薄明の空と二人の鬼

「セス、あれを見よ」

 フィルミナが指さす方――東の方を見ると、夜と朝の境界線が生まれていた。


「夜明けじゃな」


 空が濃紺、紫紺、藍色と中天から地に近づくほど白に近くなり、地平線自体は橙色を帯びている。湖にもそれが映り、鏡合わせの薄明の空が広がっていた。


 海のように広く、遮るものがない凪の水面を持つ『レーベ湖』ならではの光景だ。





『俺は、神官長になりたいんだ』

 目の前の空と水鏡に目を奪われながら、一つの願いを思い出した。



『神官長になって、テオドール神殿長に恩を返したい』

 そうしたかった、今でも叶うならそうしたい。

 だが、もう叶えられない。



『だけど、神官長になりたい理由がもう一つ増えた』

 大切な願いに、また一つ約束を重ねた。



『俺が神官長になって会えたら、また湖にでも行くか』

 元気づけて、必ず助けになろうと思っていた。

 もう、その約束は守れない。




 懐に手を入れ、目的の物を取り出す。



 ……落とさなかったんだな。



 キールに血を与えるのにも使っていたナイフ、特に何の装飾も変わりもない。

 乱暴に自分の髪をまとめ、一気にそのナイフで切り裂いた。





『髪を伸ばしてるのは、その願掛け』





 手を開くと、自分から離れた髪が宙へと解けていく。

 決して叶えられなくなった願いと約束を振りほどくかのように、白髪が空へと消えていった。




 また一緒に来ようと約束したはずの湖、『レーベ湖』。

 ここで『セス・アポートル』という『人』は死んだ。

 そして、薄明の空の下で『セス・バールゼブル』という『鬼』が生まれた。


「……セスよ、このあたりのことはわかるかのう?」

「湖畔に町があるんだ。そこに行こう。」


 そうして、歩み出した。

 隣にいる鬼の姫――『フィルミナ・リュンヌ・ヴィ・テネブラリス』と共に。

 夜明け――薄明の空の下で鬼が二人歩んでいく。

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