道中問答

「じゃあ、あの祠はフィルミナを封印するための物だったのか?」

「そうじゃ、あれはそれだけのために建てられたものじゃ」


 街道から多少外れたところを歩きつつ、湖畔の町へ向かう。その間にフィルミナと、互いに知っていることや聞きたいことを交換する。

 どっちかが質問し続けると困るので、質疑応答を交互にすることにした。


『先にお主が問うがいい』というフィルミナの言葉に甘えて、『最初に会った時になんであの祠にいたのか?』という質問の答えを聞くことが出来た。


「数百年……千年……あるいはもっと長くか。あそこにずっと封印されておったのじゃ」

 夜空を切り取った長い黒髪、雪と溶け合ったかのような白く滑らかな肌を持った少女がため息をつく。



「なんでそんなに長いって分かったんだ?」

 隣に並んで歩くフィルミナがこちらを一瞥し「本来なら儂が質問する番じゃが……まあよい」と置いてから話し始める。

 相も変わらず、宝石すら霞むような真紅の瞳が綺麗だった。


「あの見えていた部分はほんの一部じゃ。本来は祠などではなく、神殿と言えるくらいの大きさがある。それがあれだけ埋もれていたのじゃ」

 なるほど、たしかにあの辺は足元が土じゃなかった。しかも話によると、相当巨大な建築物らしい。

 それが埋もれるとしたら、長い時間を経たと想像もつくか。



「次は儂の番じゃな。セスよ、お主のことを教えて欲しい」

 数瞬、迷ったが……

「それ、ズルくないか?」

 素直に伝えてみた。


「儂はお主に先を譲ったじゃろ? しかも続けて質問にも答えた」

 痛いところを突いて……いや、このためだったのか?


「なぁに、生活習慣や好物や趣味、あれば疾病とかでよい。難しく考えることはない」

 まあ、そのくらいならいいか。


「そうだな……まず病気や怪我はほとんどない。精々、突き指とか捻挫をしたことがあるくらいか……生活習慣、というか生活リズムはすごく規則正しい。これには自信がある」

 うんうん、と頷きつつフィルミナが聞いている。


「基本的に日の出とともに起きて、日没……とは言わないけど20時には寝ている。一緒にいたのが神殿長だったし、朝はジョギングもよくやってた。暇があればどっかの農作業も手伝ってたから、運動もしてた方かな?」

 じっ……と真紅の瞳がこっちを見続けている。


「年は16……いや17歳だ。趣味は炊事洗濯とか家事全般。神殿長がその辺、壊滅的だったから自然にそうなった。好物はシーザーサラダとシチュー、食べるのも好きだけど作るのも好きだ。嫌いな食べ物は特にない」

 ……こんなところか。


「なるほどのう、良いことじゃ」

 どうやら満足してくれたらしい。



「じゃあ、俺から。『鬼』ってなんだ?」

 さっきのフィルミナを見習って、なるべく広い範囲の質問をしてみた。

 実は『鬼』という単語自体は聞いた……というより読んだことがある。所謂、娯楽小説や昔は居た、という空想の中の生き物としてだ。

 上手く運べれば、フィルミナ自体のことも聞けるだろう。


「……人よりも強靭で五感が鋭く、回復力も高い。鬼の種類によって様々な特性を持っておる。基本二足と両の腕を持ち、知恵と知識を備えておる種族のことじゃ」

 いや、確かにその通りなのかもしれないけど……大雑把すぎじゃ……

 隣の少女を見てみると、ニヤニヤと笑顔を浮かべている。



 ……こいつ。



「冗談じゃ。差し当たって、儂とお主のことについて詳しく説明しよう」


 全部わかってて言いやがったな。


「まず、儂は『吸血鬼』じゃ。その名の通り、血吸いの『鬼』である」

 黙って聞く。


「儂の時代では『夜の支配者』とも言われておったのう。ただ夜しか活動できないわけではなく、夜『も』活動できるといった方が正しい。……ま、朝に起きて夜に眠る者の視点からの呼び名じゃな」

 フィルミナが「主に人間からの評価じゃな」と付け加える。


「『吸血鬼』という呼び名についても同じじゃ。血吸いの鬼と言っても、常に血を求めているわけではない。むしろ逆、『吸血』は必要にならなければしないと言ってもよいのじゃ」

 なるほど、それも人間や他種族からみた評価ってことか。


「その『吸血鬼』の特性に『従者』がある。おおよその見当は付くじゃろ?」

 確かに、おおよその見当は付く。その特性にも、自分自身のことにも、だ。


「自らの血を分け与えることで、同じ眷属の『鬼』として生まれ変わらせる能力じゃ。この『従者』の特性は扱う『吸血鬼』の実力に左右されるが、原初の血を引く儂の『従者』なら何の心配もない。お主は何一つ不自由なく、『吸血鬼』としての能力を振るえるであろう」



