伝え、しろがねが夜空に消えていった。

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