「……てことは、グレンデルにぶっ飛ばされて死にかけた時に血を飲ませてくれたんだ」

 質問でもなんでもなく、振り返って確認したことが自然と口から出た。



「あ、悪い。口を挟んじゃったな」

 そう言ってフィルミナを見ると、何故か頬を赤らめて俯いていた。初めて見た反応に、目が離せなくなる。素直に可愛らしくて、じっと見つめてしまった。

 フィルミナが視線を上げると、こちらと目が合う。

 その瞬間、一層フィルミナの頬の赤みが増した。


「儂の番じゃ! この世界でお主らはどう暮らしておる!」

「あ、ああ。人間は各地に村とか町を作って暮らしている。大小の差はあるけど、どこにも神殿があってそれが結界を張っているんだ。そうして魔物や龍から身を守って暮らしている」

 思わず勢いに押されつつ、何とか答えることが出来た。


「神殿で下働きしつつ学ぶのが『神殿守』、実際に働いて神殿守の面倒を見るのが『神官』、神官を束ねる『神官長』、その神殿の最高責任者が『神殿長』、これが神殿の基本的な成り立ち」

「なるほどのう……魔物と龍か。」

 唇に軽く手を当てて、何か思案するフィルミナ。「そうそう変わらんのかものう……」と呟くのが聞こえた。



「じゃあ俺から……フィルミナ自身のこと、聞かせてくれないか?」

 結局『鬼ってなんだ?』という質問から、フィルミナ個人のことを聞くことが出来なかった。

 今更かもしれないが、もっと彼女のことを知らなければならない。


「ふむ……お主が答えたようなことでよいのか?」

「ああ、それで頼む」

 好きなものや嫌いなもの、その部分は人間と違いがあるのだろうか? 趣味とかは? そして何より……気になることがあった。


「そうさの……儂は鬼の姫であるからのう、好きに過ごしておったぞ。好きなものは林檎とそれを使った菓子じゃ。嫌いなもの……というよりヌルヌルベタベタしたものは苦手じゃのう。趣味は読書とチェスじゃ。この時代にもあるか? あるなら一局、受けて立つぞ?」

 そう言ってニヤリ、と歯を見せて笑う。初めて見たが、よく見ると犬歯が鋭い。


「へぇ……『鬼』って言っても、人間とそういう部分はあんまり変わんないんだな。小説とか本はもっとハチャメチャなこと書いていたけど……」

 心の中でだけ「年は? ずっと気になっていたんだけど」と呟いておく。流石にそれを言ってしまうほど、無神経ではないつもりだ。


「いずれ、そっちにも目を通しておかんといかんな。この世界で『鬼』はどう捉えられておるのか……そもそも、まだ『鬼』はおるのか……」

 俺が知っている限りはいない。

 だけど世界は広いし、人跡未踏の地が多くあることも確かだ。断定は誰にもできないだろう。




「あ、見えてきた。あれが湖畔の町『アモル』だ」




 自分が育った村とは桁外れの賑わいと規模を持つ。立地や交流から、もっと発展していてもおかしくないが、近くに王都があるためそちらが栄えているのだ。

 むしろ観光資源の湖と自然を活かすために、あえて素朴な部分を残している。とは言え、それは王都に比べての話で、十分すぎるほど栄えているに違いない。


「ほう、あそこなら一休みするのに良さそうじゃな。交流も盛んそうじゃし、色々と情報も仕入れられそうじゃ」

 一目で『アモル』の特色を把握した、すごいな。


 静かな湖畔を活かした王都近くの観光要所として、また王都に出入りする者たちの宿屋としての顔も持つ。

 フィルミナの評価は正しい。


「ここからは人目につかないように、町の近くまで行くとしようかのう」

「?」

 早朝だったためか、ここまでにすれ違った人はいない。ただでさえ街道から多少外れていたから、当然と言えば当然だが……



 俺の反応を見て察したのか、フィルミナの形の良い眉が呆れたように寄る。



「お主……自分の恰好を忘れておるじゃろう? そんな血まみれの服でうろついたら騒ぎになるぞ」



 素で忘れてた。

 湖に浸かって多少は落ちたとはいえ、白かった制服はしっかりと赤黒い血の跡を残している。


 見知らぬ神殿守がズタボロで血染めの制服でうろついている。間違いなく警備軍を呼ばれてしまうだろう。


「……服、どうしよう」

「町のそばまで行ってから考えるがよい」


 とにかく足を進めていく。

 今はそれしかできそうになかった。

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